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李来発

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
李 来発(李 來發)
Lai-Fa Li
基本情報
国籍 中華民国の旗 中華民国台湾
出身地 台湾省嘉義県
生年月日 (1956-06-28) 1956年6月28日
没年月日 (2024-10-16) 2024年10月16日(68歳没)
身長
体重
177 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
初出場 NPB / 1982年9月28日
最終出場 NPB / 1983年8月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴
国際大会
代表チーム チャイニーズタイペイの旗台湾
五輪 1984年

李 来発(リー・ライファ、り らいはつ、李 來發1956年6月28日 - 2024年10月16日)は、台湾中華民国)の嘉義県出身のプロ野球選手外野手)。右投げ右打ち。

来歴・人物

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台湾の東亜高工、台北体専、空軍を経て、高英傑と共に1980年に練習生として合作金庫から日本プロ野球(NPB)の南海ホークスに入団。高ともども、台湾球界では幼少時より活躍し、李は前年に台湾リーグでは三冠王を獲得する強打者であった。

台湾のノンプロ時代は捕手[1]であったが、南海入団後は強肩・好守を生かして外野手に転向。2年目の1981年に支配下登録されるが、当時の外国人枠(一軍登録2名以内・支配下登録3名以内)に阻まれ、また、高が野手転向してポジション的にもライバルとなってしまったため、一軍昇格の機会はなかなか訪れず、ジム・タイロン西武からの移籍の影響で外国人枠の上限を超えたことから、一時は任意引退が公示され、球団職員(練習生)扱いとなった。3年目の1982年途中に支配下登録に復帰し、ようやく一軍昇格。しかし、10試合出場したのみで、打率.182、2本塁打、4打点であった。4年目となる1983年には、ジム・ライトルと高、李で2人の外人枠を争う形となったが、この年も15試合の出場に終わり、打率.244、1本塁打、5打点。オフに高ともども退団した。

李・高の訪日後に郭源治が訪日し、活躍。さらに郭泰源荘勝雄呂明賜らが訪日して活躍したが、彼らの先鞭をつける形となった。やがて1990年に台湾でプロ野球が創設されると、指導者として成功。

1992年バルセロナオリンピックでは、ナショナルチームの監督を務める。郭李建夫をエースに擁し、準決勝では日本を破って決勝に進出。決勝でキューバには敗れたが、堂々の銀メダルを獲得した。

その後も、中華職業棒球聯盟(CPBL)でもコーチ・監督として活躍。1997年から2001年および2006年には中信ホエールズ(2001年以前の球団名は和信ホエールズ)の監督を務め、1999年にはチームを優勝に導いた。2004年アテネオリンピック台湾代表チームのコーチを務めた。

2024年10月16日に肝癌により死去。68歳没[2][3]

選手としての特徴

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守備力には優れ、わずかな出場にもかかわらず「プロ野球珍プレー・好プレー大賞」にも好プレーの方で登場。ライトを守っている際に、ライト前に落ちた打球を捕球してバックホーム。三塁走者を本塁で封殺(フォースアウト)し、珍しい本塁封殺のライトゴロを記録したこともあった。

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
1982 南海 10 35 33 3 6 0 0 2 12 4 0 0 0 0 1 0 1 4 0 .182 .229 .364 .592
1983 15 48 41 6 10 2 0 1 15 5 0 1 1 1 5 0 0 1 1 .244 .319 .366 .685
通算:2年 25 83 74 9 16 2 0 3 27 9 0 1 1 1 6 0 1 5 1 .216 .280 .365 .645

記録

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NPB

背番号

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  • 4 (1980年 - 1981年)
  • 29 (1982年 - 1983年、1997年 - 2001年)
  • 92 (2006年 - 2008年)

脚注

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  1. ^ 2016年11月20日に台中インターコンチネンタル野球場で開催された「台湾OB選抜 VS 巨人OB選抜 チャリティー試合」では郭源治とのバッテリーで先発出場した。
  2. ^ 元南海・李来発氏が死去 バルセロナ五輪台湾代表監督”. フォーカス台湾 (2024年10月18日). 2024年10月18日閲覧。
  3. ^ 棒球》奧運銀牌總教練李來發逝世 享壽68歲”. 自由時報 (2024年10月18日). 2024年10月18日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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