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無涯亮倪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

無涯亮倪(むがい りょうげい、生没年不詳)は、室町時代僧侶。妙楽寺(福岡市博多区)十二世住職[1]

略歴

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医師陳外郎(大年宗寿)の子で、師は無方宗応 [2][3]1419年京都に遊学中、応永の外寇後の朝鮮の意図を探るため、大蔵経入手を名目に足利義持の正使として派遣された[4]。翌年、回礼使の宋希璟と共に帰国した。

参考文献

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  • 『日朝関係史を考える』(歴史学研究会、1989年、90p)
  • 『石城遺寳』(石城山妙楽寺 、1991年、32p)
  • 『大応国師と崇福寺大応国師七百回忌記念特別展』(大応国師と崇福寺展実行委員会 、2007年、197p)
  • 『九州中世禅宗史の研究』(文献出版、2000年、78p)

脚注

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外部リンク

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