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「多剤大量処方」の版間の差分

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'''多剤大量処方'''(たざいたいりょうしょほう)とは、各種類の薬が複数処方され、処方量が多い処方のことである。'''多剤併用大量処方'''(たざいへいようたいりょうしょほう)とも言う。つまるところ、'''薬漬け'''である。
{{medical}}
'''多剤大量処方'''(たざいたいりょうしょほう)、あるいは'''多剤併用大量処方'''(たざいへいようたいりょうしょほう)とは、[[精神科]]で、[[抗うつ薬]]や[[抗精神病薬]]、[[睡眠薬]]、[[抗不安薬]]などの[[向精神薬]]が複数処方され、各々の処方量が多い処方のこと。


{{仮リンク|精神科の薬|en|psychiatric medication}}の種類は、主に[[抗精神病薬]]、[[抗うつ薬]]、[[気分安定薬]]、[[覚醒剤]]、[[抗不安薬]]と[[睡眠薬]](共にベンゾジアゼピン受容体作動薬が多い)であるが、こうした[[向精神薬]]の種類ごとに複数処方すれば多剤かつ大量となる。[[過量服薬]]を自殺企図の手段とすることへの注意喚起がなされている{{sfn|厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム|2010}}。また厚生労働省によれば、日本では諸外国より多剤投与が多く、これが過量服薬の背景になっていることが指摘されている{{sfn|厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム|2010|p=2}}。個別の記事や論文では、時に致死的なほどに大量に処方される薬の毒性についての言及がなされる。
多剤処方での治療に明確な[[エビデンス]]がないため、単剤処方(抗うつ薬は1種類のみ、抗精神病薬も1種類のみ)が望ましいと考える治療者が増えてきた{{要出典|date=2012年11月|}}。


背景として日本独自の慣行が存在する。欧米では、向精神薬の登場により精神病院の病床数が減少していったが、日本では増大していった<ref name="pde5th"/>。日本では、入院日数が長くなるほど、薬を使うほどに収入が増える社会保険のシステムにより、多剤化、大量化、高力価化が促されていき、効果が不十分な患者に多量に薬を使うことが常態化していき、減量が簡単ではなく減薬の方略もないので半永久的な投薬の実態があった{{sfn|風祭元|2008|pp=121-132}}。おおよそ精神科の薬は、精神疾患と区別しにくい副作用および離脱症状が生じる可能性があり、また複雑な相互の作用増減の関係があり、多剤大量に投与された後に1剤を減らした場合、他の薬剤の作用が増強され副作用が生じたり、また別の薬剤の血中濃度が下がり離脱症状が生じている可能性がある。副作用および離脱症状が再発と誤診され、さらなる投薬がなされる可能性もある。
== 日本の現状 ==

東アジアの共同研究である「抗精神病薬の処方についての国際比較研究」<ref>藤井千太、前田潔、新福尚隆:抗精神病薬の処方についての国際比較研究、臨床精神医学、32(6):629-646、2003.</ref>では抗精神病薬の一日投与量の平均値を[[クロルプロマジン換算]]で比較している。これによると中国が402.7mg、台湾が472.1mg、韓国が763.4mg、日本は実に1003.8mgと飛びぬけて大量療法になっている。同時にこの研究では多剤併用の最大値が中国5剤、台湾7剤、韓国7剤、日本は15剤と突出している。
1971年の[[向精神薬に関する条約]]において、濫用されていはならない薬物が指定されており、覚醒剤については付表(スケジュール)II、抗不安薬や睡眠薬に多い[[バルビツール酸系]]や[[ベンゾジアゼピン系]]は付表IIIおよびIVに指定されている<ref>[http://www.houko.com/00/05/H02/007.HTM 向精神薬に関する条約]</ref>。国際条約に[[批准]]する日本でこれに該当する法律は、[[麻薬及び向精神薬取締法]]であり、条約の付表Iは法律上の[[麻薬]]、付表IIが第一種向精神薬、付表IIIは第二種向精神薬、付表IVは第三種向精神薬に該当する。2010年に[[国際麻薬統制委員会]](INCB)は、日本でのベンゾジアゼピン系の消費量の多さの原因に、医師による不適切な処方があると指摘している<ref name="incb2010"/>。

