Whataboutism
誤報と偽情報 |
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Whataboutismは冷戦時期においてソビエト連邦(ソ連)が対西側諸国で使用したプロパガンダの手法。ソ連が批判されたとき、その返事が「(西側諸国における事件を挙げて)~こそどうなんだ?」(英: What about...)になることから名づけられた[1][2]。いわゆるお前だって論法[3]、つまり相手の論点に直接反論せず、相手の言動が主張と矛盾していると指摘して相手の論点の信用をなくそうとする論理的誤謬の一種である。そっちこそどうなんだ主義とも訳される[4]。日本語では「どの口が言うか」「そっちこそどうなんだ」のようにも表現されることもある[5][6]。Whataboutismの論者のことは “Whataboutist” と呼ばれる[7]。
ソ連崩壊が迫る頃にはソ連当局がこの類の応答をすることは広く知られていて、当局のプロパガンダ的応答の代表的存在でさえあった[1]。
語源
〜主義などを意味するismを付した「Whataboutism」という英語の単語は2008年にエドワード・ルーカスがエコノミストではじめて使用したとされる[8][9]。また、Whatabouteryというほぼ同じ意味の用語が北アイルランド問題の時期にイギリスで使われた[10]。これに対応するロシア語単語はなかった[1]。
ジ・アトランティックの報道によると、Whataboutismの早期における例の1つは1947年におきた。当時、アメリカ合衆国商務長官ウィリアム・アヴェレル・ハリマンは演説で「ソ連帝国主義」を批判したが、イリヤ・エレンブルグはプラウダでアメリカの種族と社会的少数者に関する法律と政策を批判し、ソ連はそれらを「人類の尊厳を侵害している」ものとして扱うが、戦争を起こす口実としては使わないとした[3]。
ロシア連邦時代
冷戦が終結すると、この手法もあまり見られなくなったが、ソ連崩壊後のロシアでは人権侵害などの批判に対して再び使われるようになった[1]。ガーディアンの記者ミリアム・エルダーはウラジーミル・プーチン大統領の報道官ドミトリー・ペスコフがこの手法を多用し、多くの人権侵害の批判に対する返答はついぞ行われなかったとコメントした。例えば、エルダーがモスクワでドライクリーニングをすることの困難さについて記事を書くと、ペスコフはロシア人がイギリスへ行くための査証発行の困難さをもって返答した[11]。2012年7月、RIAノーボスチのコラムニストであるコンスタンティン・フォン・エッゲルト(Konstantin von Eggert)はロシアとアメリカが中東で異なる政府を支持したとき、Whataboutismの手法を使用したことについて、記事を書いた[12]。
Whataboutismの使用はどんな民族や信仰の人でも見られるが、エコノミストの報道によると、ロシア人はこの手法を多用した。同じ報道ではWhataboutismへの対抗法が2つ紹介された。1つはロシアの指導者の言葉を反論に使うことで反論を西側諸国に転用させないことであり、もう1つは西側諸国が自らのメディアと政府にもっと自己批判をすることである[1]。
この用語はロシアによるクリミア・セヴァストポリの編入およびロシアによるウクライナへの軍事介入により再び注目を受けた[13][14]。またアゼルバイジャンに対しても使われたが、これは人権記録を批判されたことに対しアゼルバイジャン国会はアメリカの問題に関する公聴会を開くことで応じたためである[15]。
日本語訳
国語辞典編纂者の飯間浩明によると、Whataboutismの日本語訳としてどのような語が定着するかは2021年3月時点で未だ明らかではない[6]。飯間は、2021年3月時点のインターネット百科事典のウィキペディア日本語版で「そっちこそどうなんだ主義」という記事名[注釈 1]が使用されていたことを取り上げ、この訳では言葉として長すぎる上に、議論の相手に限らず第三者の言動に話をすり替える場合も含まれるというWhataboutismの語義が正しく表現できていないことを難点として指摘している[6]。飯間は良い訳が定着すれば日本語での議論にも資するとし、Twitterで挙げられたものとして「だって論法」、「誰々ちゃん論法」、「せやかて論法」、少数ながらすでに使われているものとして「ホワットアバウト論法」という訳語を例示している[6]。
脚注
注釈
- ^ ウィキペディア日本語版では、 2017年4月11日から2021年4月21日までの間、「そっちこそどうなんだ主義」を記事名にしていた。この訳は、翻訳初心者がグローバル・ボイス・オンラインにボランティアで投稿した翻訳記事を出典として、ウィキペディア日本語版の編集者の一人が採用したものである。
出典
- ^ a b c d e Staff writer (January 31, 2008). “Whataboutism”. The Economist May 16, 2012閲覧。
- ^ Staff writer (December 11, 2008). “The West is in danger of losing its moral authority”. European Voice May 16, 2012閲覧。
- ^ a b Khazan, Olga (August 2, 2013). “The Soviet-Era Strategy That Explains What Russia Is Doing With Snowden”. The Atlantic July 7, 2015閲覧。
- ^ John Lubbock; Yuko Aoyagi (2015年7月18日). “「嘆きの時」を未来の糧に:米国史上最大の奴隷オークション”. 2017年4月11日閲覧。
- ^ “内田樹「『どの口が言うか』の論争で正義や人道が消えていく」”. AERA dot. (2018年1月19日). 2021年3月1日閲覧。
- ^ a b c d 飯間浩明「日本語探偵 【ほ】「ホワットアバウト」のうまい日本語訳はある?」『文藝春秋』第99巻第4号、2021年3月10日、213頁。
- ^ 野間易通『実録・レイシストをしばき隊』(河出書房新社、2018年2月15日)[1][要ページ番号]
- ^ The Roots of the ‘What About?’ Ploy - WSJ
- ^ diary day one | EdwardLucas.com
- ^ Ian Linden (March 19, 2014). “In Defence of ‘Whataboutery’”. The Huffington Post September 28, 2016閲覧。
- ^ Elder, Miriam (April 26, 2012). “Want a response from Putin's office? Russia's dry-cleaning is just the ticket”. The Guardian May 16, 2012閲覧。
- ^ von Eggert, Konstantin (July 25, 2012). “Due West: 'Whataboutism' Is Back - and Thriving”. RIA Novosti
- ^ “The Long History of Russian Whataboutism”. Slate.com (21 March 2014). 17 November 2014閲覧。
- ^ Drezner, Daniel (20 August 2014). “Ferguson, whataboutism and American soft power”. The Washington Post 17 November 2014閲覧。
- ^ “Azerbaijan Concerned About Human Rights -- In The United States.”. RFERL (January 16, 2015). 2017年4月11日閲覧。