漆島時守
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漆島 時守(うるしま ときもり)は、平安時代初期の人物。漆島氏(漆間氏)の祖とされる[1]。
姓は宿禰。父は津島県主の末裔で延暦17年(798年)に宇佐神宮大宮司に任命された従六位下・津島朝臣縣守。母は辛嶋氏の系図によれば辛嶋勝豊比売(あるいは系図で結ばれているだけで血縁関係はないか)。別名に赤蜂(赤蜂将軍)がある[1]。子供には漆島時季がいる[2]。
概要
[編集]延暦元年(782年)に総検校となり従四位和泉守に任じられ、同5年に豊前国宇佐郡の辛島郷・高家郷を賜ったという。