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沢村惣之丞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

沢村 惣之丞(さわむら そうのじょう、天保14年(1843年) - 慶応4年1月25日1868年2月18日))は、幕末土佐の人物。別名に沢村延世・前河内愛之助・関雄之助などがある。

人物

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土佐国土佐郡潮江村(現高知県高知市)の浪人の子として生まれる。間崎哲馬に師事し、学問を学ぶ。その後土佐勤王党に加入した。

文久2年(1862年)に吉村虎太郎と共に土佐藩を脱藩する。武市半平太への現状報告のため一時帰国するが、その後坂本龍馬らと再び脱藩している。勝海舟の門下生となり、海援隊に属す。

慶応3年(1867年)には坂本龍馬暗殺(近江屋事件)の容疑者であった三浦休太郎の暗殺計画に参加するが、失敗に終わった(天満屋事件)。

翌年には維新の混乱から無人状態となった長崎奉行所に、沢村ら海援隊の人間が中心となって入居し、長崎の町を警備した。しかし1月14日の警備中、薩摩藩士・川端平助を誤殺してしまう。沢村は薩摩藩との軋轢を恐れ、海援隊本部で、薩摩藩関係者の制止にもかかわらず割腹した。享年26。

明治31年(1898年)、正五位を追贈された[1]

脚注

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  1. ^ 田尻佐 編『贈位諸賢伝 増補版 上』(近藤出版社、1975年)特旨贈位年表 p.11

関連作品

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映画
TVドラマ
漫画
テレビアニメ