普門院 (飯田市)
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普門院(ふもんいん)は、かつて長野県飯田市馬場町3丁目・二本松・仲ノ町に明治初年まであった真言宗の寺院である。
歴史
[編集]飯田城の鬼門を守護する祈祷寺として飯田藩藩主・堀家に庇護され、飯田城下の寺院を統括する触頭の役割を与えられたが、明治維新の神仏分離以後は廃寺となった。現在、天満天神社として残る天満宮は、かつて藩祖三代の霊を祀った同寺の鎮守であった[1]。
現状
[編集]廃寺の後、普門院の山門は長久寺(飯田市諏訪町)へ、通用門が願王寺(飯田市鼎上山)へ移築され、跡地には天満天神社(天満宮)が残っている。天満天神社の現在の社殿は1721年(享保6年)に改築され、堀家の家紋「丸に向梅」がつけられている。
糸桜
[編集]天満天神社と道路を隔てた北側に糸桜(シダレザクラ)と歌碑がある。現在の跡地にあるものは三代目で推定樹齢約40年[2]。この桜は、もともと普門院の中に祀られていたもので、廃寺の時に願王寺に移されたが、祠のみ旧地に戻された。
歌碑には堀親寚の奥方成子の自筆の和歌
むかし誰 うゑそめてかくいと桜 いとなかく世に たえぬかほりそ
が刻まれている[3]。
ギャラリー
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鳥居
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扁額
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普門院の糸桜
脚注
[編集]関連項目
[編集]外部リンク
[編集]座標: 北緯35度30分53.5秒 東経137度49分54.4秒 / 北緯35.514861度 東経137.831778度