月田藤三郎
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月田 藤三郎(つきだ とうざぶろう、明治3年1月26日[1](1870年2月26日) - 昭和14年(1939年)1月7日[2])は、日本の農商務官僚。産業組合中央会会頭[2]。農学博士[1]。
経歴
[編集]上野国甘楽郡黒岩村(現在の群馬県富岡市)出身[1]。1896年(明治29年)、東京帝国大学農科大学農学科を卒業[3]。農商務属・蚕業講習所技手となり、農事試験場技師・農商務技師、農政局耕地整理課長、農政課長、畜産課長・緬羊課長等を歴任[1]。1924年(大正13年)に東京市区画整理局長に転じ、1926年(大正15年)まで在任した[1]。
その後、産業組合中央会副会頭、同会頭、中央畜産会副会頭、大日本生糸販売組合連合会会長、購買組合共同会理事長、帝国耕地協会副会頭など多くの役職に就いた[3]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。
- 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。