淀川美代子
淀川 美代子(よどがわ みよこ、生年不明[注 1] - 2021年11月10日)は、日本の雑誌編集者。映画評論家・淀川長治の姪[3]。
経歴
[編集]神戸生まれ[4]。子供の頃は同居していた叔父(母親の弟)の淀川長治の影響を受け、映画と雑誌に囲まれて育つ[3]。松竹映配[注 2]に就職するもしばらくして退社、平凡出版(現:マガジンハウス)にアルバイトで参画し、雑誌『an・an』の編集部で働きはじめる[4]。1年以上経ってから正社員となり、引き続き『an・an』の編集に携わっていたが、1985年に雑誌『Olive』の3代目編集長に抜擢される[4]。
1987年まで『Olive』の編集長を務めた後『an・an』の編集長となり、最盛期には80万部以上の売り上げを達成する[6]。1989年4月14日号の特集「セックスで、きれいになる。」は話題となった[7][8]。
1998年から雑誌『GINZA』の編集長を務め[9]、2006年末に編集長を辞してエグゼクティブ アドバイザー職に就任[10]。2010年にマガジンハウスを退社し、フリーランスとなる[6]。2012年1月に創刊したインテリア雑誌『MAISHA』(マイシャ、発行:BALS)の編集長を雑誌休刊までの2015年まで務め[11]、2016年からはリニューアルした雑誌『ku:nel』(クウネル、発行:マガジンハウス)の新編集長となった[12][6]。
2021年11月10日、死去[13]。同年12月13日に生前から親交のあった編集者がTwitterに訃報を投稿した[13]。編集長としては2021年11月20日発売の『ku:nel』2022年1月号が最後となった[2][14]。2010年まで在籍したマガジンハウスの総務部によると、「故人の意志を尊重して当社から特に発表する予定はございません」としている[13]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 吉本由美『イン・マイ・ライフ』亜紀書房、2021年7月27日、40頁。ISBN 978-4-7505-1702-5。
- ^ a b 三浦彰 (2021年12月17日). “「淀君」と呼ばれた名編集者・淀川美代子死す”. セブツー. 2022年8月8日閲覧。
- ^ a b “淀川おじさん。”. ほぼ日刊イトイ新聞. ほぼ日刊イトイ新聞 (2007年8月13日). 2021年12月13日閲覧。 “淀川:叔父はすごく『スクリーン』にライバル意識を持っていました。”
- ^ a b c 管付 2007, pp. 30–32.
- ^ “松竹の歴史”. 松竹. 2023年5月4日閲覧。
- ^ 延江浩 (2022年2月20日). “アンアンの名物特集 「男が作るからエロくなる」敏腕編集長の見出しの妙”. AERAdot.. 朝日新聞出版. 2023年5月3日閲覧。
- ^ “「anan」のセックス特集は今年も女性に呪いをかける”. 女子SPA!. 扶桑社 (2018年8月9日). 2023年5月3日閲覧。
- ^ 管付 2007, p. 39.
- ^ 管付 2007, p. 30.
- ^ “インテリア雑誌「マイシャ」が休刊”. WWDJAPAN. INFAS PUBLICATIONS WWDJAPAN (2015年1月10日). 2021年12月13日閲覧。
- ^ 『マガジンハウス「ku:nel」が大幅リニューアル “かわいいものに、トキメキたい” 50代女性たちに向け一新』(プレスリリース)マガジンハウス、2015年12月1日 。2021年12月13日閲覧。
- ^ a b c 高村学 (2021年12月15日). “「Olive」や「ku:nel」「GINZA」の編集長を歴任した淀川美代子氏が11月10日に死去 日本の雑誌文化に貢献した淀川氏を悼む”. SEVENTIE TWO. 東京、日本: Minimal. 2021年12月15日閲覧。
- ^ 吉本由美 (2022年2月28日). "吉本由美 淀川美代子さんのこと". 文藝春秋digital. 2023年3月24日閲覧。
吉本由美「巻頭随筆 淀川美代子さんのこと」『文藝春秋』2022年3月号、文藝春秋、2022年2月10日、90-91頁、JAN 4910077010320。
参考文献
[編集]- 菅付雅信『東京の編集』ピエブックス、2007年12月10日。ISBN 978-4-894-44654-0。