林錬作
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林 錬作(はやし れんさく、1852年6月1日(嘉永5年4月14日[1]) - 1935年(昭和10年)10月18日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
経歴
[編集]林徐助の長男としてのちの山口県に生まれる[1]。1877年(明治10年)12月、陸軍士官学校旧1期卒業[3]。1879年(明治12年)フランスに出張し帰朝後は陸軍士官学校教官となる[1]。1899年(明治32年)2月、陸軍砲兵大佐に進み、同年10月、佐世保要塞砲兵連隊長に補され、陸軍砲工学校教官、東京湾要塞砲兵連隊長、函館要塞司令官を経て、1905年(明治38年)12月、再び佐世保要塞砲兵連隊長となり、翌年7月、陸軍少将に進級と同時に予備役に編入した[4]。
栄典
[編集]著作
[編集]- 『兵器沿革略 前編』兵林館、1907年。
- 『本朝実業叢談』中央工学校、1919年。
親族
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 人事興信所 編『人事興信録 初版』人事興信所、1903年 。
- 人事興信所 編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年 。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。
- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。