新津恒吉
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新津 恒吉(にいつ つねきち、1870年5月19日(明治3年4月19日[1])- 1939年(昭和14年)8月18日)は、日本の商人(石油商)[2]、実業家、新潟県多額納税者[2][3]。石油元売会社昭和シェル石油(現出光興産)の前身の1つである新津石油の創業者。石油共同販売所常務取締役[2]。
人物
[編集]勤勉で私欲が薄く、23歳で独立してから工場で寝泊りをする毎日を送り、60歳初頭まで持ち家を持たなかった。また、私財を投じて新潟空港の拡張や新潟市公会堂の建設へ寄付したり、外国人技術者の招聘のために迎賓館(現在は修繕の上、新津記念館として保存・公開されており、1998年には、県内初として新潟県の有形文化財建造物に登録を受けている)を建設したりした。
貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有する[1]。住所は新潟県中蒲原郡新津町[2][3](現新潟市)。
脚注
[編集]- ^ a b 『貴族院多額納税者名鑑』117頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年1月26日閲覧。
- ^ a b c d e 『人事興信録 第9版』ニ10頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年1月26日閲覧。
- ^ a b 『日本紳士録 第31版』付録 全国多額納税者 新潟県18頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年1月26日閲覧。
参考文献
[編集]- 織田正誠編『貴族院多額納税者名鑑』太洋堂出版部、1926年。
- 交詢社編『日本紳士録 第31版』交詢社、1927年。
- 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。