坂田貞
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坂田貞 さかた ただす | |
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生年月日 | 1863年9月13日 |
出生地 |
日本 肥後国八代郡植柳村 (現・熊本県八代市) |
没年月日 | 1937年9月25日(74歳没) |
所属政党 | 交友倶楽部 |
子女 | 坂田道男 |
親族 | 孫・坂田道太(衆議院議長) |
在任期間 | 1925年9月29日 - 1932年9月 |
八代郡会議員 | |
熊本県会議員 | |
植柳村会議員 |
坂田 貞(さかた ただす、1863年9月13日(文久3年8月1日)[1][2][3] - 1937年(昭和12年)9月25日[4])は、明治から昭和時代戦前の政治家、実業家。貴族院多額納税者議員。
経歴
[編集]肥後国八代郡植柳村(熊本県八代郡植柳村を経て現八代市)出身[5]。橋本寛の長男として生まれ、先代範英の養子となり1872年(明治5年)家督を相続する[5]。
1891年(明治24年)以降、植柳村会議員、同村農会長、熊本県会議員、同県農会長、八代郡会議員、郡参事会員、同農会評議員、帝国農会議員のほか、九州商業銀行[注 1]取締役、九州新聞社監査役などを歴任した[4]。
1925年(大正14年)9月には熊本県多額納税者として貴族院議員に互選され同年9月29日に就任し[6]、交友倶楽部に所属し1932年(昭和7年)9月まで務めた[4]。
親族
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 人事興信所 編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年 。
- 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
- 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第1』大蔵省印刷局、1960年 。