==日本における動向==
===たび重なる注意喚起===
2004年の日本精神神経学会では、抗精神病薬の単剤が望ましいが多剤大量処方が改善されない現状に言及された<ref>{{cite news |author= |title=精神医学の到達点と展望を語る 第100回日本精神神経学会開催 |url=http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2004dir/n2589dir/n2589_01.htm |date=2004-06-21 |newspaper=週刊医学界新聞 |accessdate=2013-03-15}} 第2589号、[[医学書院]]</ref>。2009年10月30日には、日本うつ病学会が、「SSRI/SNRIを中心とした抗うつ薬適正使用に関する提言」において、大量処方を避けるという一般的な注意点を喚起している<ref>{{cite press release|author=日本うつ病学会、抗うつ薬の適正使用に関する委員会|title=SSRI/SNRIを中心とした抗うつ薬適正使用に関する提言|publisher= |date=2009-10-30|url=http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/koutsu/pdf/antidepressant%20.pdf|format=pdf|accessdate=2013-03-15}}</ref>。

2010年1月に、厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチームが発足した{{sfn|厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム|2010|p=1}}。6月24日には、厚生労働省から、各都道府県の精神保健福祉主管部局長および、日本医師会、日本精神科病院協会、日本精神神経科診療所協会、日本自治体病院協議会、日本総合病院精神医学会、精神医学講座担当者会議、国立精神医療施設長協議会、日本精神神経学会の会長あてに、「向精神薬等の過量服薬を背景とする自殺について」という題で、自殺傾向のある患者に対して、向精神薬等の適切な処方に配慮する旨を通達している<ref>{{cite press release|author=|title=向精神薬等の過量服薬を背景とする自殺について 障精発0624第1号/2号|publisher=厚生労働省 |date=2010-06-24|url=http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jisatsu/jisatsu_medicine.html|accessdate=2013-03-15}}</ref>。


この問題は国会でも取り上げられている。
この問題は国会でも取り上げられている。
{{Quotation| 現在、厚生労働省で、自殺・うつ病対策プロジェクトチームの会合が開かれております。(中略)ここで議論のテーマになったのが、精神科や心療内科で処方される向精神薬の多剤大量服用が自殺を引き起こす要因になっているのではないか、こういう状況をどうするかということに関してだったというふうに聞いております。<br/>
{{Quotation| 現在、厚生労働省で、自殺・うつ病対策プロジェクトチームの会合が開かれております。(中略)ここで議論のテーマになったのが、精神科や心療内科で処方される向精神薬の多剤大量服用が自殺を引き起こす要因になっているのではないか、こういう状況をどうするかということに関してだったというふうに聞いております。<br/>
 これは不審死の行政解剖を行っている東京都監察医務院の監察医、水上創医師の論文でありますけれども、表を見ていただきたいと思います。衝撃的な数字です。自殺という事例の中、三百十七例ありますけれども、実はこの自殺という事例の中をたどっていただくと、中毒物質という一覧の中で、[[バルビツレート]]というところからその他及び詳細不明の向精神薬、ずらずらっと並んでいる、これは全部、禁止薬物とかではなくて、精神科で処方されている向精神薬を服用してのケースであります。実に三百十七例中二百八十九例までがこうした向精神薬を服用した上で自殺を図られた、こういうケースだとこの水上医師の論文の表は示しているわけであります。また、この論文中では、この向精神薬を多剤併用して、相互作用等の要因が自殺を引き起こした可能性が高いということが指摘をされています。<br/>
 これは不審死の行政解剖を行っている東京都監察医務院の監察医、水上創医師の論文でありますけれども、表を見ていただきたいと思います。衝撃的な数字です。自殺という事例の中、三百十七例ありますけれども、実はこの自殺という事例の中をたどっていただくと、中毒物質という一覧の中で、[[バルビツール酸系|バルビツレート]]というところからその他及び詳細不明の[[向精神薬]]、ずらずらっと並んでいる、これは全部、禁止薬物とかではなくて、精神科で処方されている向精神薬を服用してのケースであります。実に三百十七例中二百八十九例までがこうした向精神薬を服用した上で自殺を図られた、こういうケースだとこの水上医師の論文の表は示しているわけであります。また、この論文中では、この向精神薬を多剤併用して、相互作用等の要因が自殺を引き起こした可能性が高いということが指摘をされています。<br/>
 ことし六月、厚生労働省で、向精神薬の処方に関する注意喚起をしておられますけれども、精神科医療の現場では、こうした形で複数の向精神薬を医師向け添付文書の適量を超えて大量に処方する、いわゆる多剤大量処方がまかり通ってしまっている現状がある。諸外国では、今や単剤処方が主流で、日本のように、多剤大量処方が精神科において広く行われることは異常とも言われております。| [[柿沢未途]] - [http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/175/0097/17508030097001a.html 第175回国会 衆議院厚生労働委員会 平成22年08月03日]}}
 ことし六月、厚生労働省で、向精神薬の処方に関する注意喚起をしておられますけれども、精神科医療の現場では、こうした形で複数の向精神薬を医師向け添付文書の適量を超えて大量に処方する、いわゆる多剤大量処方がまかり通ってしまっている現状がある。諸外国では、今や単剤処方が主流で、日本のように、多剤大量処方が精神科において広く行われることは異常とも言われております。|[[柿沢未途]] - {{Cite conference|title=衆議院厚生労働委員会 |conference=第175回国会|volume=1|date=2010-08-03|url=http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/175/009717508030097001a.html}}}}


