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杉原元盛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

杉原 元盛(すぎはら もともり、生年不詳 - 天正10年(1582年))は、戦国時代武将。弥八郎、又三郎。毛利氏の家臣、杉原盛重の嫡男で、弟に景盛景保。妹に河口刑部小輔久氏妻、吉田肥前守妻、末次元康正室がいる。一説には行松正盛の実子ともされる。

天正9年(1581年)、父:杉原盛重の死去により家督を継ぐ(伯耆民談記)が、天正10年(1582年)に[1]羽柴氏と繋がっていることを名分に弟、景盛に二子ともども謀殺される。 その景盛も天正12年8月、吉川元長に羽柴氏と繋がっていることを理由に佐陀城を攻められ、自刃[1]

脚注

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  1. ^ a b 森本繁「備後神辺城主 杉原重盛」(『 山城志』 第8集、1985年8月11日)