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永運院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
永運院
所在地 京都府京都市左京区黒谷町121
位置 北緯35度1分10.7秒 東経135度47分12.3秒 / 北緯35.019639度 東経135.786750度 / 35.019639; 135.786750座標: 北緯35度1分10.7秒 東経135度47分12.3秒 / 北緯35.019639度 東経135.786750度 / 35.019639; 135.786750
宗派 浄土宗
寺格 金戒光明寺塔頭
本尊 阿弥陀如来
創建年 天正19年(1591年
文化財 本堂、表門(京都府登録文化財)
永運院文書(京都市指定文化財)
法人番号 5130005002412 ウィキデータを編集
永運院の位置(京都市内)
永運院
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永運院(えいうんいん)は京都府京都市左京区にある浄土宗大本山金戒光明寺塔頭の1つである。通常は非公開。

歴史

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天正19年(1591年)、阿闍梨永継により金戒光明寺山門の東側に創建。文政年間に浄専院と合併した。嘉永年間の山門建立により立ち退いた永運院と浄専院が現在の寺地にあった妙蓮院を合併し、三か寺の本尊である阿弥陀如来を安置し、今の永運院となった。

建造物

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  • 本堂(方丈) - 京都府登録文化財(昭和58年4月15日登録)。入母屋造、桟瓦葺。江戸初期に宮城豊盛が妙蓮院として建立したもので、浄土宗の方丈遺構として古いものである。
  • 表門 - 京都府登録文化財(昭和58年4月15日登録)。一間薬医門、本瓦葺。

文化財

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  • 永運院文書 - 京都市指定文化財。平成12年(2000年)、襖絵の修復の際に下張りから発見された。宮城豊盛宛ての書状が多く、黒田孝高小西行長などの武将の名も見られる。

アクセス

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参考文献

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  • 『京都大事典』、淡交社、1984、p.96
  • 『紫雲』第45号、1978年4月1日
  • 『くろ谷金戒光明寺に眠る人びと』、白嵜顕成、くろ谷金戒光明寺、2013
  • 「素顔の歴史(1)」日本経済新聞、2006年10月7日、29面
  • 「秀吉の重臣・小西行長の書状発見 永運院のふすまの下張りから/京都・左京区」読売新聞、2000年6月23日

関連項目

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