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「ベガ」の版間の差分

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{{Otheruses|恒星のベガ}}
{{Otheruses}}
{{天体 基本
{{天体 基本
| 幅 =
| 幅 =300px
| 色 = 恒星
| 色 = 恒星
| 和名 = ベガ
| 和名 = ベガ{{R|Hara}}
| 英名 = [[:en:Vega|Vega]]
| 英名 = [[:en:Vega|Vega]]{{R|Kunitzsch|iaucsn}}
| 画像ファイル = Vega Spitzer.jpg
| 画像ファイル = Vega Spitzer.jpg
| 画像サイズ = 250px
| 画像サイズ = 250px
| 画像説明 = [[スピッツァー宇宙望遠鏡]]から撮影されたベガ。<br/>ベガはこと座のなかで最も明るい星である。
| 画像説明 = [[スピッツァー宇宙望遠鏡]]撮影されたベガ。こと座で最も明るい星である。
| 画像背景色 =
| 画像背景色 =
| 仮符号・別名 = こと座&alpha;星{{R|simbad}}
| 仮符号・別名 =<span style="font-size:0.8em; line-height:100%;"> こと座&alpha;星, こと座3番星, <br/>GJ 721, HR 7001, <br/>BD +38°3238, HD 91262, <br/> GCTP 4293.00, LTT 15486, <br/>SAO 67174, HIP 91262 </span>
| 星座 = [[こと座]]
| 星座 = [[こと座]]
| 視等級 = 0.03
| 視等級 = 0.03{{R|simbad}}<br />-0.02 - 0.07(変光){{R|GCVS}}
| 視直径 =
| 視直径 =
| 変光星型 = たて座&delta;型 (D SCT)
| 変光星型 = [[たて座デルタ型変光星|たて座&delta;型]]{{R|simbad}}(DSCTC){{R|GCVS}}
| 分類 =
| 分類 =
}}
}}
{{天体 位置
{{天体 位置
| 色 = 恒星
| 色 = 恒星
| 元期 =J2000.0
| 元期 = [[J2000.0]]{{R|simbad}}
| 赤経 =18h 36m 56.3s
| 赤経 = {{RA|18|36|56.33635}}{{R|simbad}}
| 赤緯 =+38° 47' 01"
| 赤緯 = {{DEC|+38|47|01.2802}}{{R|simbad}}
| 視線速度 =13.5 km/s
| 視線速度 =-13.9km/s{{R|simbad}}
| 固有運動 =赤経:201.02 mas/yr<br/> 赤緯:287.46 mas/yr
| 固有運動 = [[赤経]]: 200.94 [[秒 (角度)|ミリ秒]]/年{{R|simbad}}<br />[[赤緯]]: 286.23 [[秒 (角度)|ミリ秒]]/年{{R|simbad}}
| parallax = 130.23
| 年周視差 =
| p_error = 0.36
| 距離 =25.27 [[光年]] (7.751 [[パーセク]])
| parallax_footnote = {{R|simbad}}
| 絶対等級 =0.58 等
| 赤方偏移 =-0.000046{{R|simbad}}
| 絶対等級2 = 0.604
| 星図位置画像 =Lyra constellation map.png
| 位置画像top = 40
| 位置画像left = 57.2
| 画像説明 =ベガの位置
}}
}}
{{天体 物理
{{天体 物理
| 色 =恒星
| 色 = 恒星
| 赤道直径 =
| 赤道直径 =
| 直径 =
| 直径 =
| 半径 =2.73 R<sub>☉</sub>
| 半径 = {{Solar radius|2.73|link=y}}
| 表面積 =
| 表面積 =
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| 体積 =
| 質量 =2.6 M<sub>☉</sub>
| 質量 = {{Solar mass|2.6|link=y}}
| 相対対象(または、相対対象1) =
| 相対対象 =
| 相対質量(または、相対質量1) =
| 相対質量 =
| 相対対象2 =
| 相対対象2 =
| 相対質量2 =
| 相対質量2 =
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| 表面重力 =
| 表面重力 =
| 脱出速度 =
| 脱出速度 =
| 自転周期 =12.5
| 自転速度 = 274 km/s
| 自転周期 = 12.5 時間
| スペクトル分類 =A0Va
| スペクトル分類 = A0V{{R|simbad}}
| 絶対等級 =
| 絶対等級 =
| 光度 =51 L<sub>☉</sub>
| 光度 = {{Solar luminosity|51|link=y}}
| 光度係数 =
| 光度係数 =
| アルベド =
| 赤道傾斜角 =
| 赤道傾斜角 =
| 表面温度 = 9,300 [[ケルビン|K]]
| 表面温度 = 9,300 [[ケルビン|K]]
| 最小表面温度 =
| 最小表面温度 =
| 平均表面温度 =
| 平均表面温度 =
| 最大表面温度 =
| 最大表面温度 =
| 可視光明度 =
| 可視光明度 =
| 全波長明度 =
| 全波長明度 =
| 色指数_BV =0.00
| 色指数_BV = 0.00{{R|yale}}
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| 色指数_UB = -0.01{{R|yale}}
| 色指数_VI =
| 色指数_VI =
| 金属量 =63%(太陽比)
| 金属量2 = 63%(太陽比)
| 年齢 =3.5 × 10<sup>8</sup>
| 年齢 = 3.5 {{e|8}}
| 大気圧 =
| 大気圧 =
}}
{{天体 別名称
| 色 = 恒星
| 別名称 = 織女星, 織姫星,<br />こと座3番星{{R|simbad}}<br />[[ボン掃天星表|BD]] +38 3238{{R|simbad}}, [[基本星表|FK5]] 699{{R|simbad}}<br />[[ヘンリー・ドレイパーカタログ|HD]] 172167{{R|simbad}}, [[ヒッパルコスカタログ|HIP]] 91262{{R|simbad}}<br />[[輝星星表|HR]] 7001{{R|simbad}}, [[スミソニアン天文台星表|SAO]] 67174{{R|simbad}}<br />[[星表#固有運動カタログ|LTT]]15486{{R|simbad}}
}}
}}
{{天体 終了
{{天体 終了
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}}
}}