2010年9月9日には、厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチームが「過量服薬への取組」を公表し{{sfn|厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム|2010}}、12月1日には、日本うつ病学会、日本臨床精神神経薬理学会、日本生物学的精神医学会、日本総合病院精神医学会の4学会が合同で、「向精神薬の適正使用と過量服用防止のお願い」を公表し、向精神薬を処方する医師に対して、過量服薬の背景にある不適切な多剤大量処方に注意喚起を促している{{sfn|日本うつ病学会、日本臨床精神神経薬理学会、日本生物学的精神医学会、日本総合病院精神医学会|2010}}。
現在、{{要出典範囲|date=2012年4月|精神症状における多剤大量処方によって、脳に萎縮が起こるとされる研究論文がイギリスから発表された}}。

2011年3月には、処方実態に関する調査書が作成され{{sfn|中川敦夫ら|2011}}、11月に厚生労働省から公表された<ref name="対応20111101">{{cite press release|author=厚生労働省|title=向精神薬の処方実態に関する報告及び今後の対応について|publisher=厚生労働省|date=2011-11-01|url=http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001tjq1.html|format=pdf|accessdate=2013-03-15}}</ref>。この取り組みは日本薬剤師会、日本病院薬剤師会にも共有された<ref>{{cite press release|author=日本病院薬剤師会|title=抗不安薬又は睡眠薬を服用している患者等への対応について|date=2011年11月2日|url=http://www.jshp.or.jp/cont/11/1102-2.html|format=pdf|accessdate=2013-03-15}}</ref><ref>{{cite press release|author=日本薬剤師会|title=過量服薬対策等に関する資料の送付について 日薬業発第349号|publisher= |date=2011-11-14|url=http://www.nichiyaku.or.jp/action/pr/2011/11/111124_3.pdf|format=pdf|accessdate=2013-03-15}}</ref><ref>{{cite press release|author=|title=向精神薬の処方実態に関する報告及び今後の対応の件/過量服薬対策等に関する資料の送付の件|publisher=日本薬剤師会 |date=2011-11-24|url=http://www.nichiyaku.or.jp/?p=12250|accessdate=2013-03-15}}</ref>。

『臨床精神薬理』誌において、2011年12月号では、精神科治療薬と自殺関連事象に関する特集「薬物と自殺関連事象、そしてその予防」を、『精神科治療学』誌の2012年1月号と2月号では「精神科医の多剤併用・大量処方を考える」という特集を組んだ。([[#参考文献]]に妙録へのリンクあり)


