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淡海 有守(おうみ の ありもり、生没年不詳)は、平安時代前期の貴族。姓は朝臣。官位は従五位下・筑後守。
大外記を経て、陽成朝の元慶6年(882年)巡爵により従五位下・安芸介に叙任される。のち、備後介に遷り、元慶7年(883年)6月に筑後守・都御酉が下僚の国司に射殺されたため[1]、7月に有守が後任の筑後守に任ぜられている。
注記のないものは『日本三代実録』による。