'''ベガ'''('''ヴェガ'''、Vega)[[こと座]]の&alpha;星、こと座で最も明るい全天では5番目に明るい。[[七夕]]の'''おりひめ'''星('''織女'''星)としてよく知られている。[[わし座]]の[[アルタイル]]、[[はくちょう座]]の[[デネブ]]とともに、[[夏の大三角]]を形作っている。
'''ベガ'''{{R|nao_ac}}('''ヴェガ'''{{R|Kondo|Hara}}{{lang-en-short|Vega}}{{efn2|{{IPA-en|ˈviːgə}} '''ヴィ'''ーガまた{{IPAc-en|ˈ|v|eɪ|ɡ|ə}} '''ヴェ'''ィガ}})は、'''こと座&alpha;星'''[[こと座]]で最も明るい[[恒星]]で全天21の[[1等星]]の1つ。[[七夕]]の'''[[おりひめ]]'''星('''織女'''(しょくじょせい))としてよく知られている<ref>{{Cite Kotobank | word=ベガ(こと座) | encyclopedia=日本大百科全書(ニッポニカ) | hash=#E3%83%99%E3%82%AC%28%E3%81%93%E3%81%A8%E5%BA%A7%29-1590335 | access-date=2023-07-13 }}</ref>。[[わし座]]の[[アルタイル]]、[[はくちょう座]]の[[デネブ]]とともに、[[夏の大三角]]を形成している。


== 特徴 ==
純白の[[スペクトル分類|A型]][[主系列星]]であり、“純白”と言う言葉の定義とされている{{要出典}}。標準的な0等星だが、0.19日の周期で僅かに変光する[[たて座]]&delta;型[[変光星]]である。変光範囲が0.01等~0.04等と小さいため、眼視観測では変光はわからない。[[太陽]]からの距離は25.3[[光年]]で、毎秒13.5キロメートルで接近している。
0.19日の周期で僅かに変光する[[たて座デルタ型変光星|たて座&delta;型変光星]]である。変光範囲が0.01等 - 0.04等と小さいため、眼視観測では変光はわからない。[[2003年]]には、[[惑星系]]が形成されつつあることが分かった。この惑星系は[[太陽系]]に近似のものである可能性がある。[[2006年]]には、[[自転]]周期が12.5時間という高速で自転しており、その速さは[[遠心力]]でベガが自壊する速度の94%に達していることが判明した。このため、極付近と赤道付近では大きな温度差が生じている。地球の[[歳差]]運動により、およそ[[11千年紀以降|12,000年後]]には、地球から見て[[北半球]]の[[天頂]]に位置し、[[北極星]]となる。


== 惑星系 ==
[[2003年]]には、[[惑星系]]が形成されつつあることが分かった。当時約100個ほど発見されていた惑星系のほとんどが、主星の近くを[[木星型惑星]]が高速で[[公転]]しているもの([[ホット・ジュピター]]と呼ばれる)だが、この惑星系は[[太陽系]]に近いものである可能性がある。
{{OrbitboxPlanet begin
| table_ref = <ref name="Hurt2021">{{Cite journal | display-authors=1 | last=Hurt | first=Spencer A. | last2=Quinn | first2=Samuel N. | last3=Latham | first3=David W. | last4=Vanderburg | first4=Andrew | last5=Esquerdo | first5=Gilbert A. | last6=Calkins | first6=Michael L. | last7=Berlind | first7=Perry | last8=Angus | first8=Ruth | last9=Latham | first9=Christian A. | last10=Zhou | first10=George | title=A Decade of Radial-velocity Monitoring of Vega and New Limits on the Presence of Planets | journal=The Astronomical Journal | publisher=American Astronomical Society | volume=161 | issue=4 | date=2021-03-02 | issn=0004-6256 | doi=10.3847/1538-3881/abdec8 | page=157 | bibcode=2021AJ....161..157H}}</ref>
}}
{{OrbitboxPlanet hypothetical
| exoplanet = [[ベガb|b]]
| mass_earth = {{Val|21.9|5.1|p=≥}}
| period = {{Val|2.42977|0.00016}}
| semimajor = {{Val|0.04555|0.00053}}
| eccentricity = {{Val|0.25|0.15}}
}}
{{OrbitboxPlanet disk
| disk = 塵円盤
| periapsis = 86
| apoapsis = 815
| inclination = 6.2?
}}
{{Orbitbox end}}


[[2021年]]に、ベガの10年間のスペクトルを分析した論文により、ベガの周囲を[[公転]]する[[公転周期]]が2.43日間の信号の候補を検出したと発表した。統計的には、誤検出の可能性は1%にすぎないと推定されている{{R|Hurt2021}}。信号の振幅によると下限[[質量]]は{{Val|21.9|5.1|ul=Earth mass}}([[地球質量]])となるが、地球から観測してベガ自体が6.2&deg;斜めに[[自転]]していることを考慮すると、惑星もその面に位置を合わせ実際の質量は{{Val|203|47|u=Earth mass}}となる{{R|Hurt2021}}。その他、{{Val|80|21|u=Earth mass}}(6.2&deg;の傾きで{{Val|740|190|u=Earth mass}})と解釈できる、周期が{{val|196.4|1.6|1.9}}日の弱い信号も検出された。しかし利用可能なデータからは、この周期の惑星が存在する確実な証拠は得られなかったと結論付けられている{{R|Hurt2021}}。
[[2006年]]には、[[自転]]周期が12.5時間という高速で自転しており、その速さは[[遠心力]]でベガが自壊する速度の94%に達していることが判明した。このため、極付近と赤道付近では大きな温度差が生じている。


