武田正徳
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武田 正徳 | |
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生誕 |
1950年10月 日本 宮城県 |
所属組織 | 陸上自衛隊 |
軍歴 | 1965 - 2008 |
最終階級 | 陸将 |
指揮 |
第1師団長 第1高射特科団長 |
除隊後 | 三菱電機顧問 |
武田 正德(たけだ まさのり、1950年(昭和25年)10月 - )は、宮城県出身の陸上自衛官。最終階級は陸将。平和・安全保障研究所事務局長兼常務理事。埼玉県在住。
人物像
[編集]- 陸上自衛隊少年工科学校に陸上自衛隊生徒第12期生として入隊。卒業後、陸曹として勤務の傍ら、法政大学法学部通信教育課程で学び卒業後、幹部自衛官に任官した。2015年まで、陸上自衛隊生徒出身の将官のうち、唯一防衛大学校を経ずに陸将まで上り詰めた人物[1]である。2007年(平成19年)10月に実施された平成19年度自衛隊記念日中央観閲式では観閲部隊指揮官を務めた。軍事ジャーナリストの神浦元彰は生徒時代の同期。
- 生徒3学年時の1968年(昭和43年)7月、同期生13名が渡河訓練中に殉職する事件が発生した。慰霊碑が少年工科学校内に存在し、同期生として毎年献花に訪れている。
略歴
[編集]- 1966年(昭和41年)3月:入隊
- 1970年(昭和45年)3月:3等陸曹に任官
- 1974年(昭和49年):法政大学法学部通信教育課程卒業
- 1975年(昭和50年)3月:3等陸尉任官(一般幹部候補生 第55期(U') )
- 1985年(昭和60年)7月:3等陸佐(第6高射特科群326高射中隊長等)
- 1988年(昭和63年)7月:2等陸佐
- 1993年(平成 5年)
- 1995年(平成 7年)3月23日:陸上幕僚監部教育訓練部教育課企画班長
- 1996年(平成 8年)9月:陸上幕僚監部人事部厚生課給与室長
- 1998年(平成10年)7月1日:陸上幕僚監部人事部援護業務課長
- 2000年(平成12年)6月30日:第1高射特科団長に就任
- 2001年(平成13年)12月3日:陸将補に昇任
- 2002年(平成14年)3月22日:第22代少年工科学校長兼武山駐屯地司令に就任
- 2005年(平成17年)1月12日:陸上自衛隊高射学校長に就任
- 2007年(平成19年)3月28日:陸将に昇任、第30代第1師団長に就任
- 2008年(平成20年)8月1日:退官
脚注
[編集]- ^ 武田のほか防大を経ずに陸将に昇任した生徒出身者は2015年8月に陸上自衛隊富士学校長に就任した渡部博幸(生徒19期:2015年12月に退官)がいる
出典
[編集]- 防衛年鑑2008(防衛年鑑刊行会)