浅尾豊一
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浅尾 豊一(あさお とよいち、旧姓・辰馬、1875年(明治8年)5月8日[1] - 1941年(昭和16年)12月25日[2])は、日本の実業家。族籍は兵庫県平民[1][3]。
人物
[編集]兵庫県人・辰馬悦蔵の二男[4]。辰馬悦蔵のおじ[4]。辰馬吉左衛門の弟[4]。辰馬鎌藏の養兄[4]。諸会社の重役として知られる[3]。夙川土地、辰馬本家酒造、辰馬商会、井上酒造、西宮運送、台湾オフセット印刷各社長[3][4][5]、太平洋海上火災保険、辰馬商会、辰馬海上火災保険、辰馬汽船各取締役[4][5]、萬歳酒造相談役[6]などをつとめる[7]。住所は兵庫県西宮市千歳町[4]。
家族・親族
[編集]- 浅尾家
- 養父・市郎助[3][4]
- 妻・よし(1880年 - ?、兵庫士族、中島成教の四女)[1][3]
- 二女・富貴子(1904年 - ?、東京府の山縣家を嗣ぎ、兵庫県人辰馬卯一郎の五男勝見を夫に迎える)[5]
- 孫[7]
- 親戚
- 甥・3代辰馬悦蔵(辰馬悦蔵商店社長)
- 兄・辰馬吉左衛門(辰馬海上火災保険社長)
- 養弟・辰馬鎌藏(土木技術者、内務技監)
- 義父・中島成教(阪神電気鉄道取締役)
- 二女の夫・山縣勝見(辰馬商会社長) - 萬歳酒造専務取締役辰馬夘一郎の実弟である。
脚注
[編集]- ^ a b c 『人事興信録 第5版』あ66頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月4日閲覧。
- ^ 「浅尾豊一氏」『朝日新聞』1941年12月27日、3面。
- ^ a b c d e 『人事興信録 第7版』あ87頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月4日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第9版』ア88頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月4日閲覧。
- ^ a b c 『人事興信録 第11版 上』ア109頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月4日閲覧。
- ^ 『日本全国銀行会社録 第47回』大阪府 上編593頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年10月8日閲覧。
- ^ a b 『人事興信録 第12版 上』ア101頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月4日閲覧。
参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
- 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。
- 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
- 人事興信所編『人事興信録 第11版 上』人事興信所、1937-1939年。
- 商業興信所編『日本全国銀行会社録 第47回』商業興信所、1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1940年。