毛利重長
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毛利 重長(もうり しげなが、寛永13年(1636年) - 元禄9年9月20日(1696年10月15日))は、江戸時代の旗本。通称平三郎、兵橘。初名重行。父は毛利重次。母は芦田(赤井)時直(直正の末弟)の娘。子に元教、娘(岡部雄救(杉浦直爲の子)の妻)、娘(堀田直次の妻)。前妻は豊臣秀頼家臣・岡村百々之介の娘・おどよ(『伊勢国司伝記』)。後妻は渡辺盛(因獄佑)の娘。
寛永13年(1636年)に生まれる。寛永17年(1640年)、父の死去により代を継ぎ、後に幕府の小普請となる。その後承応2年(1653年)大番になり、天和元年(1681年)より道奉行となる。元禄9年(1696年)9月20日に没す。享年61。
参考文献
[編集]- 寛政重修諸家譜 巻第六百二十九