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村木太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
村木 太郎
むらき たろう
生年月日 1954年[1]
出生地 日本の旗 日本北海道[1]
出身校 京都大学大学院工学研究科[1]
配偶者 村木厚子

在任期間 2008年7月30日[2] - 2011年7月29日
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村木 太郎(むらき たろう、1954年昭和29年〉[1] - )は、日本労働厚生労働官僚。妻は厚生労働事務次官を務めた村木厚子[3]

来歴

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北海道出身[1]北海道札幌南高等学校を経て[4]1978年(昭和53年)、京都大学大学院工学研究科修士課程を修了し、同年労働省へ入省[5]

妻の厚子と共に週休二日制の普及や年次有給休暇の取得促進に携わり[3]財務省大臣官房政策評価審議官、東京労働局長、厚生労働省大臣官房総括審議官(国際担当)、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長代理などを歴任[1][6]。2013年、退職[5][7]

退職後は全国シルバー人材センター事業協会専務理事、大正大学地域構想研究所教授、ダイバーシティ就労研究プラットフォーム企画委員会委員・理事、南高愛隣会理事、若草プロジェクト理事、ストローク会理事長、就労継続支援A型事業所全国協議会顧問などの役職に就任し[1][6]、障害者や若い女性の支援などを行っている[8]

脚注

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出典

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  1. ^ a b c d e f g 村木太郎”. 大正大学地域構想研究所. 2021年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月1日閲覧。
  2. ^ 『官報 平成20年号外第235号11頁 人事異動 厚生労働省』(プレスリリース)国立印刷局、2008年10月28日。 
  3. ^ a b “官僚人生 私たちはこう走った”. NEWS WEB (日本放送協会). https://www3.nhk.or.jp/news/special/kasumigaseki/article/article_190430.html 2021年8月1日閲覧。 
  4. ^ 医薬経済 1397号”. Fujisan.co.jp. 富士山マガジンサービス (2011年6月1日). 2021年8月1日閲覧。
  5. ^ a b “高齢者派遣の需要高まる シルバー人材センターに聞く”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2019年5月31日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45486970Q9A530C1000000/ 2021年8月1日閲覧。 
  6. ^ a b 理事、監事紹介”. ダイバーシティ就労支援機構. 2021年8月1日閲覧。
  7. ^ 内閣人事局 (19 December 2014). 国家公務員法第106条の25第1項等の規定に基づく国家公務員の再就職状況の報告(平成26年7月1日〜同年9月30日分) (PDF) (Report). 2021年7月14日閲覧
  8. ^ 就労支援フォーラムNIPPONオンライン”. 日本財団 (2020年11月18日). 2021年8月1日閲覧。
官職
先代
松井一實
日本の旗 厚生労働省大臣官房総括審議官(国際担当)
2008年 - 2011年
次代
妹尾吉洋
先代
大槻勝啓
日本の旗 厚生労働省東京労働局
2007年 - 2008年
次代
東明洋
先代
小林敏雄
日本の旗 財務省政策評価審議官
2007年
次代
青木直幸