=== 規制 ===
=== 規制 ===
2011年、厚生労働省は「自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム:過量服薬対策ワーキングチーム」の調査を受け、剤以上の処方についての必要性を適正化する取り組みを始めた<ref>{{Cite press release|date=2010-11-01 |publisher=厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課 |title=向精神薬の処方実態に関する報告及び今後の対応について |url=http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001tjq1.html}}</ref>。
2011年、厚生労働省は「自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム:過量服薬対策ワーキングチーム」の調査を受け、3剤以上の処方についての必要性を適正化する取り組みを始めた<ref name="対応20111101"/>。


2012年3月、厚生労働省は自立支援医療費支給認定実施要綱の第項を改正し、地方自治体は[[自立支援医療(精神通院医療)|自立支援医療]]行政に関し、以下の管理が求められるようになった<ref>厚生労働省 社会援護局 障害保健福祉部長 障発0322第1号「[http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a14100/syougaisyasesaku/iryou/apd1_1_2012020413111942.pdf 自立支援医療費の支給認定について」の一部改正について]」 2012年3月22日</ref>。
2012年3月、厚生労働省は自立支援医療費支給認定実施要綱の第4項を改正し、地方自治体は[[自立支援医療(精神通院医療)|自立支援医療]]行政に関し、以下の管理が求められるようになった<ref>厚生労働省 社会援護局障害保健福祉部長「[http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a14100/syougaisyasesaku/iryou/apd1_1_2012020413111942.pdf 自立支援医療費の支給認定について」の一部改正について(障発0322第1号)]」 2012年3月22日</ref>。


* 支給認定時に診断書を確認し、同一種類の向精神薬が3種類以上処方されているか確認する
* 支給認定時に診断書を確認し、同一種類の向精神薬が3種類以上処方されているか確認する
* その際に、3種類以上処方されている場合は、指定自立支援医療機関から理由を求める
* その際に、3種類以上処方されている場合は、指定自立支援医療機関から理由を求める
* 支給認定時の確認にて該当した者は、その後の支給期間中も診療録等で治療状況を把握する
* 支給認定時の確認にて該当した者は、その後の支給期間中も診療録等で治療状況を把握する

== 処方率 ==
1979年と1989年の調査では、統合失調症の患者に対して、抗精神病薬1剤が約22%、2~3剤が60%前後、4剤以上というのは10%を下回っている<ref name="精神科治療学199707-795">{{Cite journal |和書|author=川上富美郎、中嶋照夫、小山司ほか|date=1997-07|title=精神科薬物治療における多剤併用の実態調査‐精神分裂病治療の併用投与を中心として||journal=精神科治療学|volume=12|issue=7|pages=795-803}}</ref>。しかしながら、90年代には1剤が11.1%、2~3剤が63.5%、4剤以上は12.8%と増加傾向にあった<ref name="精神科治療学199707-795"/>。気分障害症例では、抗うつ薬のほかに、76%が複数の睡眠薬、50%が複数の抗不安薬を処方されている<ref name="精神科治療学199707-795"/>。

東アジアの共同研究である「抗精神病薬の処方についての国際比較研究」<ref>藤井千太、前田潔、新福尚隆:抗精神病薬の処方についての国際比較研究、臨床精神医学、32(6):629-646、2003.</ref>では抗精神病薬の一日投与量の平均値を[[クロルプロマジン換算]]で比較している。これによると中国が402.7mg、台湾が472.1mg、韓国が763.4mg、日本は実に1003.8mgと飛びぬけて大量療法になっている。同時にこの研究では多剤併用の最大値が中国5剤、台湾7剤、韓国7剤、日本は15剤と突出している。

日本の30万件の診療データからの解析がある{{sfn|三島和夫、片寄泰子、榎本みのり、北村真吾|2011|p=29}}。
2009年時点で、精神科に限定されないが以下である。
*[[抗精神病薬]]:1剤70.0%、2剤21.5%、3剤以上8.5%
*[[抗うつ薬]]:1剤65.3%、2剤25.8%、3剤7.2%、4剤以上1.7%
*[[抗不安薬]]:1剤83.6%、2剤14.5%、3剤以上1.9%
*[[睡眠薬]]:1剤72.7%、2剤21.2%、3剤以上6.1%

