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江上 緑輔(えがみ ろくすけ、1889年9月[1] - 没年不詳)は、日本、朝鮮の検察官。
江上末吉の長男として福岡県に生まれる[1]。1908年福岡県立中学修猷館[2]、1911年7月第五高等学校英語法律科[3]を経て、1917年7月東京帝国大学法科大学法律学科(英法)を卒業[4]。
長崎地方裁判所などの検事を務めた後、朝鮮に渡り、釜山地方法院、晋州支庁、咸興覆審法院、平壌覆審法院、京城地方法院の各検事を経て、1940年清津地方法院検事正、1943年3月大田地方法院検事正に就任する[1][5]。
- ^ a b c 『人事興信録第14版』(人事興信所、1943年) エ-1頁
- ^ 『修猷館同窓会名簿 修猷館235年記念』(修猷館同窓会、2020年)同窓会員7頁
- ^ 『第五高等学校一覧(自昭和11年至昭和12年)』(第五高等学校、1936年)238頁
- ^ 『東京帝国大学一覧(從大正7年至大正8年)』(東京帝国大学、1919年)學士及卒業生姓名82頁
- ^ 『大衆人事録第14版 外地・満支・海外篇』(帝国秘密探偵社、1943年)朝鮮18頁