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日新薬品工業

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日新薬品工業株式会社
Nissin Pharmaceutical Industries Co., Ltd.
日新薬品工業本社
日新薬品工業本社
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
520-3426
滋賀県甲賀市甲賀町田堵野80-1
設立 1947年
業種 医薬品
法人番号 8160001005388 ウィキデータを編集
事業内容 一般用医薬品の製造及び販売・医薬品配置販売業
代表者 大北正人(代表取締役社長)
資本金 9,900万円
純利益 6,017万9,000円
(2024年9月期)[1]
総資産 25億3,706万5,000円
(2024年9月期)[1]
従業員数 158名(平成24年9月期)
決算期 9月末
外部リンク http://www.nissin-yk.co.jp/
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日新薬品工業株式会社(にっしんやくひんこうぎょう、: Nissin Pharmaceutical Industries Co., Ltd.)は滋賀県甲賀市甲賀町に本社を置く日本医薬品メーカーである。

沿革

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日新薬品工業の起源は、創業者大北正史の父、大北岩吉が明治期に始めた売薬業に遡る。大北岩吉は甲賀地域で売薬を広めた渡辺詮吾[2]の弟子となって売薬を始め、積極的に販路の拡大を行ったほか、1914年(大正3年)には県の委嘱で九州・朝鮮へ薬業の視察も行った[3]。岩吉の子、大北正史は薬学専門学校を卒業後、1926年(大正15年)に資本金2万円で日新製薬株式会社を設立した[4]。日新製薬は、当時丸薬や粉末が主体であった剤形を錠剤に、名前もカナ書きの奇抜なものにするなどの新機軸を打ち出し[4][5]、事業を拡大していった。しかし国家総動員法施行に伴う統制の強化により、滋賀県でも製薬会社が集約されることになり、1943年(昭和18年)、日新製薬を含む県下の売薬系製薬会社11社と個人業者が統合されて滋賀県製薬株式会社が設立された[6][7]

しかし戦後、統制が緩和された1947年(昭和22年)以降、滋賀県製薬株式会社から独立して起業する者が相次いだ。大北正史も独立し、1947年10月に資本金19万6千円で日新薬品工業を設立した[8]。当初は「てりあか」の製造が主体であった[9]。1960年(昭和35年)には殺虫剤「フライデス」(「ハエを殺す」の意[10])を農協向けに発売、家庭薬以外にも事業を拡げた[11]

  • 1926年(大正15年) 日新製薬株式会社設立
  • 1943年(昭和18年) 戦時統合により滋賀県製薬株式会社に統合
  • 1947年(昭和22年) 滋賀県製薬株式会社から分離し日新薬品工業株式会社設立、代表取締役社長に大北正史が就任
  • 1950年(昭和25年) 新社屋落成 本社を甲賀町田堵野924に移転
  • 1956年(昭和31年) 丸五製薬株式会社を吸収合併
  • 1962年(昭和37年) 大原製薬株式会社を吸収合併
  • 1968年(昭和43年) 液剤製造棟竣工 チオタミンD製造開始
  • 1978年(昭和53年) GMP工場竣工 付属建物全面改修
  • 1982年(昭和57年) 大北祐吾が代表取締役社長に就任
  • 1987年(昭和62年) 甲賀工場ならびに総合研究所を竣工 本社工場一階に内服固形剤自動ラインを新規増設
  • 1989年(平成元年) 資本金1億2,000万円に増資
  • 1992年(平成4年) 甲賀工場に第2次顆粒製剤棟及び製造設備を新設
  • 1993年(平成5年) 米国ブリストル・マイヤーズ スクイブ社の認定工場として指定を受ける
  • 1996年(平成8年) 甲賀工場に第3次固形製剤棟を新増設
  • 1999年(平成11年) 甲賀工場液剤ライン増設及び物流倉庫の増築
  • 2001年(平成13年) 大北正人 代表取締役社長に就任 甲賀工場増改築 本社工場製造部門を移転
  • 2003年(平成15年) 東京営業所開設
  • 2005年(平成17年) 本社新社屋落成、本社を甲賀町田堵野80-1に移転
  • 2006年(平成18年) 新研究棟竣工
  • 2008年(平成20年) 神戸R&Dセンター開設[12]
  • 2009年(平成21年) ㈱ニッシンヘルスを吸収合併。
  • 2010年(平成22年) ASPION株式会社をM&Aにて買収 100%子会社とする[13]

製品

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  • チオタミンD
  • かぜ薬トピックGX
  • トピックAZトローチ

製品名は「会社概要」による[14]

参考文献

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  • 日新薬品工業 社長室 服部誥(編集)『三十年のあゆみ』日新薬品工業株式会社、1978年。
  • 大北正史『薬屋流転 大北正史八十余年の回顧』大北正史、1989年。

脚注

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  1. ^ a b 日新薬品工業株式会社 第77期決算公告
  2. ^ 杣庄章夫(編集)『滋賀の薬業史』滋賀県薬業協会、1975年、74-75ページ。
  3. ^ 人物誌編集委員会(編集)『甲賀人物誌』甲賀町教育委員会、1980年、93-94ページ。
  4. ^ a b 『三十年のあゆみ』8ページ。
  5. ^ 『薬屋流転』45ページ。
  6. ^ 『三十年のあゆみ』3-4ページ。
  7. ^ 『滋賀県製薬50年史 健康とともに歩み続けた50年』滋賀県製薬株式会社、1993年、23-24ページ。
  8. ^ 『三十年のあゆみ』9-11ページ。
  9. ^ 『薬屋流転』80-82ページ。
  10. ^ 『薬屋流転』102-104ページ。
  11. ^ 『三十年のあゆみ』46ページ。
  12. ^ 『神戸新聞』2008年10月2日付11面。
  13. ^ 「日新薬品、医薬VB買収 トローチ開発・製造強化」『日経産業新聞』2010年(平成22年)12月27日付11面。
  14. ^ 会社概要

外部リンク

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