==実際の多剤大量処方とその原因==
抗うつ薬を2種類、抗精神病薬を2種類、抗不安薬2種類に、睡眠薬を2種類、1日に30~40錠、またはそれ以上というような組み合わせが、副作用が深刻になっており、めちゃくちゃな処方であるとして問題視される。多剤で症状が改善するという証拠が存在せず、有効な効果の量や、どの程度の量で効果がどう変わるかといった用量依存性や毒性や副作用といった、薬に関する基本的な知識を考慮せずに、薬を増やせば効果が増すと思い、どんどん薬を増やしていくことに原因があるとされる。<ref>NHK取材班『うつ病治療常識が変わる』2~40頁。</ref><ref>冨高辰一郎『うつ病の常識は本当か』2011年、170~180頁。</ref><ref>春日武彦『精神科医は腹の底で何を考えているのか』15~20頁。</ref>

欧米では精神病院の病床数が減少し患者の脱施設化が進んでいったのは、議論はあるが、一般的に向精神薬の登場によってであると言われている<ref name="pde5th">{{Cite book |和書|author=デイヴィッド・ヒーリー|translator=田島治、江口重幸監訳、冬樹純子訳|date=2009-07|title=ヒーリー精神科治療薬ガイド|edition=第5版|publisher=みすず書房|pages=437-438|isbn=978-4-622-07474-8}}、Psychiatric drugs explained: 5th Edition</ref><ref>{{Cite book |和書|author=エリオット・S・ヴァレンスタイン|translator=功刀浩監訳、中塚公子訳|date=2008-02|title=精神疾患は脳の病気か?|publisher=みすず書房|pages=222-225|isbn=978-4-622-07361-1|ref=harv}}、Blaming the Brain, 1998</ref>。

対照的に、日本では1955年に44,250床、1960年には95,667床、1970年には170,000床、2000年には358,153床と増大していった{{sfn|風祭元|2008|pp=20,27}}。さらに精神病院にて、入院日数が長く、薬を使うほど、収入が増える社会保険のシステムにより、多剤化、大量化、高力価化が促されていった{{sfn|風祭元|2008|pp=121-132}}。効果が不十分な患者に多量に薬を使うことが常態化していき、減量が簡単ではなく減薬の方略もないので半永久的な投薬が行われるようになった{{sfn|風祭元|2008|pp=121-132}}。最たるものは、急速大量抗精神病薬飽和療法(Rapid Neuroleptization)という抗精神病薬を大量に投与する治療法であるが、1980年頃には有効性が否定されている{{sfn|風祭元|2008|pp=121-132}}。

多剤大量で用いられた後に減量が簡単ではないというのは、各薬剤に離脱症状があり、[[抗精神病薬#離脱症状|抗精神病薬の離脱症状]]、[[抗うつ薬#離脱症状|抗うつ薬の離脱症状]]、覚醒剤の離脱症状、気分安定薬の離脱症状、[[抗不安薬#離脱症状|抗不安薬の離脱症状]]、[[睡眠薬#離脱症状|睡眠薬の離脱症状]]、副作用や離脱症状と疾患との区別が困難な症状もある。また各薬剤間で作用を増減させる相互関係があり、減量した薬剤以外の薬剤による、副作用の増強、あるいは離脱症状、もしくは元の疾患の再発が生じる可能性がある。副作用や離脱症状が疾患と誤診される可能性もある。

また、おおよそ薬剤の各種類において、自殺の危険性を高めるかどうかについての議論がある。抗不安薬や睡眠薬に用いられるベンゾジアゼピン系の薬剤が自殺の危険性を高めることが報告されており{{sfn|WHO Programme on Substance Abuse|1996|p=17}}<ref name="pmid19269892">{{cite journal|last1=Mallon|first1=Lena|last2=Broman|first2=Jan-Erik|last3=Hetta|first3=Jerker|title=Is usage of hypnotics associated with mortality?|journal=Sleep Medicine|volume=10|issue=3|pages=279–286|year=2009|month=March|pmid=19269892|doi=10.1016/j.sleep.2008.12.004}}</ref>、自殺の危険性のある抗うつ薬の[[賦活症候群]]や、気分安定薬として用いられる抗てんかん薬のアメリカでの承認試験からは自殺および自殺企図の危険性を増加させることが見出され添付文書に記載されている<ref>{{Cite web |url=http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/PostmarketDrugSafetyInformationforPatientsandProviders/ucm100192.htm |title=Information for Healthcare Professionals: Suicidal Behavior and Ideation and Antiepileptic Drugs |publisher=U.S. Food and Drug Administration (FDA) |date=2008-01-31 |accessdate=2013-01-15}}</ref><ref>{{Cite web |url=http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/PostmarketDrugSafetyInformationforPatientsandProviders/ucm100190.htm |title=Suicidal Behavior and Ideation and Antiepileptic Drugs |publisher=U.S. Food and Drug Administration (FDA) |date=2009-05-05 |accessdate=2013-01-15}}</ref>。

アメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)の[[トーマス・インセル]]は「不運なことに、現在の薬は快方に向かう人があまりに少なく、治る人はほとんどいない<ref name="pmid19339761">{{cite journal |author=Insel TR |authorlink=トーマス・インセル |title=Disruptive insights in psychiatry: transforming a clinical discipline |journal=J. Clin. Invest. |volume=119 |issue=4 |pages=700–5 |year=2009 |month=April |pmid=19339761 |pmc=2662575 |doi=10.1172/JCI38832 |url=http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2662575/}}</ref>」と述べている。このように、薬が症状改善に寄与する利益が少ない。また危険性を考慮する必要がある。英国精神薬理学会(British Association for Psychopharmacology)の指導者は、危険性と利益についての理解に基づき、安全かつ有効に向精神薬を使用するために、過剰投与と多剤投与、不十分なモニタなどに改善の余地があり、これは課題であるという趣旨を述べている<ref name="pmid22187725">{{cite journal|last1=Nutt|first1=D. J.|authorlink1=デビッド・ナット|last2=Harrison|first2=P. J.|last3=Baldwin|first3=D. S.|last4=Barnes|first4=T. R. E.|last5=Burns|first5=T.|last6=Ebmeier|first6=K. P.|last7=Ferrier|first7=I. N.|title=No psychiatry without psychopharmacology|journal=The British Journal of Psychiatry|volume=199|issue=4|pages=263–265|year=2011|month=October|pmid=22187725|doi=10.1192/bjp.bp.111.094334|url=http://bjp.rcpsych.org/content/199/4/263.full}}</ref>。医薬品を認可する臨床試験は多剤で行っているわけではなく、また短期間である。

日本の不審死の検死解剖からは、睡眠薬と抗精神病薬と抗てんかん薬の検出が多く、詳細は[[べゲタミン]]に共に含まれる[[バルビツール酸系]]の[[フェノバルビタール]]と[[抗精神病薬]]の[[クロルプロマジン]]、次いで、バルビツール酸系の[[ペントバルビタール]]、非ベンゾジアゼピン系の[[ゾルデヒム]]、抗てんかん薬の[[カルパマゼピン]]や、[[バルブロ酸ナトリウム]]<ref>{{Cite journal |和書|author=福永龍繁|date=2012-01|title=監察医務院から見えてくる多剤併用|url=|journal=精神科治療学|volume=27|issue=1}} [http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo01/bo0102/bn/27/02.html 妙録]</ref>。

==ガイドラインや証拠==
[[英国国立医療技術評価機構]](NICE)は、[[抗うつ薬]]に関して、2009年のうつ病に対するガイドラインで、危険性/利益の比率が悪いため、軽症以下のうつ病に抗うつ薬を使用してはならないとしている{{sfn|英国国立医療技術評価機構|2009|p=1.4.4}}。
日本うつ病学会による、抗うつ薬に関して、2012年の[[うつ病]]に対するガイドラインでは、軽症のうつ病に対して安易な薬物療法は避け、また単剤で用いることが推奨されている{{sfn|日本うつ病学会|2012|pp=20-26}}。
日本では過去に、軽症のうつ病を説明する「心の風邪」というキャッチコピーが抗うつ薬のマーケティングに用いられた<ref>{{cite news| author=Kathryn Schulz|url=http://www.nytimes.com/2004/08/22/magazine/did-antidepressants-depress-japan.html?pagewanted=4 | work=The New York Times | title=Did Antidepressants Depress Japan?| date=August 22, 2004| accessdate=2013-01-10}}</ref>。

