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滝川博己

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
滝川 博己
基本情報
出身地 日本の旗 日本 和歌山県
生年月日 (1942-01-01) 1942年1月1日(82歳)
身長
体重
174 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1960年
初出場 1963年
最終出場 1966年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

滝川 博己(たきがわ ひろみ、1942年1月1日 - )は和歌山県[1]出身の元プロ野球選手

来歴・人物

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南部高では中堅手、四番打者として活躍、藤本勝巳の後輩に当たる。1959年夏の甲子園県予選決勝ではエース木原義隆を擁する海南高に9回サヨナラ勝ち、紀和大会決勝に進むが天理高の大井和男(東洋レーヨン)に抑えられ敗退、甲子園出場を逸する。

1960年大阪タイガースに入団した[1]。入団して3年間は一軍出場が無く、4年目の1963年に一軍デビューした。その後は外野手として着実に一軍出場試合数を伸ばし、1966年には20試合に先発出場。7月30日には1試合だけではあるが一番打者として起用されている。しかし打撃面で伸びず同年オフに引退した[1]

日本プロ野球界でも珍しい左投右打の選手である。

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
1963 阪神 2 2 2 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .500 .500 .500 1.000
1964 16 12 12 0 2 0 0 0 2 1 3 0 0 0 0 0 0 3 0 .167 .167 .167 .333
1965 21 7 6 3 1 0 0 0 1 1 1 0 0 0 1 0 0 4 0 .167 .286 .167 .452
1966 57 52 48 4 7 1 0 0 8 3 4 1 0 1 2 0 1 14 0 .146 .196 .167 .363
通算:4年 96 73 68 8 11 1 0 0 12 5 8 1 0 1 3 0 1 22 0 .162 .208 .176 .385

背番号

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  • 53(1960年 - 1964年)
  • 21(1965年)
  • 31(1966年)

脚注

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  1. ^ a b c プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、328ページ

関連項目

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外部リンク

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