栃ノ花善治郎
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栃ノ花 善治郎(とちのはな ぜんじろう、1902年5月4日[1] - 1992年4月23日[2])は昭和時代の大相撲力士。春日野部屋所属[1]。本名は原→秋山善治郎[1]。最高位は十両2枚目[1]。
経歴
[編集]現在の東京都渋谷区出身[1]。旧制錦城中学に入り、相撲部で主将をつとめ、1919年の全国大会で活躍した[2]。翌1920年卒業後に春日野部屋に入門し、5月に初土俵を踏む。1927年1月十両昇進[3]。十両を4場所連続在位したが、幕下に落ちた。1928年3月再十両を果たしたが、全休してそのまま25歳で廃業した。1992年に満89歳で死去した。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 小池謙二『大相撲星取大鑑』昭和編第1巻、医聖社、1986年
- 昭和の大相撲刊行委員会/編『昭和の大相撲 資料編』TBSブリタニカ、1989年