朝鮮中央放送
種類 | 国営 |
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略称 | KCBC |
本社所在地 | 朝鮮民主主義人民共和国 平壌市 牡丹峰区域 戦勝洞 |
設立 | 1945年10月14日 |
事業内容 | 放送業 |
代表者 | Hwang Yong-bo (会長) |
外部リンク | http://www.redstartv.org/index/korean_central_television/0-2 |
朝鮮中央放送 조선중앙방송 | |
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運営 | 朝鮮中央放送委員会 |
設立 | 1945年10月14日 |
在籍国 | 朝鮮民主主義人民共和国 |
所在地 | 平壌市 牡丹峰区域 戦勝洞 |
朝鮮中央放送 | |
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各種表記 | |
チョソングル: | 조선중앙방송 |
漢字: | 朝鮮中央放送 |
発音: | チョソンジュンアンバンソン |
日本語読み: | ちょうせんちゅうおうほうそう |
RR式: | Joseon Jungang Bangsong |
MR式: | Chosŏn Chungang Pangsong |
英語表記: | Korean Central Broadcasting |
朝鮮中央放送(ちょうせんちゅうおうほうそう、朝: 조선중앙방송 , 英: Korean Central Broadcasting)は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国営放送局。
朝鮮中央放送委員会(ちょうせんちゅうおうほうそういいんかい、朝: 조선중앙방송위원회 , 英: Korean Central Broadcasting Committee , 略: KCBC)が運営。朝鮮中央テレビとしてテレビ放送も実施している。
概説
[編集]国内向け放送の「朝鮮中央放送」、朝鮮語の海外向け放送の「平壌放送」、朝鮮語以外の言語による放送の「朝鮮の声放送」(英語:Voice of Korea)がある。
朝鮮中央放送及び平壌放送では、放送開始時の国歌(愛国歌)演奏後に「栄えあるわが祖国、朝鮮民主主義人民共和国、万歳!」「朝鮮人民の全ての勝利の立役者であり、導き手である朝鮮労働党、万歳!」と言うスローガンを読み上げている。
(2003年4月までは、「偉大な領袖・金日成同志の革命思想万歳!」「栄えある朝鮮労働党万歳!」というスローガンを使っていた[1])。
歴史
[編集]前史
[編集]- 1936年4月10日 - 大日本帝国の朝鮮放送協会平壌放送局が第1放送の仮放送を開始(呼出符号:JBBK)。
- 1936年4月11日 - 平壌放送局、第2放送の仮放送を開始(第1放送が日本語、第2放送が朝鮮語という構成)。
- 1936年11月15日 - 平壌放送局、二重放送(第1放送、第2放送)による本放送を開始[2]。
- 1937年6月5日 - 清津放送局、放送開始(単一放送、呼出符号:JBCK)。
- 1938年10月30日 - 咸興放送局、放送開始(単一放送、呼出符号:JBDK)。
- 1941年8月 - 清津放送局、二重放送を開始。
- 1942年10月 - 開城補助放送所、運用開始(単一放送)。
- 1943年7月15日 - 元山放送局、放送開始(呼出符号:JBJK)。
- 1943年8月1日 - 海州放送局(呼出符号:JBKK)・新義州放送局(呼出符号:JBLK)、放送開始。
- 1943年11月1日 - 城津放送局、放送開始(呼出符号:JBPK)。
- 1943年11月10日 - 元山放送局・海州放送局、二重放送を開始。
- 1944年3月 - 長箭補助放送所、運用開始。
- 1945年8月15日 - 終戦の詔勅を中継放送。
- 1945年8月26日 - 北緯38度線以北の放送専用線を切断、京城中央放送局(現在の韓国放送公社(KBS)本社)からの中継放送を廃止(南北の放送の分断)。