== 名称 ==
地球の[[歳差]]運動により、およそ12000年後には[[北極星]]になる。その頃にはベガまでの距離が24.7光年になると推算されている。
固有名のベガ (Vega) は、この星のアラビアでの呼び名「アン=ナスル・アル=ワーキア{{efn2|続けて読むときの発音は「アン{{u|'''ナ'''}}スルル{{u|'''ワー'''}}キア」(太字下線部分にアクセント)。これに基づく表記「アン&#x3D;ナスル・ル&#x3D;ワーキア」や、定冠詞を省略した表記「ナスル・ワーキア」などもある。また、「ワーキア」は「ワーキウ」とも。}}( النسر الواقع (DMG: ''an-nasr al-wāqiʿ'' / ALA-LC: ''al-nasr al-wāqiʿ'' )」の「ワーキア」に由来する{{Sfn|Kunitzsch|1959|pp=81, 218}}。このアラビア名は、「ナスル」が “鷲”、「ワーキア」が “降りている” で、 全体で “降りている鷲”、すなわち “(木の枝や巣に) 止まっている鷲” という意味である<ref>''Encyclopaedia of Islam'', 2nd ed., Vol.7, Leiden 1993 の&quot;NASR&quot; の項(p.1012b-1015a) のうちの 1014b。</ref><ref>鈴木孝典(東海大学教養教育センター)「スーフィーの『星座の書』」『科学史の散歩道』[http://www2.ncc.u-tokai.ac.jp/suzuki/Sufi/SufiTopPage.htm](2007年9月25日閲覧、現在はリンク切れ)。</ref>。「ワーキア」''wāqiʿ'' は動詞「ワカア」''waqaʿa'' の能動分詞(英語などの現在分詞に相当)で、「ワカア」の基本の意味は “落ちる” であるが、鳥についていう場合には “(木や地面、あるいは巣に) 降りる、止まる; 降りている、止まっている” という意味となる{{efn2|代表的な古典アラビア語辞典『リサーヌル&#x3D;アラブ』 ''Lisān al-ʿarab'' や現代の辞典『ムンジド』''al-Munǧid fī l-luġa wa-l-ʿālam'' (1975年版、2005年版で確認) などのほか、 J. G. Hava, ''Al-Faraid Arabic English Dictionary'' にも、そのことが明記されている。}} 。しかしヨーロッパでは、そのような意味をもたないラテン語の動詞「カドー」cadō の現在(能動)分詞を使った「ウルトゥル・カデンス」 Vultur cadens(“落ちる鷲”)という翻訳名が古くからあり{{efn2|Vultur cadens という名前は12-14世紀のラテン語写本に現れており{{Sfn|Kunitzsch|1966|p=Typ XII}}、12世紀にアラビア語訳から翻訳されて16世紀に出版されたプトレマイオス『アルマゲスト』のラテン語訳 (''Almagestum Cl. Ptolemei'', Venezia 1515, fol.79v) や、ケプラーの『ルードルフ表』(J. Kepler, ''Tabulae Rudolphinae'', Ulm 1627, p.106) にも見られる。}}{{Sfn|Kunitzsch|1966}}、“(獲物に向かって)急降下する鷲”と解釈されてきたようである{{efn2|星名研究の権威であるクーニチュも der (herab-)stürzende Adler “急降下する鷲”{{Sfn|Kunitzsch|1959|pp=81, 218}}{{Sfn|Kunitzsch|1961|p=87}}, der fallende Adler “落ちる鷲”{{Sfn|Kunitzsch|1966|p=18}}としている。}}。日本でも、これまでその解釈が受け入れられてきた{{R|Kondo}}。


Vega は古くは Wega と綴られた{{efn2|Wega は10-11世紀のラテン語写本に現れており{{Sfn|Kunitzsch|1959|p=81}}{{Sfn|Kunitzsch|1966|p=Typ III}}、ヨーロッパに入ったアラビアの星名のうちでも最も古いものの1つである。}}。Vega という綴りは『アルフォンソ表』''Tabulae Alphonsinae'' (13世紀) の16世紀の印刷本に現れる (15世紀の版ではWega){{Sfn|Kunitzsch|1959|p=218}}{{efn2|なお、Veiga, Vuegega などの綴りが13世紀の写本にある{{Sfn|Kunitzsch|1966|p=Typ III}}。 }}。 その後も Wega は使い続けられていて、ドイツ語では現在でも Wega である。なお、ヨーロッパでは Vega/Wega/Vultur cadens 以外にも、Alwega, Annazel alvuaza など、誤記や誤読も含め、さまざまな語形や綴りが存在していた{{Sfn|Kunitzsch|1959|pp=81, 218}}{{Sfn|Kunitzsch|1966|p=90}}。


:ラテン語での発音は、通常は古典ラテン語(ローマ時代の文語ラテン語)の発音に従って表記するが、Vega は中世あるいは近代ラテン語で、しかも外来語であるので、「ウェ(ー)ガ」(古典)、「ヴェガ」(中世・近代)、「ウェーガ」(アラビア語や Wega という別綴りを考慮) など、さまざまな表記があり得る。
== 名称 ==


