如意輪寺 (姫路市)
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如意輪寺 | |
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所在地 | 兵庫県姫路市書写1463-3 |
位置 | 北緯34度52分40.80秒 東経134度39分37.58秒 / 北緯34.8780000度 東経134.6604389度 |
山号 | 補陀落山 |
宗派 | 天台宗 |
寺格 | 圓教寺末寺 |
本尊 | 六臂如意輪観世音菩薩 |
創建年 | 長保4年(1002年) |
開基 | 性空 |
中興年 | 万治2年(1659年) |
中興 | 長雲 |
文化財 | 如意輪観音半跏像、薬師如来坐像、聖徳太子立像(市重文) |
法人番号 | 6140005014109 |
如意輪寺(にょいりんじ)は、兵庫県姫路市に所在する寺院である。山号は補陀落山(ふだらくさん)。宗派は天台宗。本尊は六臂如意輪観世音菩薩。かつては圓教寺の女人堂であった。
- 御詠歌:はるばると だいひのみてに まもられて のりのたよりを きくぞうれしき
概要
[編集]圓教寺の末寺として開創された。書写山の南麓、東洋大学附属姫路中学校・高等学校の東隣にある。
圓教寺を開創した性空上人が、平安時代中期の長保4年(1002年)に開いた。室町時代前期の応永5年(1398年)圓教寺が女人禁制となったため、心空慈伝上人がこの寺院に女人堂を建立し、西国三十三所二十八番札所圓教寺の女性巡礼道場となった。
その後荒廃し、江戸時代前期の万治2年(1659年)に長雲が中興した。明治時代に入り、圓教寺の女人禁制が解かれ、寺号を如意輪寺と改めた。
如意輪寺裏から圓教寺への登山道は東坂参道と呼ばれ、圓教寺六参道の一つである。境内には、ここから圓教寺の寺領であり守護や役人の立ち入りを禁じる、守護使不入を示す石柱がある。
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本堂
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「守護使不入」の石柱
文化財
[編集]姫路市指定重要有形文化財
[編集]- 如意輪観音半跏像
- 南北朝時代の観応2年/正平6年(1351年)康俊の作。ヒノキ造・漆箔・玉眼嵌入。像高41cm。平成8年(1996年)12月2日指定。
- 薬師如来坐像
- 室町時代の作と推定される。寄木造・漆箔・玉眼嵌入。像高48cm。平成8年(1996年)12月2日指定。
- 聖徳太子立像
- 14世紀(鎌倉時代から南北朝時代)の作と推定される。ヒノキ寄木造・彩色。像高77cm。聖徳太子16歳の孝養太子と称される像である。平成8年(1996年)12月2日指定。
参考文献
[編集]- 兵庫県の歴史散歩編集委員会/編 『兵庫県の歴史散歩 下』 山川出版社 2006年 107ページ
- 現地説明板/平成9年(1997年)1月 姫路市教育委員会 設置
外部リンク
[編集]- 如意輪寺(天台宗兵庫教区HP)
- 如意輪観音菩薩半跏像 - 姫路市内の文化財
- 薬師如来坐像 - 姫路市内の文化財
- 聖徳太子立像 - 姫路市内の文化財