解放後
[編集]- 1945年10月1日 - 平壌放送局、「金日成将軍帰国」のニュースを放送開始(朝鮮人民解放祝賀大会に向け、ソ連による群衆動員作戦開始)。
- 1945年10月14日 - 平壌放送局、戦前からの施設を使用し放送を再開。「ソ連解放軍歓迎・朝鮮人民解放祝賀大会(金日成将軍祖国凱旋歓迎平壌市民大会とも呼ばれる)」の中継放送を実施(現在の朝鮮中央放送の始まり)。
- 1946年5月 - 平壌放送局、平壌中央放送局に改称。
- 1947年3月16日 - 平壌中央放送局が「ラジオ平壌」の名称で、中国語放送を開始(現在の「朝鮮の声放送」の始まり)。
- 1948年2月 - 平壌中央放送局、北朝鮮中央放送局に改称。
- 1948年11月 - 北朝鮮中央放送局、朝鮮中央放送局に改称。
- 1950年7月10日 - 平壌放送、日本語放送を開始。
- 1951年1月1日 - 海外向け放送として平壌放送(Radio Pyongyang)設立。
- 1955年4月 - 朝鮮中央放送局、有線スピーカー放送(第3放送)を開始。
- 1955年10月14日 - 朝鮮中央放送局、朝鮮語による独自の対南・対外放送開始(現在の平壌放送の始まり)。
- 1967年12月 - 朝鮮中央放送、放送系統を朝鮮中央第1放送(対内放送)と朝鮮中央第2放送(対南及び対外放送)に分離。
- 1972年11月10日 - 組織改編により、朝鮮中央第1放送を「朝鮮中央放送」、朝鮮中央第2放送を「平壌放送」と改称、平壌放送を朝鮮中央放送から分離(1973年当時の日本語放送の局名アナウンスは、「こちらは平壌(ピョンヤン)、朝鮮(チョソン)中央放送局です」)。
- 1973年4月13日 - 金日成放送大学開学(平壌放送を利用した通信教育)。
- 1989年1月1日 - 平壌FM放送、放送開始。
- 2001年2月16日 - 朝鮮語以外の海外向け国際放送「平壌放送」(Radio Pyongyang)が「朝鮮の声放送」(Voice of Korea)に改称。
- 2004年10月31日 - 金日成放送大学、インターネット配信への切り替えにより放送終了。
- 2009年4月 - 金日成放送大学、放送再開。
周波数
[編集]- 2023年6月現在
放送時間(PYT) | 周波数 |
05:00-03:00 | 702kHz、819kHz、999kHz、3250kHz、6100kHz、11680kHz |
05:00-00:00 | 720kHz、873kHz |
※PYT=UTC+9 日本標準時・韓国標準時に同じ。2015年8月15日から2018年5月4日まではUTC+8:30(以下同文)
720kHz、873kHzは時間外で平壌放送との共用になっている。
1053kHzは、地下放送である救国の声放送(2003年8月1日停波)の設備による中継波(2003年8月15日中継開始)となる。送信所は黄海南道海州市南山洞。出力1500kW。2023年10月現在は停波。
その他に元山、清津、咸興、沙里院、新義州、江界、平城、恵山に系列局があり、ローカル放送も行っている。
放送内容
[編集]放送内容は、平壌放送と同様にニュースや音楽、労働新聞の論評、政治宣伝番組(プロパガンダ)や小説の朗読番組(ラジオドラマ)などを中心に放送している。
放送時間は午前5:00から翌朝3:00まで。放送開始前には「金日成将軍の歌」の冒頭メロディーによるインターバル・シグナル(IS)を電子オルガンで演奏したものが流れる。続いて北朝鮮の国歌「愛国歌」の演奏が放送される。(これは平壌放送、朝鮮の声放送も同じ)その後は「金日成将軍の歌」と「金正日将軍の歌」[注 1]の音楽が流れる。
- 放送されたラジオ番組
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 2011年までは、朝鮮人民軍による合唱が放送された。
出典
[編集]- ^ 音源がアジア放送研究会サイトから聴くことが出来る[リンク切れ]
- ^ 今日の歴史(11月15日) 聯合ニュース2008/11/15