:Wega については、W(ダブルV)の文字は、ラテン語のVの発音が [w] から [v] に変わった後に、英語に存在した [w] 音を表すためにヨーロッパで生まれたものであるので、「ウェガ」と表記すべきであろうが、現代のドイツ語では「ヴェーガ」、フランス語 (Wéga) では「ヴェガ」と発音される。
*[[固有名 (天体)#恒星|固有名]]を'''ヴェガ'''というが、理科の教科書や図鑑類に見られるためあまりに有名であり、旧式の'''ベガ'''と表記されることが多い。語源はアラビア語の ''al-Nasr al-Waki<nowiki>'</nowiki>'' (アン・ナスル・アル・ワーキ、「落ちつつあるハゲワシ」の意)だが、これは本来、こと座の&epsilon;星、&alpha;星、&zeta;星に対する一種の[[アステリズム|星座]]名である。Λ型の並びを、通例、ハゲワシが獲物をねらって急降下している姿と解釈されているが、アラビアの天文民俗学者[[アブド・アル・ラフマン・アル・スーフィー|アッ・スーフィー]]が伝えるところでは、ハゲワシが木の枝につかまって羽を折り畳んで休んでいる姿を示したものである。ゆえに、アラビア名は「(木の枝に)留まっているハゲワシ」と訳さなければならない。<br>日本語の表記は英語形の Vega に、英語形はラテン語形を流用したものなので、「ウェガ」のように発音するのが正しい。ドイツやフランスでは Wega と綴るのが一般的である。<br>かつてはラテン語訳して'''ウルトゥル・カデンス''' (Vultur cadens) ともいった。


アラビアでは、こと座 α 星「降りている鷲」と わし座 α 星「飛んでいる鷲」(アルタイル){{efn2|アラビア語では「アン&#x3D;ナスル・アッ&#x3D;ターイル」 النسر الطائر ''an-nasr aṭ-ṭāʾir'' / ''al-nasr al-ṭāʾir''.}}を対のものとして捉え、「2つの鷲星」(「アン=ナスラーン」 النسران ''an-nasrān'' / ''al-nasrān'')と呼んだ{{Sfn|Kunitzsch|1961|p=21}}<ref name="Qutayba">Ibn Qutayba, ''Kitāb al-anwāʾ'', Haidarābād: Dāʾirat al-Maʿārif al-ʿUṯmāniyya, 1956, p.151.</ref>{{efn2|「ナスラーン」''nasrān'' は「ナスル」''nasr'' の双数形。}}。そして、それぞれの近くにある2個の星(こと座 ε, ζ と わし座 β, γ)を鷲の翼に見立て、こと座の3個は三角形に並んでいるので「翼を閉じている」、わし座の3個は一直線に並んでいるので「翼を広げている」と見なした<ref name="Qutayba" /><ref name="Sufi">{{Cite book | author=ʿAbd ar-Raḥmān aṣ-Ṣūfī | title=Kitāb ṣuwar al-kawākib | publisher=Haidarābād: Dāʾirat al-Maʿārif al-ʿUṯmāniyya | year=1954 | pages=67-69}}</ref>。本来は、3個のまとまりではなく、ベガとアルタイルが単独で「鷲」と呼ばれていたようである{{Sfn|Kunitzsch|1961|p=87}}{{efn2|イブン&#x3D;クタイバやスーフィーの記述でも、最初に単独の星の名前として述べた後に、付随する2個の星に触れている。}}。
*ベガはアラビア語源の固有名だが、ラテン語起源の固有名を'''リュラ''' (Lyra) といい、19世紀まで使われた。見てのとおりこと座のラテン語名と全く同じなので、混乱を防ぐために敬遠された。


*これを継承して、英語では the '''Harp Star''' (琴星)ともいう。また、白く明るく輝くことから、「'''空のアーク灯'''」(the Arc-light of the Sky) というニックネームもある。


この星の名前「降りている鷲」は、アラビアではプトレマイオス星座の「こと座」の名前として使われることもあった{{efn2|例えば、バッターニーの『サービー・ジージュ』 ''az-Zīǧ aṣ-ṣābiʾ'' (“サービア教徒のジージュ”) の星表に見られる(C. A. Nallino (ed.), ''Al-Battānī sive Albatenii Opus astronomicum'', Milano, 1899-1907 の Pars 3 (アラビア語原文), p.248 および Pars 2 (ラテン語訳), p.148)。}}。
*'''おりひめ'''(織姫)は、'''ひこぼし'''(わし座のアルタイル)、'''すばる'''([[おうし座]]の[[プレアデス]])とともに、現在も使われることのある数少ない星の和名の一つである。


ギリシャでも、プトレマイオスの『アルマゲスト』の恒星表に、この星の名前として、星座名と同じ「リュラー」 Λύρα ''Lyrā'' {{efn2|リュラー(リュラ、リラ)は、亀の甲羅を使った、竪琴の一種。}}が挙げられている<ref>J. L. Heiberg (ed.), ''Claudii Ptolemaei opera quae extant omnia'', Vol. I, ''Syntax mathematica'', Leipzig: Teubner 1898-1903 の Pars II, p.56; プトレマイオス(藪内清訳)『アルマゲスト』〔フランス語訳からの重訳〕、恒星社厚生閣、新版1982年 (初版1949, 58年)、326頁。</ref>。
*日本では'''織女'''(星)ともいうが、元は中国名である。ただし、中国では[[星官]]の名前で、この星は「織女第一星」({{lang|zh|[[:zh:織女一|織女一]]}})である。


ローマでは、このギリシャ語をラテン語化した「リュラ」Lyra、および別のギリシャ語に由来する「フィデース」Fides{{efn2|フィデースはリュラーやキタラーなどの弦楽器を広く指す言葉。}}という言葉が「こと座」の名前として使われているが<ref>Ch. T. Lewis and Ch. Short, ''A Latin Dictionary'', Oxford: Clarendon Press 1879 の &quot;lyra&quot; および &quot;fides&quot; の項。</ref>、星座ではなくこの星だけを指す用法があったかは分からない。
== 関連項目 ==


