数学 において,正則ベクトル束 (せいそくベクトルそく,英 : holomorphic vector bundle )とは,複素多様体 X 上の複素ベクトル束 であって,全空間 E が複素多様体であり射影 π: E → X が正則 であるようなものである.基本的な例は複素多様体の正則接束とその双対正則余接束である.正則直線束 (holomorphic line bundle) は階数が 1 の正則ベクトル束である.
セールの GAGA により,滑らかな 複素射影多様体 X (複素多様体と見る)上の正則ベクトル束の圏は,X 上の代数ベクトル束 (英語版 ) (すなわち階数が有限の局所自由層 )の圏と同値である.
具体的には,局所自明化写像
ϕ
U
:
π
−
1
(
U
)
→
U
×
C
k
{\displaystyle \phi _{U}\colon \pi ^{-1}(U)\to U\times \mathbf {C} ^{k}}
は双正則 であることを要求する.これは変換関数
t
U
V
:
U
∩
V
→
GL
k
(
C
)
{\displaystyle t_{UV}\colon U\cap V\to \operatorname {GL} _{k}(\mathbf {C} )}
が正則であると要求することと同値である.複素多様体の接束上の正則構造は,ベクトル値正則関数の(適切な意味での)微分がそれ自身正則であることに注意すると保証される.
E を正則ベクトル束とする.局所切断 s : U → E |U が正則 (holomorphic) であるとは,それが U の各点の近傍においてある(同値だが任意の)自明化において正則であることをいう.
この条件は局所的である,つまり正則切断たちは X 上の層 をなす.この層は
O
(
E
)
{\displaystyle {\mathcal {O}}(E)}
と書かれることがある.そのような層は必ずベクトル束と同じ階数の局所自由である.E が自明な直線束
C
_
{\displaystyle {\underline {\mathbf {C} }}}
であるとき,この層は複素多様体 X の構造層
O
X
{\displaystyle {\mathcal {O}}_{X}}
と一致する.
E
X
p
,
q
{\displaystyle {\mathcal {E}}_{X}^{p,q}}
で (p , q ) 型の C ∞ 微分形式の層を表すと,E に値を持つ (p , q ) 型形式の層はテンソル積
E
p
,
q
(
E
)
≜
E
X
p
,
q
⊗
E
{\displaystyle {\mathcal {E}}^{p,q}(E)\triangleq {\mathcal {E}}_{X}^{p,q}\otimes E}
として定義できる.
これらの層は細層 である,つまり1の分割 を持つ.
滑らかなベクトル束と正則ベクトル束の間の基本的な差異は,後者にはドルボー作用素 (英語版 ) と呼ばれる標準的な微分作用素
∂
¯
:
E
p
,
q
(
E
)
→
E
p
,
q
+
1
(
E
)
{\displaystyle {\overline {\partial }}:{\mathcal {E}}^{p,q}(E)\to {\mathcal {E}}^{p,q+1}(E)}
が存在することである.それは局所座標において反正則微分を取ることによって得られる.
E が正則ベクトル束であるとき,E のコホモロジーは
O
(
E
)
{\displaystyle {\mathcal {O}}(E)}
の層係数コホモロジー と定義される.とくに,
H
0
(
X
,
O
(
E
)
)
=
Γ
(
X
,
O
(
E
)
)
,
{\displaystyle H^{0}(X,{\mathcal {O}}(E))=\Gamma (X,{\mathcal {O}}(E)),}
E の大域正則切断の空間,となる.また,
H
1
(
X
,
O
(
E
)
)
{\displaystyle H^{1}(X,{\mathcal {O}}(E))}
は E による X の自明直線束の拡大,つまり,正則ベクトル束の完全列 0 → E → F → X × C → 0 , の群をパラメトライズする.群構造については,Baer 和 (英語版 ) や層の拡大 (英語版 ) も参照.
複素微分幾何の文脈では,複素多様体 X のピカール群 Pic(X ) は,正則直線束の同型類の群であって,積はテンソル積,逆元は双対である.それは消えない正則関数の層の一次コホモロジー群
H
1
(
X
,
O
X
∗
)
{\displaystyle H^{1}(X,{\mathcal {O}}_{X}^{*})}
として定義することもできる.
E を複素多様体 M 上の正則ベクトル束とし,E 上にエルミート計量 が存在するとする,つまり,ファイバー Ex に滑らかに変化する内積 ⟨•, •⟩ が備わっているとする.すると複素構造と計量構造の両方と両立する E 上の接続 ∇ が一意的に存在する.つまり,∇ が次のような接続である:
(1) E の任意の滑らかな切断 s に対して,
p
∇
s
=
∂
¯
s
{\displaystyle p\nabla s={\bar {\partial }}s}
ただし p は E 値 1 形式(英語版 ) の (0, 1) 成分を取る.
