植村季野
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うえむら すえの 植村 季野 | |
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生誕 |
1858年9月11日 日本紀伊国日高郡北道村(現 和歌山県日高郡みなべ町) |
洗礼 | 1877年5月27日(E・R・ミラーより) |
死没 |
1930年6月7日(71歳没) 日本東京府東京市 |
墓地 | 多磨霊園 |
国籍 | 日本 |
別名 | 秋華 |
出身校 | フェリス女学院 |
職業 | 教師、牧師夫人 |
配偶者 | 植村正久 |
子供 | 植村環 |
親 | 父:繁憲、母:三千代 |
家族 | 山内量平(兄) |
植村 季野(うえむら すえの、1858年9月11日(安政5年8月5日) - 1930年(昭和5年)6月7日)は、ルーテル教会の牧師山内量平の妹で、日本基督教会の重鎮植村正久の妻、植村環の母である。旧姓は山内で、秋華と号した。
来歴
[編集]紀伊国日高郡南部町(現・和歌山県日高郡みなべ町)に山内繁憲と三千代の次女として生まれる。家は代々酒造業を営む庄屋で、神官でもあった。和歌山の漢学塾で学び、フェリス女学校(現・フェリス女学院)で漢学を教えながら英語を学んだ。
1877年(明治10年)5月27日横浜海岸教会でE・R・ミラーより洗礼を受ける。
この頃、奥野昌綱牧師を介して、植村正久より結婚の申し込みを受け、1892年(明治25年)に結婚する。夫の外遊中は明治女学校で教えたこともあった。