ヨーロッパでは、コペルニクスの『天球回転論』(ラテン語) の星表に、この星の名として、星座名と同じ「リュラ」と、「フィディクラ」Fidicula{{efn2|フィディクラ fidicula はフィデース fides の縮小形。“小さな弦楽器”という意味。}}が挙げられている<ref>{{Cite book | 和書 | author=コペルニクス | translator=高橋憲一 | title=天球回転論 | publisher=みすず書房 | year=2017 | p=120}}</ref>。
*[[アルタイル]] いわゆる彦星のこと。[[天の川]]を挟んでベガ(織姫星)と向かい合う青白い星。
*[[七夕]]
*[[夏の大三角形]]
*[[系外惑星]]
<!--
*[[ベガルタ仙台]](チーム名の由来になっている)←「ベガルタ仙台」の項目で記述してください。
*[[ベガ (競走馬)]](顔に星のような斑点があったために命名された)←「ベガ (競走馬)」の項目で記述してください。
-->


英語やドイツ語には、リュラをハープに置き換えた「ハープ・スター」 Harp Star, 「ハルフェンシュテルン」Harfenstern (“ハープ星”) という呼び名もある。
== 外部リンク ==
*アストロアーツ「天文ニュース」 - [http://www.astroarts.co.jp/news/2003/12/09planetary-system/index-j.shtml 太陽系に似た惑星系存在の新たな証拠]


{{sci-stub}}


メソポタミアでは、この星はアッカド語で「ラマッス」''Lamassu'' [<sup>d</sup>LAMMA] (“守護女神ランマ”) と呼ばれたらしい<ref>E. Reiner and D. Pingree, ''Babylonian Planetary Omens'': Part Two, ''Enūma Anu Enlil Tablets 50–51'', Malibu California: Undena Publications 1981, p.7; -- H. Hunger and D. Pingree, ''Astral Sciences in Mesopotamia'', Leiden/Boston/Köln: Brill 1999, p.273; -- H. Hunger and J. Steele, ''The Babylonian Astronomical Compendium'' MUL.APIN, London and New York: Routledge 2019, p.240 (Index).</ref>


日本では、中国の伝説に由来する「織姫(おりひめ)」や「織姫星(おりひめぼし)」、あるいは「織女(しょくじょ)」や「織女星(しょくじょせい)」という名で呼んでいる。「彦星(ひこぼし)」(わし座のアルタイル)、「すばる」(おうし座のプレアデス星団)とともに、現在も広く使われている数少ない和名の一つである。

:{{seealso|[[星・星座に関する方言#ベガ(こと座)とアルタイル(わし座)|ベガ(こと座)の方言]]}}

中国でも、「織女」あるいは「織女星」といえば一般には こと座 α 星を指すが<ref name="hanyu">羅竹風 (主編)、漢語大詞典編輯委員会・漢語大詞典編纂処 (編)『漢語大詞典』上海辞書出版社/漢語大詞典出版社 1986-1994年 の「織女星」および「織女」の項。</ref>、中国の伝統的天文学では、「織女」は こと座 α, ε, ζ の3星からなる星官(中国固有の星座)の名前であって、こと座 α 星は「織女一」(“織女の第1星”) という<ref name="hanyu" /><ref>陳遵嬀『中国天文学史』上海人民出版社 1986-89年、351, 659頁。</ref>。


国際天文学連合の恒星の固有名に関するワーキンググループは、2016年6月30日、Vega をこと座&alpha;星の固有名として正式に認証した{{R|iaucsn}}。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}

=== 注釈 ===
{{Notelist2}}

=== 出典 ===
{{Reflist|25em|refs=
<ref name="simbad">{{cite web
| title=SIMBAD Astronomical Database
| work=Results for NAME VEGA
| url=https://simbad.u-strasbg.fr/simbad/sim-id?protocol=html&Ident=vega
| accessdate=2013-01-15}}</ref>
<ref name="yale">[[輝星星表]]第5版</ref>
<ref name="GCVS">{{cite web
| title=GCVS
| work=Results for alf Lyr
| url=http://www.sai.msu.su/gcvs/cgi-bin/search.cgi?search=alf+Lyr
| accessdate=2015-10-12}}</ref>

<ref name="Kondo">{{Cite book | 和書
| title=星の名前のはじまり
| author=近藤二郎 | author-link=近藤二郎
| publisher=[[誠文堂新光社]] | year=2012-08-30 | isbn=978-4-416-21283-7 | page=128}}</ref>

<ref name="Hara">{{Cite book | 和書
| author=原恵 | author-link=原恵
| title=星座の神話 - 星座史と星名の意味
| publisher=[[恒星社厚生閣]] | date=2007-02-28 | edition=新装改訂版第4刷 | page=163 | isbn=978-4-7699-0825-8}}</ref>

<ref name="Kunitzsch">{{Cite book
| last=Kunitzsch | first=Paul | last2=Smart | first2=Tim | author1-link=パウル・クーニチュ
| title=A Dictionary of Modern star Names: A Short Guide to 254 Star Names and Their Derivations
| publisher=Sky Pub. Corp. | year=2006 | pages=43-44 | isbn=978-1-931559-44-7}}</ref>

<ref name="iaucsn">{{Cite web
| last=Mamajek | first=Eric E.
| url=https://www.pas.rochester.edu/~emamajek/WGSN/IAU-CSN.txt
| title=IAU Catalog of Star Names
| publisher=[[国際天文学連合]] | access-date=2023-07-13}}</ref>
<ref name="nao_ac">{{Cite web|和書
| url=https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/faq/stars.html
| title=おもな恒星の名前
| work=こよみ用語解説
| publisher=[[国立天文台]]
| accessdate=2018-11-14}}</ref>

}}

== 参考文献 ==
* {{Cite book
| last=Kunitzsch | first=Paul | author-link=パウル・クーニチュ
| title=Arabische Sternnamen in Europa
| publisher=Harrassowitz | date=1959-12-31 | isbn=3-447-00549-1 | language=de | ref=harv}}
* {{Cite book
| last=Kunitzsch | first=Paul | author-link=パウル・クーニチュ
| title=Untersuchungen zur Sternnomenklatur der Araber
| publisher=Otto Harrassowitz Verlag | date=1961 | isbn=3-447-00551-3 | language=de | ref=harv}}
* {{Cite book
| last=Kunitzsch | first=Paul | author-link=パウル・クーニチュ
| title=Typen von Sternverzeichnissen in astronomischen Handschriften des zehnten bis vierzehnten Jahrhunderts
| publisher=Otto Harrassowitz Verlag | date=1966 | isbn=3-447-00550-5 | language=de | ref=harv}}

