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浅井寿篤

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

浅井 寿篤(あさい ひさあつ、安政元年(1854年) - 明治11年(1878年7月27日)は、明治期の日本警察官[1]明治維新後の族籍は島根県士族

大久保利通暗殺紀尾井坂の変)の実行犯のひとり。

経歴

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鳥取藩士の子として生まれ、明治維新後、警視庁巡査となった。西南戦争従軍後、凱旋中に禁令を破り免職された。

島田一郎ら5人と共に大久保利通暗殺を企て、明治11年(1878年5月14日石川県士族以外ではただ一人、大久保利通の襲撃に参加した(紀尾井坂の変)。

事件後すぐさま宮内省自首し、同年7月27日午前10時頃に死刑を宣告されると、同日午前11時半に市ヶ谷監獄にて他の5人と共に斬罪に処せられた。享年25とされている。明治22年(1889年)に大赦された。谷中霊園にある。

彼らを裁いた判事玉乃世履によると、主犯の島田一郎以外はこの暗殺の趣意を知らず、ただ島田に「この人を除く事が御国のため」と洗脳されて犯行に及ぶに至ったと思われるという(東京日日新聞・明治11年6月1日)。

脚注

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