足羽神社
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足羽神社 | |
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拝殿 | |
所在地 | 福井県福井市足羽上町108 |
位置 | 北緯36度03分30.1秒 東経136度12分33.2秒 / 北緯36.058361度 東経136.209222度座標: 北緯36度03分30.1秒 東経136度12分33.2秒 / 北緯36.058361度 東経136.209222度 |
主祭神 | 継体天皇・大宮地の霊5座 |
社格等 | 式内小社、旧県社 |
創建 | 伝継体天皇朝 |
本殿の様式 | 神明造 |
例祭 | 5月15日 |
主な神事 | わくぐり祭(7月31日) |
地図 |
足羽神社(あすわじんじゃ)は、福井県福井市足羽に鎮座する神社である。[1]式内社、旧県社。
祭神
[編集]継体天皇、生井神、福井神、綱長井神、阿須波神、波比岐神[2]が祀られる。
神徳は次のとおり。[3]
- 継体天皇 - 越前開闢之祖人。名前にあやかって継続繁栄、また、子が多かったことから子授け、安産、子孫繁栄の神である。
- 大宮地之霊 - (別称)坐摩神。以下の5柱の総称。
- 生井神 - 生命の源の神
- 福井神 - 栄・幸・福の神
- 綱長井神 - 長寿の神
- 生井神、福井神、綱長井神はいずれも井戸の神、水の神である。
- 阿須波神 - 足羽神、足場の神とも伝えられ、旅行・交通守神、工事安全守神である。万葉集巻二十に「庭中(にはなか)の阿須波の神に小柴さし吾(あれ)は斎(いは)はむ帰り来(く)までに」の歌がある。
- 波比岐神 - 人の出入りを守護する門の神、災難除けの神である。
神紋
[編集]太陽、月、北極星の文様を組み合わせた紋(三光の紋)。北極星は天皇の象徴、太陽と月は命と力の源を意味するといわれている。全国でも3社しかない紋。
由緒
[編集]継体天皇が男大迹王皇子として越前にいた時、大宮地の霊を祀ったという。大宮地の霊とは宮中の座摩5座の神であり、足羽神はその1座である。奉斎した後、越後平野の治水工事を起こし、即位して大和に上る時に自分の活霊も祀り、祭事を馬来田皇女に託した。[4]延暦10年(791年)4月、従五位下に叙され(『続日本紀』)、仁寿元年(851年)正月、従四位下が加えられ(『文徳天皇実録』)、延喜の制において小社に列せられ、天慶3年(940年)正月には従三位(『日本紀略』)、承暦4年(1080年)にこの神を穢す祟りがあったとして、社司に中祓が科せられた(『朝野群載』)。なお、国内神名帳である『越前国惣神分』には、正一位足羽大明神と記載される。
鎌倉時代以後、武家からの崇敬が篤く、領主の朝倉氏などが社領を寄した。江戸時代に、福井藩主越前松平家代々の尊信が深厚であった。[5]
文化財
[編集]光明天皇ならびに仁孝天皇から大宮地という宸筆の額字を賜り、旧国宝(現行法の重要文化財に相当)に指定されていたが、太平洋戦争により焼失した[6]。
(指定解除された旧国宝)
- 紙本墨書光明院宸翰
- 紙本墨書仁孝天皇宸翰
天然記念物
[編集]- シダレ桜
- タカオモミジ
- 正面参道の真ん中にあり、シダレザクラとともに古くから知られている。高さ14メートル。[10]
石碑・石造物
[編集]- 天壌無窮碑
- 境内にあった、神宝神社の由来碑。明治23年(1890)の建立。神宝神社は、明治天皇即位に参列した福井藩士由利公正が、下賜された祭器を御霊代として天照大神を祀ったもので、明治4年(1871)に由利邸内から足羽神社内に遷された[11]。
- 小燈籠
- 文政元年(1818)に神社が木田の大火により被災し、同3年(1820)藩主松平治好により再建された。そののち、文政4年(1821)、松塚則安の発起によって奉納されたもの。正面に和歌、右側面に「継体天皇紀」、裏面に足羽神社略縁起、左側面に「松塚則安発起 文政四年辛巳冬十月再建 馬来田神主善包朝臣代」と刻まれている[11]。
