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企業内カウンセラー

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企業内カウンセラー(きぎょうないカウンセラー、: occupational health psychologist)とは、労働安全衛生分野において心理相談業務に従事する心理職専門家の職業名、および当該の任に就く者のことである[1]企業カウンセラー事業所内カウンセラー社内カウンセラーなどとも呼ばれる。

混同されやすい名称に「産業カウンセラー」があるが、「産業カウンセラー」があくまでもひとつの民間資格名であるのに対し、本項の企業内カウンセラーは産業精神保健で活動する心理カウンセラーの総称として用いられる[2]

米国

アメリカでは「occupational health psychologist」などと呼ばれ、古くから労働者の心の健康を保つことで生産性の維持・向上を図る実験研究や経営術が注目されていたなどにより[3]20世紀初頭には既に、心理職専門家として各企業・事業所内への参画が始まっており、特にアメリカ疾病予防管理センターCDC)・国立労働安全衛生研究所(NIOSH)などは大学院修了レベルの養成プログラムを推奨し、企業内カウンセラーに対して高度な専門性を要求している[4][5]

日本

日本においても企業内カウンセラーの参画が進んでいる背景には、我が国の昨今の労働安全衛生分野の不調さの深刻さがある[6]。仕事や職業生活に関する強い不安悩みストレスを感じている者の割合は全労働者の約60%と高くなっている[6]。その中では「職場の人間関係の問題」をストレスなどの原因として挙げる者が約40%を占め第1位となっており[6]、「労働者の自殺率の高さ」とともに、「人間関係に起因する悩み・ストレス[6]」の存在が大きなリスクとなっていることが、中央省庁の調査により明らかとなった[6]

厚生労働省の指針

2006年厚生労働省が策定した「労働者の心の健康の保持増進のための指針[7]」によると、企業・事業場におけるメンタルヘルスケアの際には、担い手や関係性によって分けられる4種類のケア、すなわち【1. セルフケア】【2. ラインケア】【3. 事業場内・産業保健スタッフによるケア】【4. 事業場外・専門家資源によるケア】の4つのケアが重要とされている[7]。ついては、同指針における4つのケアの要旨と、それぞれのケアの概説をまとめ、表に示す[7]

4つのケアの要旨 それぞれのケアの概説
【1. セルフケア】 労働者自身が、
自らのストレスに対処する
【2. ラインケア】 上司・管理職などの管理監督者が、
部下のストレスに配慮する
企業内カウンセラー 【3. 事業場内・産業保健スタッフによるケア】 内部産業保健スタッフが、
セルフケアやラインケアを促進するため、
企画立案・環境調整・対外窓口などを担当する
【4. 事業場外・専門家資源によるケア】 外部心理職専門家が、
より専門的なメンタルヘルスケアを提供するため、
各企業・事業場内に参画し、心理カウンセリングなどを担当する

その中で【3. 事業場内・産業保健スタッフによるケア】は、産業医衛生管理者保健師なども担い手の例とされているが[7]、産業医の中で精神科心療内科専門医である者は、全体の約15%しかおらず[8]、衛生管理者や保健師もケガ感染症予防などの労働安全衛生相談が中心となるため、精神保健のみの専門職という位置づけにはされていない[7]

そのため現実的なメンタルヘルスケアに際しては、【3. 事業場内・産業保健スタッフによるケア】の担い手でもあり、同時に【4. 事業場外・専門家資源によるケア】の担い手でもある(外部)心理職専門家[1]を積極的に各企業・事業場内に招いて、大企業においては常勤雇用して常時待機させたり、中小企業においては委嘱契約などを交わして必要に応じて随時来所させたりといった実施可能な方法で企業内カウンセラーとして内部参画・活用し[6]、産業医・衛生管理者・保健師ら産業保健スタッフと(外部)心理職専門家が各企業・事業場内において有機的に協力・連携しつつ、【3. 事業場内・産業保健スタッフによるケア】と【4. 事業場外・専門家資源によるケア】を同時に行うことが有効であると指摘されている[6][7]。このように、必要に応じて心理職専門家を派遣するなど、顧問契約を結んだ各企業・事業場内へアウトソーシング形態でメンタルヘルスケアを提供するサービスに「外部EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)」があり、近年注目を集めている[1]

第三者性・外部性の確保

企業内カウンセラーは、従事する業務が「心理相談」であるという性質上、既存の上司管理職人事労務担当者とは異なり、各労働者の勤務評価などを行わず、また経営者や他の労働者とも利害関係が存在しない「第三者性」「外部性」を有する心理職専門家であることが、倫理的な大前提として特に必要とされている[9][10] [* 1]

加えて、企業内カウンセラーには職場内問題が中心として寄せられる特性上、それらの中にはセクシャルハラスメントパワーハラスメントを始めとした各種ハラスメント関連の相談内容が含まれるため[13]、もしも企業内カウンセラーが「第三者性」「外部性」を有する中立的・客観的立場の心理職専門家ではなく内部関係者利害関係者であった場合には、特にハラスメント関連問題に悩む労働者は相談しづらい状況に立たされる[14]。さらに、万が一にもその状況下でカウンセリングを行った場合には、既存の関係性がカウンセリング行為に深く影響を及ぼす「二重関係」「多重関係」に陥ってしまい、カウンセリングが機能しないばかりか、逆に当該労働者の心身の健康を悪化させる恐れがあると指摘されており、禁じられている[9][10] [* 2]

