コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

熊谷大信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

熊谷 大信(くまたに ひろのぶ、井上 哲[1]、生没年不明)は、ソビエト連邦で活動した日本人共産主義者の一人であり、ソ連の実情を見て転向した一人とされる[2]

1927年5月にソ連国営の漁業に従事し、同年10月にソ連へと入国、教育を受け赤化工作を行っていたものの、1933年6月にソ連当局に逮捕され、1934年に国外追放になったとされる[3]

1934年の日本側の取り調べにおいて、ウラジオストクに存在する「浦潮日本革命者団」に所属していたとし、日本の官憲側に太平洋労働組合書記局の情報を提供した[1]

出典

[編集]
  1. ^ a b 「1.一般/8 昭和9年10月3日から昭和9年11月30日」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B02030943700、共産党宣伝関係雑件/対日宣伝関係 第八巻(A.3.4.0.2-4_008)(外務省外交史料館)」 アジア歴史資料センター Ref.B02030943700 
  2. ^ 加藤哲郎『国民国家のエルゴロジー 「共産党宣言」から「民衆の地球宣言」へ』平凡社〈 (これからの世界史 9)〉、1994年11月 p.110 ISBN 978-4582495294
  3. ^ 司法省刑事局(編)『思想関係図書目録 :ソヴェート連邦の実情』東洋文化社〈社会問題資料叢書 ; 第1輯〉、1977年1月 p.165(収録箇所『ソヴェート連邦の実情』は当時の司法省が1936年7月に作成した未決囚の上申書である。リンク先は国立国会図書館デジタルコレクション

関連項目

[編集]