== 関連項目 ==
* [[明るい恒星の一覧]]
* [[アルタイル]] - いわゆる[[彦星]](牽牛星、牛郎星)のこと。[[天の川]]を挟んでベガ(織女星)と向かい合う白い星。
* [[太陽系外惑星]]

== 外部リンク ==
*[https://www.astroarts.co.jp/news/2013/01/09vega/index-j.shtml 織姫星ベガに、太陽系そっくりの小天体の帯]
* アストロアーツ「天文ニュース」 - [https://www.astroarts.co.jp/news/2003/12/09planetary-system/index-j.shtml 太陽系に似た惑星系存在の新たな証拠]
*{{WikiSky|Vega}}
{{1等星}}

{{Normdaten}}
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[[Category:1等星]]
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[[Category:脈動変光星]]
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[[it:Vega]]
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[[sk:Vega]]
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[[uk:Вега]]
[[vi:Sao Chức Nữ]]
[[zh:織女一]]

2023年11月2日 (木) 03:10時点における最新版

ベガ[1]
Vega[2][3]
スピッツァー宇宙望遠鏡で撮影されたベガ。こと座で最も明るい星である。
スピッツァー宇宙望遠鏡で撮影されたベガ。こと座で最も明るい星である。
仮符号・別名 こと座α星[4]
星座 こと座
見かけの等級 (mv) 0.03[4]
-0.02 - 0.07(変光)[5]
変光星型 たて座δ型[4](DSCTC)[5]
位置
元期:J2000.0[4]
赤経 (RA, α)  18h 36m 56.33635s[4]
赤緯 (Dec, δ) +38° 47′ 01.2802″[4]
赤方偏移 -0.000046[4]
視線速度 (Rv) -13.9km/s[4]
固有運動 (μ) 赤経: 200.94 ミリ秒/年[4]
赤緯: 286.23 ミリ秒/年[4]
年周視差 (π) 130.23 ± 0.36ミリ秒[4]
(誤差0.3%)
距離 25.04 ± 0.07 光年[注 1]
(7.68 ± 0.02 パーセク[注 1]
絶対等級 (MV) 0.6[注 2]
ベガの位置
物理的性質
半径 2.73 R
質量 2.6 M
自転速度 274 km/s
自転周期 12.5 時間
スペクトル分類 A0V[4]
光度 51 L
表面温度 9,300 K
色指数 (B-V) 0.00[6]
色指数 (U-B) -0.01[6]
金属量 63%(太陽比)
年齢 3.5 ×108
他のカタログでの名称
織女星, 織姫星,
こと座3番星[4]
BD +38 3238[4], FK5 699[4]
HD 172167[4], HIP 91262[4]
HR 7001[4], SAO 67174[4]
LTT15486[4]
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ベガ[7]ヴェガ[8][1]: Vega[注 3])は、こと座α星こと座で最も明るい恒星で全天21の1等星の1つ。七夕おりひめ星(織女星(しょくじょせい))としてよく知られている[9]わし座アルタイルはくちょう座デネブとともに、夏の大三角を形成している。

特徴[編集]

0.19日の周期で僅かに変光するたて座δ型変光星である。変光範囲が0.01等 - 0.04等と小さいため、眼視観測では変光はわからない。2003年には、惑星系が形成されつつあることが分かった。この惑星系は太陽系に近似のものである可能性がある。2006年には、自転周期が12.5時間という高速で自転しており、その速さは遠心力でベガが自壊する速度の94%に達していることが判明した。このため、極付近と赤道付近では大きな温度差が生じている。地球の歳差運動により、およそ12,000年後には、地球から見て北半球天頂に位置し、北極星となる。

惑星系[編集]

ベガの惑星[10]
名称
(恒星に近い順)
質量 軌道長半径
天文単位
公転周期
()
軌道離心率 軌道傾斜角 半径
b (未確認) ≥21.9±5.1 M 0.04555±0.00053 2.42977±0.00016 0.25±0.15
塵円盤 86—815 au 6.2?°

2021年に、ベガの10年間のスペクトルを分析した論文により、ベガの周囲を公転する公転周期が2.43日間の信号の候補を検出したと発表した。統計的には、誤検出の可能性は1%にすぎないと推定されている[10]。信号の振幅によると下限質量21.9±5.1 M地球質量)となるが、地球から観測してベガ自体が6.2°斜めに自転していることを考慮すると、惑星もその面に位置を合わせ実際の質量は203±47 Mとなる[10]。その他、80±21 M(6.2°の傾きで740±190 M)と解釈できる、周期が196.4+1.6
−1.9
日の弱い信号も検出された。しかし利用可能なデータからは、この周期の惑星が存在する確実な証拠は得られなかったと結論付けられている[10]

名称[編集]

固有名のベガ (Vega) は、この星のアラビアでの呼び名「アン=ナスル・アル=ワーキア[注 4]( النسر الواقع (DMG: an-nasr al-wāqiʿ / ALA-LC: al-nasr al-wāqiʿ )」の「ワーキア」に由来する[11]。このアラビア名は、「ナスル」が “鷲”、「ワーキア」が “降りている” で、 全体で “降りている鷲”、すなわち “(木の枝や巣に) 止まっている鷲” という意味である[12][13]。「ワーキア」wāqiʿ は動詞「ワカア」waqaʿa の能動分詞(英語などの現在分詞に相当)で、「ワカア」の基本の意味は “落ちる” であるが、鳥についていう場合には “(木や地面、あるいは巣に) 降りる、止まる; 降りている、止まっている” という意味となる[注 5] 。しかしヨーロッパでは、そのような意味をもたないラテン語の動詞「カドー」cadō の現在(能動)分詞を使った「ウルトゥル・カデンス」 Vultur cadens(“落ちる鷲”)という翻訳名が古くからあり[注 6][15]、“(獲物に向かって)急降下する鷲”と解釈されてきたようである[注 7]。日本でも、これまでその解釈が受け入れられてきた[8]