日本うつ病学会による、2012年の[[双極性障害]]に対するガイドラインでは、基本的には、[[気分安定薬]]か[[非定型抗精神病薬]]による単剤治療か1剤づつの組み合わせが推奨されている{{sfn|日本うつ病学会|2012|pp=16-18}}。

NICEの[[境界性人格障害]]に対する2009年のガイドラインは、[[自傷行為]]、情緒不安定、一時的な精神病的症状に薬物療法を用いるべきではなく、処方するとしても1週間以上は推奨できず、乱用の可能性が最小で、過量服薬時に相対的に安全な薬を選択するとしている{{sfn|英国国立医療技術評価機構|2009a|pp=Introduction,1.3.5.1-1.3.7.3}}。

NICEの[[不安障害]]に対する2011年のガイドラインでは、[[全般性不安障害]](GAD)や[[パニック障害]]にはベンゾジアゼピン系の[[抗不安薬]]や不安を鎮める目的で[[抗精神病薬]]は用いられない。これらの疾患に長期的な有効性の根拠があるのは抗うつ薬のみである。{{sfn|英国国立医療技術評価機構|2011|pp=1.2.22-1.4.4}}

NICEの[[不眠症]]に対する2004年のガイドラインでは、[[ベンゾジアゼピン系]]/[[非ベンゾジアゼピン系]]の[[睡眠薬]]の使用は、短期間の推奨である{{sfn|英国国立医療技術評価機構|2004|pp=}}。

[[世界保健機関]](WHO)は、1996年の「ベンゾジアゼピン系の合理的な利用」という報告書において、ベンゾジアゼピン系の利用を30日までの短期間にすべきとしている{{sfn|WHO Programme on Substance Abuse|1996}}。2010年に[[国際麻薬統制委員会]](INCB)は、日本でのベンゾジアゼピン系の消費量の多さの原因に、医師による不適切な処方があると指摘している<ref name="incb2010">{{Cite report|publisher=[[国際麻薬統制委員会]] |url=http://www.incb.org/documents/Publications/AnnualReports/AR2010/Supplement-AR10_availability_English.pdf|title=Special Report: Availability of Internationally Controlled Drugs: Ensuring Adequate Access for Medical and Scientific Purposes |date=2010 |page=40}}</ref>。

アメリカ合衆国では、[[アメリカ食品医薬品局]](FDA)によるベンゾジアゼピン系/非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬の添付文書には、7~10日の短期間の使用に用いる旨が記載されている<ref>[http://www.google.co.jp/search?q=site:fda.gov+hypnotics+10+days fda.govの添付文書の検索]</ref>。

