松原純一
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まつばら じゅんいち 松原 純一 | |
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生誕 |
1923年3月10日 日本・東京都 |
死没 | 1966年6月22日(43歳没) |
出身校 | 國學院大学国文科 |
職業 | 編集者・近代文学研究者 |
松原 純一(まつばら じゅんいち、1923年3月10日 - 1966年6月22日)は、日本の編集者・近代文学研究者。元相模女子大学教授。角川書店創業当時の中心人物。
来歴・人物
[編集]創業当初の角川書店の中心人物として活躍し、角川源義を助けた。のち相模女子大教授に就任。森鷗外に関心をもち、自ら推進した「表現」誌上に「舞姫」論及び小倉時代の鷗外について論考を発表、また森しげ女の小説についても言及している[1]。
著書
[編集]- 『「舞姫」論』:『表現』創刊号(近藤書店、1954年)に収録
- 『山田美妙「日本韻文論」と鴎外の論評』:『短歌 2(9)』(角川学芸出版、1955年)に収録。
- 『鴎外断想--伊藤至郎氏の霊にささげる』:『文学研究 (12)』(文学研究会、1955年)に収録。
- 『岩城之徳著「石川啄木伝」』:『短歌 3(5)』(角川学芸出版、1956年)に収録。
- 『鴎外と女性--「半日」の問題』:『文学研究 (14)』(文学研究会、1957年)に収録。
- 『鴎外現代小説の一側面』:『明治大正文学研究 (22)』(東京堂、1957年)に収録。
- 『漱石と鴎外と--その妻の座をめぐって』:『相模女子大学紀要(6)』(相模女子大学、1959年)に収録。
- 『鴎外と露伴と』:『相模女子大学紀要(7)』(相模女子大学、1959年)に収録。
- 『明治期の公共図書館』:『相模女子大学紀要(8)』(相模女子大学、1959年)に収録。
- 『森鴎外「雁」論』:『相模女子大学紀要(9)』(相模女子大学、1959年)に収録。
- 『森鴎外「傍観機関」論』:『相模女子大学紀要(12)』(相模女子大学、1962年)に収録。
- 『鴎外「青年」の系譜』:『日本文學論究 (22)』(國學院大學國文學會、1962年)に収録。
- 『鴎外と東洋思想--その小倉時代をめぐって 』:『國語と國文學』(至文堂、1963年)に収録。
- 『鏡花文学と民間伝承と--近代文学の民俗学的研究への一つの試み』:『相模女子大学紀要(14)』(相模女子大学、1963年)に収録
- 『太宰文学と津軽の民間信仰と』:『相模女子大学紀要(15)』(相模女子大学、1963年)に収録。
- 『森鴎外「山椒大夫」論-1-』:『相模女子大学紀要(18)』(相模女子大学、1964年)に収録。
- 『近代文学研究への-提言--民俗的視点よりする方法について』:『相模女子大学紀要(19)』(相模女子大学、1964年)に収録。
- 『森鴎外とその母堂の日記』:『國文學:解釈と教材の研究 9(10)』(學燈社、1964年)に収録。
- 『森鴎外「山椒大夫」の位置(特集・近代の文学)』:『國學院雜誌 (65)』(國學院大學綜合企画部、1964年)に収録。
- 『土着者文学と出郷者文学と--近代文学における都市・農村の問題』:『相模女子大学紀要(21)』(相模女子大学、1965年)に収録。
- 『漱石文学における女性像-1-』:『相模女子大学紀要(22)』(相模女子大学、1965年)に収録。
- 『夜明け前・東方の門--作品論・小説』:『国文学 解釈と鑑賞 31(11)』(至文堂、1966年)に収録。
- 『堀辰雄と釈迢空と』:『折口信夫研究資料集成 大正7年〜昭和40年 復刻 第4巻 昭和31年〜昭和33年』(大空社、1994年)に収録。
共著・共編
[編集]- 日本民族文学・近代(東出版、1966年)
脚注
[編集]- ^ 20-seiki Nihon jinmei jiten = Major 20th-century people in Japan : a biographical dictionary. Nichigai Asoshiētsu., 日外アソシエーツ.. Tōkyō: Nichigai Asoshiētsu. (2004). ISBN 4-8169-1853-1. OCLC 56819231