Vega は古くは Wega と綴られた[注 8]。Vega という綴りは『アルフォンソ表』Tabulae Alphonsinae (13世紀) の16世紀の印刷本に現れる (15世紀の版ではWega)[20][注 9]。 その後も Wega は使い続けられていて、ドイツ語では現在でも Wega である。なお、ヨーロッパでは Vega/Wega/Vultur cadens 以外にも、Alwega, Annazel alvuaza など、誤記や誤読も含め、さまざまな語形や綴りが存在していた[11][21]

ラテン語での発音は、通常は古典ラテン語(ローマ時代の文語ラテン語)の発音に従って表記するが、Vega は中世あるいは近代ラテン語で、しかも外来語であるので、「ウェ(ー)ガ」(古典)、「ヴェガ」(中世・近代)、「ウェーガ」(アラビア語や Wega という別綴りを考慮) など、さまざまな表記があり得る。
Wega については、W(ダブルV)の文字は、ラテン語のVの発音が [w] から [v] に変わった後に、英語に存在した [w] 音を表すためにヨーロッパで生まれたものであるので、「ウェガ」と表記すべきであろうが、現代のドイツ語では「ヴェーガ」、フランス語 (Wéga) では「ヴェガ」と発音される。

アラビアでは、こと座 α 星「降りている鷲」と わし座 α 星「飛んでいる鷲」(アルタイル)[注 10]を対のものとして捉え、「2つの鷲星」(「アン=ナスラーン」 النسران an-nasrān / al-nasrān)と呼んだ[22][23][注 11]。そして、それぞれの近くにある2個の星(こと座 ε, ζ と わし座 β, γ)を鷲の翼に見立て、こと座の3個は三角形に並んでいるので「翼を閉じている」、わし座の3個は一直線に並んでいるので「翼を広げている」と見なした[23][24]。本来は、3個のまとまりではなく、ベガとアルタイルが単独で「鷲」と呼ばれていたようである[16][注 12]


この星の名前「降りている鷲」は、アラビアではプトレマイオス星座の「こと座」の名前として使われることもあった[注 13]

ギリシャでも、プトレマイオスの『アルマゲスト』の恒星表に、この星の名前として、星座名と同じ「リュラー」 Λύρα Lyrā [注 14]が挙げられている[25]

ローマでは、このギリシャ語をラテン語化した「リュラ」Lyra、および別のギリシャ語に由来する「フィデース」Fides[注 15]という言葉が「こと座」の名前として使われているが[26]、星座ではなくこの星だけを指す用法があったかは分からない。

ヨーロッパでは、コペルニクスの『天球回転論』(ラテン語) の星表に、この星の名として、星座名と同じ「リュラ」と、「フィディクラ」Fidicula[注 16]が挙げられている[27]

英語やドイツ語には、リュラをハープに置き換えた「ハープ・スター」 Harp Star, 「ハルフェンシュテルン」Harfenstern (“ハープ星”) という呼び名もある。


メソポタミアでは、この星はアッカド語で「ラマッス」Lamassu [dLAMMA] (“守護女神ランマ”) と呼ばれたらしい[28]


日本では、中国の伝説に由来する「織姫(おりひめ)」や「織姫星(おりひめぼし)」、あるいは「織女(しょくじょ)」や「織女星(しょくじょせい)」という名で呼んでいる。「彦星(ひこぼし)」(わし座のアルタイル)、「すばる」(おうし座のプレアデス星団)とともに、現在も広く使われている数少ない和名の一つである。

中国でも、「織女」あるいは「織女星」といえば一般には こと座 α 星を指すが[29]、中国の伝統的天文学では、「織女」は こと座 α, ε, ζ の3星からなる星官(中国固有の星座)の名前であって、こと座 α 星は「織女一」(“織女の第1星”) という[29][30]


国際天文学連合の恒星の固有名に関するワーキンググループは、2016年6月30日、Vega をこと座α星の固有名として正式に認証した[3]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b パーセクは1 ÷ 年周視差(秒)より計算、光年は1÷年周視差(秒)×3.2615638より計算
  2. ^ 視等級 + 5 + 5×log(年周視差(秒))より計算。小数第1位まで表記
  3. ^ 英語発音: [ˈviːgə] ヴィーガまたは[ˈvɡə] ヴェィガ
  4. ^ 続けて読むときの発音は「アンスルルワーキア」(太字下線部分にアクセント)。これに基づく表記「アン=ナスル・ル=ワーキア」や、定冠詞を省略した表記「ナスル・ワーキア」などもある。また、「ワーキア」は「ワーキウ」とも。
  5. ^ 代表的な古典アラビア語辞典『リサーヌル=アラブ』 Lisān al-ʿarab や現代の辞典『ムンジド』al-Munǧid fī l-luġa wa-l-ʿālam (1975年版、2005年版で確認) などのほか、 J. G. Hava, Al-Faraid Arabic English Dictionary にも、そのことが明記されている。
  6. ^ Vultur cadens という名前は12-14世紀のラテン語写本に現れており[14]、12世紀にアラビア語訳から翻訳されて16世紀に出版されたプトレマイオス『アルマゲスト』のラテン語訳 (Almagestum Cl. Ptolemei, Venezia 1515, fol.79v) や、ケプラーの『ルードルフ表』(J. Kepler, Tabulae Rudolphinae, Ulm 1627, p.106) にも見られる。
  7. ^ 星名研究の権威であるクーニチュも der (herab-)stürzende Adler “急降下する鷲”[11][16], der fallende Adler “落ちる鷲”[17]としている。
  8. ^ Wega は10-11世紀のラテン語写本に現れており[18][19]、ヨーロッパに入ったアラビアの星名のうちでも最も古いものの1つである。
  9. ^ なお、Veiga, Vuegega などの綴りが13世紀の写本にある[19]
  10. ^ アラビア語では「アン=ナスル・アッ=ターイル」 النسر الطائر an-nasr aṭ-ṭāʾir / al-nasr al-ṭāʾir.
  11. ^ 「ナスラーン」nasrān は「ナスル」nasr の双数形。
  12. ^ イブン=クタイバやスーフィーの記述でも、最初に単独の星の名前として述べた後に、付随する2個の星に触れている。
  13. ^ 例えば、バッターニーの『サービー・ジージュ』 az-Zīǧ aṣ-ṣābiʾ (“サービア教徒のジージュ”) の星表に見られる(C. A. Nallino (ed.), Al-Battānī sive Albatenii Opus astronomicum, Milano, 1899-1907 の Pars 3 (アラビア語原文), p.248 および Pars 2 (ラテン語訳), p.148)。
  14. ^ リュラー(リュラ、リラ)は、亀の甲羅を使った、竪琴の一種。
  15. ^ フィデースはリュラーやキタラーなどの弦楽器を広く指す言葉。
  16. ^ フィディクラ fidicula はフィデース fides の縮小形。“小さな弦楽器”という意味。

