照ノ海照光
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照ノ海 照光(てるのうみ てるみつ、1922年1月18日[1] - 没年不明)は、高知県南国市出身[1][2]で二所ノ関部屋に所属した[1][2]元大相撲力士。本名は北村 照光(きたむら てるみつ)[1][2]。171cm、99kg。最高位は西十両筆頭。得意技は左四つ、寄り[3]。
経歴
[編集]1936年1月場所に初土俵。入門してしばらくは全く勝ち越すことができかったが、1939年1月場所に入門して初めての勝ち越しを決めると、逆に勝ち越しを続けていき、1941年5月場所に十両昇進[1][2]。1943年5月場所には西十両筆頭まで躍進するも入幕ならず、1947年11月場所に25歳で廃業した[1][2]。
主な成績
[編集]- 通算成績:105勝98敗7休 勝率.517
- 十両成績:62勝69敗7休 勝率.473
- 現役在位:23場所
- 十両在位:11場所
場所別成績
[編集]春場所 | 夏場所 | 秋場所 | ||||
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1936年 (昭和11年) |
(前相撲) | (番付外) | x | |||
1937年 (昭和12年) |
(前相撲) | 西序ノ口5枚目 3–4 |
x | |||
1938年 (昭和13年) |
西序二段31枚目 2–5 |
東序二段32枚目 3–4 |
x | |||
1939年 (昭和14年) |
東序二段32枚目 5–2 |
東三段目31枚目 5–3 |
x | |||
1940年 (昭和15年) |
西三段目10枚目 5–3 |
東幕下32枚目 7–1 |
x | |||
1941年 (昭和16年) |
東幕下6枚目 5–3 |
西十両15枚目 8–7 |
x | |||
1942年 (昭和17年) |
西十両11枚目 8–7 |
西十両7枚目 8–7 |
x | |||
1943年 (昭和18年) |
西十両4枚目 8–7 |
西十両筆頭 4–11 |
x | |||
1944年 (昭和19年) |
西十両10枚目 6–9 |
西十両12枚目 6–4 |
東十両5枚目 4–6 |
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1945年 (昭和20年) |
x | 西十両7枚目 休場 0–0–7 |
西幕下6枚目 3–2 |
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1946年 (昭和21年) |
x | 国技館修理 のため中止 |
東幕下3枚目 5–2 |
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1947年 (昭和22年) |
x | 東十両9枚目 6–4 |
西十両3枚目 引退 4–7–0 |
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各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
改名歴
[編集]- 玉ノ森 照光(たまのもり てるみつ)1936年1月場所 - 1937年1月場所
- 照ノ海 照光(てるのうみ てるみつ)1937年5月場所 - 1947年11月場所
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 小池謙二『大相撲星取大鑑』昭和編第1巻、医聖社、1986年
- 昭和の大相撲刊行委員会/編『昭和の大相撲 資料編』TBSブリタニカ、1989年
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 照ノ海 照光 - 相撲レファレンス