したがって、各企業・事業所において、例えば在職の管理職・人事労務担当者が研修などを受講した後に兼務したり、何らかの心理学関連資格を取得した在職の労働者が異動・登用されたりなどといった、「在職者としての立場の延長線上にある“当事者”や“関係者[9][10]」が他の労働者に関わる場合は、既存の在職者とは異なるべき「第三者性・外部性の確保」の点が曖昧となるため、心理カウンセラーとして専門的かつ中立的な立場で心理相談業務を担う企業内カウンセラーの本来的な位置づけとは異なる[9][10]

現状と問題点

名称をめぐる誤解

企業内カウンセラーと混同されやすい名称に「産業カウンセラー」がある。「産業カウンセラー」は資格名であり、「スクールカウンセラー」や「キャリアカウンセラー」のような職業名ではない。産業精神保健分野で活動する心理カウンセラーの総称は、「企業内カウンセラー」などの職業名で呼ばれ、精神科医などの医師[17]臨床心理士[18]のような専門家が委嘱契約などに基づき務めるほか、高度な心理職専門家人材の確保が困難なときには保健師[19]が兼務することがあり、それら高度専門職業人が担う場合において産業カウンセラー資格が必要とはされない。

一般に産業カウンセラーという名称が与える印象により「カウンセラーの中で現に産業・労働分野を担当している者」あるいは「産業カウンセラー資格を取得しなければ産業精神保健分野での活動ができない」と誤解される場合がある。

脚注

  1. ^ これは、他分野の心理カウンセラーにおいても「二重関係(多重関係)の回避[9][10]」と呼ばれる倫理上の義務として同様に大前提とされており[9][10]、例えば教育分野のスクールカウンセラーにおける「第三者性」「外部性」の重要性は、利用者側からも、文部科学省が行っている現場調査の中で『教員とは異なり、成績の評価などを行わない第三者的な存在であるため、児童・生徒・保護者が気兼ねなくカウンセリングを受けることができた[11]』『“児童・生徒と教員”とは別の枠組み・人間関係で相談することができる[12]』などの実感として報告されているため、それらの報告を踏まえた調査研究において文部科学省は、「高度な専門性」と同時に「第三者性・外部性」の両立を、スクールカウンセラー任用上の意義として特に重要視している[11][12]
  2. ^ この点は、アカデミックハラスメントアルコールハラスメントなど、企業・事業所と同じく様々なハラスメント関連問題への対策を迫られる大学の学生相談においても踏まえられており、各大学は、「臨床心理士」や「精神科医」などを資格要件として掲げて学外から別途招き、「高度な専門的知識の担保」と「第三者性・外部性の確保」の両方を満たした上で、メンタルヘルスの担い手としての心理カウンセラー委嘱契約などを交わすといった、業務上の配慮を行っている[15][16]

出典

  1. ^ a b c 島田修・中尾忍・森下高治『産業心理臨床入門』ナカニシヤ出版、2006年。ISBN 978-4-8884-8836-5 
  2. ^ 学習院生涯学習センター (2009年). “メンタルヘルス入門A ―心理士の立場から―”. 2010年12月1日閲覧。
  3. ^ Gary R. Vandenbos (2006). APA Dictionary of Psychology. American Psychological Association. ISBN 978-1-5914-7380-0 
  4. ^ Centers for Disease Control and Prevention (2010年). “National Institute for Occupational Safety and Health - Occupational Health Psychology”. 2010年12月9日閲覧。
  5. ^ Society for Occupational Health Psychology (2010年). “Graduate Training in Occupational Health Psychology”. 2010年12月1日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g 厚生労働省 & 独立行政法人労働者健康福祉機構 2010.
  7. ^ a b c d e f 厚生労働省 (2006年). “労働者の心の健康の保持増進のための指針” (PDF). 2010年12月1日閲覧。
  8. ^ 人事院 (2006年). “平成17年民間企業の勤務条件制度等調査結果表” (PDF). 2010年12月1日閲覧。
  9. ^ a b c d e f American Psychological Association (2010年). “Ethical Principles of Psychologists and Code of Conduct”. 2010年12月1日閲覧。
  10. ^ a b c d e f 東京学芸大学 (2005年). “カウンセラーの職業倫理について”. 2010年12月2日閲覧。
  11. ^ a b 文部科学省 (2004年). “拡充事業 - 事業名:スクールカウンセラー活用事業補助” (PDF). 2010年12月1日閲覧。
  12. ^ a b 文部科学省 (2007年). “児童生徒の教育相談の充実について -生き生きとした子どもを育てる相談体制づくり-(報告)”. 2010年1月31日閲覧。
  13. ^ 厚生労働省 (2009年). “「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」の一部改正について” (PDF). 2010年12月1日閲覧。
  14. ^ 大阪大学大学院法学研究科・大阪大学法学部 (2007年). “職場トラブルについて考える” (PDF). 2010年12月1日閲覧。
  15. ^ 日本学生支援機構 (2010年). “学生支援の取組状況に関する調査 - 学生相談等(参考資料)” (PDF). 2010年12月1日閲覧。
  16. ^ 日本学生支援機構 (2010年). “学生相談に関する特色ある取組み等” (PDF). 2010年12月1日閲覧。
  17. ^ 東京都医師会 (2004年). “産業医とは”. 2010年2月1日閲覧。
  18. ^ 日本臨床心理士資格認定協会 (2009年). “臨床心理士の職域”. 2010年1月30日閲覧。
  19. ^ 日本産業保健師会 (2009年). “日本産業保健師会とは”. 2010年2月13日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク