波上騒動
表示
この記事のほとんどまたは全てが唯一の出典にのみ基づいています。 (2014年2月) |
波上騒動(なみのうえそうどう)とは、1971年8月11日にアメリカ占領下の沖縄の那覇市で発生した暴動事件。
事件の概要
[編集]1971年8月11日午前1時30分、軍道1号線(現国道58号)の那覇軍港前で、客待ちをしていたタクシーに向かってアメリカ兵が投石を行い、さらに運転手を殴りつけて負傷させた[1]。アメリカ兵はまもなく拘束され、琉球警察那覇警察署山下派出所に連行された。
すると、近くに居合わせた被害者の同僚のタクシー運転手や通行人約100人が山下派出所に集結し、「米兵を出せ!」と騒ぎ出した。そのため警察は、那覇市泉崎にあった那覇警察署に米兵の身柄を移した。そして群衆も那覇署に移動し、那覇署前交差点(現県庁前交差点)は、野次馬も含めて約400人の群衆で一杯になった。
那覇署では非常招集をかけ、不測の事態に備えると同時に、群衆に向かって「被疑者の引渡しはできない」と根気強く説得した。
午前3時30分頃、群衆の中から「外人は波上にいるぞ!」という声がでて、タクシーに分乗して当時外人バーがあった波上地区(那覇市辻付近)に移動した。そこで、黄色のナンバープレート(当時の米軍関係者車両に付いていた)の乗用車をひっくり返して火を付けて炎上させたり、通りがかりの外国人を袋叩きにした。
まもなく機動隊も駆けつけて、騒ぎは午前4時過ぎ頃に沈静化した。
なお事件の発端となった米兵は、その後憲兵に引き渡された。
脚注
[編集]- ^ 「米兵の乱暴怒り騒動 那覇バー街で300人」『中國新聞』昭和46年8月11日夕刊 7面
参考文献
[編集]- 『沖縄タイムス』1971年8月11日夕刊