朱秀栄
表示
朱秀栄 | |
---|---|
続柄 | 弘治帝第一皇女 |
称号 | (追贈:太康公主) |
出生 |
弘治7年1月14日(1494年2月19日) |
死去 |
弘治11年9月16日(1498年10月1日) |
父親 | 弘治帝 |
母親 | 張皇后 |
朱 秀栄(しゅ しゅうえい、1494年2月19日(弘治7年1月14日) - 1498年10月1日(弘治11年9月16日))は、明の弘治帝の皇女。正徳帝の同母妹である。
経歴
[編集]弘治帝と張皇后の娘として、弘治7年1月14日(1494年2月19日)辰時に生まれた。父帝からは愛された。
弘治11年9月16日(1498年10月1日)、痘のため死去した。太康公主の位を追贈され、7頃[1]の土地を墓所管業にして賞賜し、金山に葬られた。
伝記資料
[編集]- 『太康公主墓志銘』海淀区四季青郷正藍旗村に出土
- 『国榷』
脚注
[編集]- ^ 『明史』卷59:「正統十三年定親王塋地50畝。」朱秀栄の墓地は14倍。