潯陽道
表示
中華民国 江西省 (中華民国)省 潯陽道 | |
← 1913年 - 1927年 → | |
簡体字 | 浔阳 |
繁体字 | 潯陽 |
---|---|
拼音 | Xùnyáng |
カタカナ転記 | シュンヤン |
国家 | 中華民国 |
省 | 江西省 (中華民国) |
行政級別 | 道 |
政府所在地 | 九江県 |
建置 | 1913年 |
廃止 | 1927年 |
面積 | |
- 総面積 | km² |
人口 |
潯陽道(じんよう-どう)は中華民国北京政府により設置された江西省の道。
沿革
[編集]1913年(民国2年)に贛北道として成立。観察使は九江県に置かれたが、管轄区域については未定のままであった[1]。1914年(民国4年)5月に潯陽道と改称、観察使は道尹と改められ下部に九江、徳安、瑞昌、湖口、彭沢、星子、都昌、永修、安義、鄱陽、余干、楽平、浮梁、徳興、万年、奉新、靖安、武寧、修水、銅鼓の20県を管轄した。1927年(民国16年)に廃止されている。
行政区画
[編集]廃止直前の下部行政区画は下記の通り。(50音順)
脚注
[編集]- ^ 『政府広報』498号 1913年9月23日