- 六地蔵宝塔
- 足羽宮碑
- 文政13年(1830)に継体天皇崩御1300年を記念し石場町の富商等が建立したもの。正面に「足羽宮之碑」と題し、左側面から裏面、右側面にかけてこの時の由来が刻まれている[11]。
- 継体天皇御世系碑
- 飛騨高山の国学者田中大秀は、継体天皇の御世系を研究し碑の建設を計画したが、没後、1847年(1847年)に門徒たちにより建立された[13]。
- 九頭龍川修治碑
- 明治33年(1900年)に国の直轄事業で、九頭龍川の支流などを大規模に改修工事を行ったが、治水伝説のある継体天皇を祭る当社に記念碑が建立された[14]。
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天壌無窮碑
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小燈籠
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六地蔵宝塔
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足羽宮碑
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継体天皇御世系碑
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九頭龍川修治碑
祭礼
[編集]- 1月1日-歳旦祭
- 1月15日-左義長祭
- 2月3日-節分祭
- 2月11日-建国記念祭
- 2月中旬-太子祭
- 3月14日-足羽神社総代奉告祭
- 3月20日-兼務神社総代奉告祭
- 4月上旬-桜まつり
- 4月14日-足羽山招魂社春季例大祭
- 5月14日-神幸祭
- 5月15日-春季例大祭
- 6月16日-大祓式(夏越の大祓)
- 6月30日-輪くぐり祭(白川流で行われる)[15]
- 8月15日-終戦記念祭
- 9月第2日曜-奉吟祭
- 9月19日-宵宮祭
- 9月20日-秋季例大祭
- 9月21日-後日祭
- 9月25日-足羽山招魂社秋季例大祭
- 9月十五夜-観月祭
- 10月7日-左内祭(橋本左内忌句会)
- 10月15日-人形感謝祭
- 11月15日-七五三詣
- 11月最終土曜-大麻頒布始奉告祭
- 12月23日-天長祭
- 12月31日-大祓式
参考文献
[編集]- 『式内社調査報告』第15巻北陸道1、皇學館大學出版部、昭和61年
- 『越前祖神 足羽神社縁起』
- 『歴史のみえるまちづくり協会 会報』2007年11月号
- 『足羽の昔ものがたり集』足羽熟年友の会 1986年
脚注
[編集]- ^ 『ふるさとの想い出写真集 明治大正昭和福井』(1979年1月、p115)
- ^ 『足羽地区の昔といま』(2001年3月、p63)
- ^ 『越前祖神 足羽神社縁起』、『足羽の昔ものがたり集』 p.195
- ^ 『足羽山の主な史跡と墓碑石』(1989年3月、p57)
- ^ 『ふくいの歴史遺産』(1999年12月、p43)
- ^ 昭和24年10月13日文部省告示第178号により指定解除(参照:国立国会図書館デジタルコレクション)、2コマ目
- ^ 『越前祖神 足羽神社縁起』
- ^ 『歴史のみえるまちづくり協会 会報』 p.5。
- ^ 『足羽の昔ものがたり集』 p.196。
- ^ 『越前祖神 足羽神社縁起
- ^ a b c d 福井市立郷土歴史博物館『足羽山の主な史跡と墓碑石』, 福井市立郷土歴史博物館,1988
- ^ 阪上勢津『愛宕の松玄』,松翠庵,1930
- ^ “境内の主要石碑”. 足羽神社公式. 2023年3月26日閲覧。
- ^ “境内の主要石碑”. 足羽神社公式. 2023年3月26日閲覧。
- ^ 『福井県大百科事典』(1991年6月、p19)