出典[編集]

  1. ^ a b 原恵『星座の神話 - 星座史と星名の意味』(新装改訂版第4刷)恒星社厚生閣、2007年2月28日、163頁。ISBN 978-4-7699-0825-8 
  2. ^ Kunitzsch, Paul; Smart, Tim (2006). A Dictionary of Modern star Names: A Short Guide to 254 Star Names and Their Derivations. Sky Pub. Corp.. pp. 43-44. ISBN 978-1-931559-44-7 
  3. ^ a b Mamajek, Eric E.. “IAU Catalog of Star Names”. 国際天文学連合. 2023年7月13日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t SIMBAD Astronomical Database”. Results for NAME VEGA. 2013年1月15日閲覧。
  5. ^ a b GCVS”. Results for alf Lyr. 2015年10月12日閲覧。
  6. ^ a b 輝星星表第5版
  7. ^ おもな恒星の名前”. こよみ用語解説. 国立天文台. 2018年11月14日閲覧。
  8. ^ a b 近藤二郎『星の名前のはじまり』誠文堂新光社、2012年8月30日、128頁。ISBN 978-4-416-21283-7 
  9. ^ "ベガ(こと座)". 日本大百科全書(ニッポニカ). コトバンクより2023年7月13日閲覧
  10. ^ a b c d Hurt, Spencer A. et al. (2021-03-02). “A Decade of Radial-velocity Monitoring of Vega and New Limits on the Presence of Planets”. The Astronomical Journal (American Astronomical Society) 161 (4): 157. Bibcode2021AJ....161..157H. doi:10.3847/1538-3881/abdec8. ISSN 0004-6256. 
  11. ^ a b c Kunitzsch 1959, pp. 81, 218.
  12. ^ Encyclopaedia of Islam, 2nd ed., Vol.7, Leiden 1993 の"NASR" の項(p.1012b-1015a) のうちの 1014b。
  13. ^ 鈴木孝典(東海大学教養教育センター)「スーフィーの『星座の書』」『科学史の散歩道』[1](2007年9月25日閲覧、現在はリンク切れ)。
  14. ^ Kunitzsch 1966, p. Typ XII.
  15. ^ Kunitzsch 1966.
  16. ^ a b Kunitzsch 1961, p. 87.
  17. ^ Kunitzsch 1966, p. 18.
  18. ^ Kunitzsch 1959, p. 81.
  19. ^ a b Kunitzsch 1966, p. Typ III.
  20. ^ Kunitzsch 1959, p. 218.
  21. ^ Kunitzsch 1966, p. 90.
  22. ^ Kunitzsch 1961, p. 21.
  23. ^ a b Ibn Qutayba, Kitāb al-anwāʾ, Haidarābād: Dāʾirat al-Maʿārif al-ʿUṯmāniyya, 1956, p.151.
  24. ^ ʿAbd ar-Raḥmān aṣ-Ṣūfī (1954). Kitāb ṣuwar al-kawākib. Haidarābād: Dāʾirat al-Maʿārif al-ʿUṯmāniyya. pp. 67-69 
  25. ^ J. L. Heiberg (ed.), Claudii Ptolemaei opera quae extant omnia, Vol. I, Syntax mathematica, Leipzig: Teubner 1898-1903 の Pars II, p.56; プトレマイオス(藪内清訳)『アルマゲスト』〔フランス語訳からの重訳〕、恒星社厚生閣、新版1982年 (初版1949, 58年)、326頁。
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  27. ^ コペルニクス 著、高橋憲一 訳『天球回転論』みすず書房、2017年。 
  28. ^ E. Reiner and D. Pingree, Babylonian Planetary Omens: Part Two, Enūma Anu Enlil Tablets 50–51, Malibu California: Undena Publications 1981, p.7; -- H. Hunger and D. Pingree, Astral Sciences in Mesopotamia, Leiden/Boston/Köln: Brill 1999, p.273; -- H. Hunger and J. Steele, The Babylonian Astronomical Compendium MUL.APIN, London and New York: Routledge 2019, p.240 (Index).
  29. ^ a b 羅竹風 (主編)、漢語大詞典編輯委員会・漢語大詞典編纂処 (編)『漢語大詞典』上海辞書出版社/漢語大詞典出版社 1986-1994年 の「織女星」および「織女」の項。
  30. ^ 陳遵嬀『中国天文学史』上海人民出版社 1986-89年、351, 659頁。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]