(2) E の任意の滑らかな切断 s , t と M 上のベクトル場 X に対し,
X
⋅
⟨
s
,
t
⟩
=
⟨
∇
X
s
,
t
⟩
+
⟨
s
,
∇
X
t
⟩
{\displaystyle X\cdot \langle s,t\rangle =\langle \nabla _{X}s,t\rangle +\langle s,\nabla _{X}t\rangle }
ただし X による
∇
s
{\displaystyle \nabla s}
の contraction を
∇
X
s
{\displaystyle \nabla _{X}s}
と書いた.(これは ∇ による平行移動 (英語版 ) が計量 ⟨•, •⟩ を保存すると言っても同じである.)
実際,u = (e 1 , …, e n ) が正則枠であるとき,
h
i
j
=
⟨
e
i
,
e
j
⟩
{\displaystyle h_{ij}=\langle e_{i},e_{j}\rangle }
とし, ωu を等式
∑
h
i
k
(
ω
u
)
j
k
=
∂
h
i
j
{\displaystyle \sum h_{ik}\,{(\omega _{u})}_{j}^{k}=\partial h_{ij}}
によって定義する.この等式をより単純に次のように書く:
ω
u
=
h
−
1
∂
h
.
{\displaystyle \omega _{u}=h^{-1}\partial h.}
u ′ = ug を基底の正則な変換 g による別の枠とすると,
ω
u
′
=
g
−
1
d
g
+
g
ω
u
g
−
1
{\displaystyle \omega _{u'}=g^{-1}dg+g\omega _{u}g^{-1}}
であり,したがって ω は確かに接続形式 であって,∇s = ds + ω · s によって ∇ を生じる.今,
ω
¯
T
=
∂
¯
h
⋅
h
−
1
{\displaystyle {\overline {\omega }}^{T}={\overline {\partial }}h\cdot h^{-1}}
であるから,
d
⟨
e
i
,
e
j
⟩
=
∂
h
i
j
+
∂
¯
h
i
j
=
⟨
ω
i
k
e
k
,
e
j
⟩
+
⟨
e
i
,
ω
j
k
e
k
⟩
=
⟨
∇
e
i
,
e
j
⟩
+
⟨
e
i
,
∇
e
j
⟩
.
{\displaystyle d\langle e_{i},e_{j}\rangle =\partial h_{ij}+{\overline {\partial }}h_{ij}=\langle {\omega }_{i}^{k}e_{k},e_{j}\rangle +\langle e_{i},{\omega }_{j}^{k}e_{k}\rangle =\langle \nabla e_{i},e_{j}\rangle +\langle e_{i},\nabla e_{j}\rangle .}
つまり,∇ は計量構造と両立する.最後に,ω は (1, 0) 形式であるから,
∇
s
{\displaystyle \nabla s}
の (0, 1) 成分は
∂
¯
s
{\displaystyle {\bar {\partial }}s}
である.
Ω
=
d
ω
+
ω
∧
ω
{\displaystyle \Omega =d\omega +\omega \wedge \omega }
を ∇ の曲率形式 とする.
p
∇
=
∂
¯
{\displaystyle p\nabla ={\bar {\partial }}}
は二乗して零になるから,Ω は (0, 2) 成分を持たず,Ω は歪エルミートであることが容易に示せるから[ 1] ,それはまた (2, 0) 成分ももたない.したがって,Ω は次で与えられる (1, 1) 形式である:
Ω
=
∂
¯
ω
.
{\displaystyle \Omega ={\bar {\partial }}\omega .}
曲率 Ω は正則ベクトル束の高次コホモロジーの消滅定理 ,例えば小平の消滅定理 や中野の消滅定理 (英語版 ) ,において顕著に現れる.
^ 例えば,E 上のエルミート計量の存在は,枠束の構造群がユニタリ群 に帰着され,Ω がこのユニタリ群のリー環(歪エルミート行列からなる)に値を持つことを意味する.
Griffiths, Phillip ; Harris, Joseph (1994), Principles of algebraic geometry , Wiley Classics Library, New York: John Wiley & Sons , ISBN 978-0-471-05059-9 , MR 1288523
Hazewinkel, Michiel, ed. (2001), “Vector bundle, analytic” , Encyclopedia of Mathematics , Springer, ISBN 978-1-55608-010-4 , https://www.encyclopediaofmath.org/index.php?title=Vector_bundle,_analytic