泳ぎの医者
『泳ぎの医者』(およぎのいしゃ)は、古典落語の演目の一つ。藪医者を徹底的にこき下ろした内容で、原話は中国の明代に書かれた笑話本『笑府』第四巻・方術部の「学游水」。
どの時代にでも通じる噺であるだけに演者は多く、ざっと上げるだけでも二代目三遊亭圓生や初代三遊亭圓朝、近代では六代目三遊亭圓窓が演じている。
あらすじ
[編集]江戸近郊に住む豪農・作右衛門が留守の間に娘の具合が悪くなった。村内に医者はおらず、考えた挙句に白羽の矢を立てたのは隣村で先ごろ開業した甘井羊羹という先生。噂によると「腕はあやふや」だと言うので、おかみさんは不安げだが、下男の太助が勧めるので取りあえず診てもらうことにした。
張り切ってやってきた甘井先生、病間に入ると早速お嬢さんの脈を取り、薬籠から煎じ薬を取り出して調合すると明朝また来ますと言い残して帰ってしまう。早速、薬を病人に飲ませると一服目は効いたように思えたが、二服目でたちまち舌がつり、唇の色が変わってあっけなく死んでしまった!見ると劇薬を飲ませたらしく、娘の体は焼けただれたようになっている。大騒ぎしている最中に、江戸から主人の作右衛門が帰宅。太助と女房からいきさつを聞き、烈火のごとく怒り出した。「あの医者に娘を焼き殺されたんだ。今度はこっちが医者を水攻めにしてやる!」太助に「娘は全快したので一言お礼を言いたい」と言って医者の野郎をおびき寄せるよう言いつける。
翌日、何も知らずにやって来た甘井先生、礼金を貰えると喜んでいる所に患者の変わり果てた姿を見せられ仰天した。言葉に窮していると作右衛門に胸ぐらを締め上げられ、張り倒されたところを今度は太助が主人の仇とばかりに殴り倒す。結局、甘井先生は荒縄でグルグル巻きにされ、氷が張った川の中に放り込まれてしまった。もがいているうちに縄が切れたが、この先生あいにく泳ぎを知らなかった。それでも必死に手足を動かし、溺れそうになりながらも岸にたどりつくと、先回りした二十人ほどにポカポカポカ。慌てて対岸に逃げるとまた村人に殴られ、反対側に逃げるとそっちでもまたポカポカポカポカ。息も絶え絶えになった甘井先生、ほうほうのていで家にたどりついた。
「逃げるぞ、家財道具をまとめろ!」出迎えた息子にそう言い、ふと見ると何だか難しそうな本を読んでいる。「何だ、それは?」「傷寒論と言う医学書です」「医学書? 馬鹿!! 医者には医学書よりおよぎの練習だ!」
藪医者小話
[編集]現代からは信じられない話だが、以前は免許制度がなかったため、誰でも医者になることができた。お陰で随分おかしな医者が出たらしい。
葛根湯医者
[編集]「頭が痛い? 頭痛ですね、葛根湯をおあがり。次は胃痛? 葛根湯をおあがり。今度は筋肉痛? 葛根湯をおあがり。次は…」
「先生、私は単なる付き添いですが」
「付き添い? 退屈でしょう、葛根湯をおあがり」
手遅れ医者
[編集]どんな患者が来てもまず「手遅れ」と言う医者がいた。もし本当に手遅れだったら、たとえ治療に失敗しても文句は言われないし、なまじ治ったら「手遅れを直した」と言うことで尊敬されると踏んでのことだ。
そんな医者のところへ、ある日屋根から落ちたという男が仲間に担がれてやってきた。
先生、患者を見るなり「手遅れですな」。
「手遅れ!? 落ちたばっかりなんですよ!!」
「落ちる前に来れば助かりました…」
藪医者の名前名鑑
[編集]流石に落語らしく、出てくる医者の名前もおかしな物ばかりが出てくる。なお、廓噺(遊郭を舞台にした落語)において、(医学よりも遊びに長けた人物)として藪医者が登場することがあるが、この場合にも、以下の名前が用いられる。