{| class="wikitable"
|+各国の処方規制ガイドライン<ref>[http://www.benzo.org.uk/bzrules.htm Guidelines governing the prescription of benzodiazepines around the world] benzo.org.uk</ref>
!イギリス
|医薬品安全性委員会([[:en:Committee on Safety of Medicines]]): ベンゾジアゼピンは、短期間の軽減(2~4週間のみ)に適用される。ベンゾジアゼピンはうつを引き起こしたり悪化させ、また自殺の危険性を高める<ref>{{Cite report |author=Committee on Safety of Medicines |authorlink=:en:Committee on Safety of Medicines |date=1988-01 |title=BENZODIAZEPINES, DEPENDENCE AND WITHDRAWAL SYMPTOMS |url=http://www.benzo.org.uk/commit.htm |edition=1988; Number 21: 1-2}}</ref>。
[[国民保健サービス]](NHS): 2~4週以上の処方について認可しない。<ref>{{Cite report |title=GUIDANCE FOR PRESCRIBING AND WITHDRAWAL OF BENZODIAZEPINES & HYPNOTICS IN GENERAL PRACTICE |author=NHS Graham |url=http://www.nhsgrampian.org/grampianfoi/files/Benzodiazepine_guidance_Octoberv6_2.pdf |date=2008-10 }}</ref>
|-
!カナダ
|保健省・薬物利用評価助言委員会(DUEAC)の勧告: ベンゾジアゼピンの長期的処方にはリスクが存在する。不安、不眠について適切な使用および薬物依存を避けるために、新規処方は注意深く観察すべきであり、処方期間は限られるべきである(不安には1~4週、不眠には14日まで)。<ref>{{Cite report |author= |authorlink= |coauthors= |date=2005-09 |title=Drug Utilization Review of Benzodiazepine Use in First Nations and Inuit Populations |url=http://www.hc-sc.gc.ca/fniah-spnia/pubs/nihb-ssna/_drug-med/2005_09_due-eum/index-eng.php |publisher=Health Canada}}</ref>
|-
!style="white-space:nowrap" | ニュージーランド
|保健省: 最近では依存性のリスクが知られており、4週間を超えた使用は有害である。
|-
!style="white-space:nowrap" | デンマーク
|国立衛生委員会: ベンゾジアゼピンの処方は、睡眠薬では最大2週間、抗不安薬では最大4週間に制限することを推奨する。<br />保健省の依存性薬物の処方ガイドライン: 全般性不安障害、パニック障害、不安障害の第一選択肢は抗うつ薬である。依存性があるため、ベンゾジアゼピンの処方は非薬物療法など、それ以外の方法全てで治療できない場合のみに限定されなければならない。処方期間は4週間を目処にしなければならない。長期間の治療は避けなければならない。<ref>{{Cite report |author=Indenrigs- og Sundhedsministeriet |authorlink=:en:Ministry of Interior and Health (Denmark) |date=2008-07-09 |title=Vejledning om ordination af afhængighedsskabende lægemidler
|url=https://www.retsinformation.dk/Forms/R0710.aspx?id=117508 |publisher=}}</ref>
|-
!style="white-space:nowrap" | アイルランド
|ベンゾジアゼピン委員会の報告書: ベンゾジアゼピンの処方は通常1ヶ月を超えるべきではない。
|-
!style="white-space:nowrap" | ノルウェー
|国立衛生委員会: ベンゾジアゼピンの日常投与は4週間を超えてはならない。
|-
!style="white-space:nowrap" | スウェーデン
|医薬品局: 薬物依存を引きこすため、不安の薬物療法にベンゾジアゼピンは避けるべきである。薬物中毒の可能性があるためベンゾジアゼピンは数週間以上の治療には推奨されない。<ref>{{Cite web|url=http://www.lakemedelsverket.se/malgrupp/Allmanhet/Att-anvanda-lakemedel/Sjukdom-och-behandling/Behandlingsrekommendationer---listan/Angest/ |title=Läkemedelsbehandling vid ångest |publisher=[[スウェーデン]]医薬品委員会 |accessdate=2011-12-19}}</ref>
|}

現在、{{要出典範囲|date=2012年4月|精神症状における多剤大量処方によって、脳に萎縮が起こるとされる研究論文がイギリスから発表された}}。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[クロルプロマジン換算]]
* [[ベンゾジアゼピン依存症]]
* [[ベンゾジアゼピン薬物乱用]]
* [[ベンゾジアゼピン離脱症候群]]
* [[ベンゾジアゼピンの長期的影響]]
* [[長期離脱症候群]]
* [[悪性症候群]]
* [[横紋筋融解症]]
* [[セロトニン症候群]]
* [[賦活症候群]]
* [[精神科医]]
* [[偽医療]]
* [[医療過誤]]
* [[医療過誤]]
* [[クロルプロマジン換算]]
* [[:en:Polypharmacy]]
* [[過量服薬]]
* [[抗うつ薬]] / [[抗精神病薬]] / [[気分安定薬]] / [[抗不安薬]] [[睡眠薬]]
* [[SSRI離脱症候群]] / [[賦活症候群]] / [[セロトニン症候群]]
* [[ベンゾジアゼピン依存症]] / [[ベンゾジアゼピン薬物乱用]] / [[ベンゾジアゼピン離脱症候群]] / [[ベンゾジアゼピンの長期的影響]] / [[長期離脱症候群]]
* [[悪性症候群]] / [[横紋筋融解症]]


== 外部リンク ==
== 脚注 ==
{{Reflist|2}}
* [http://www.comhbo.net/online/medicine/ 精神科の薬を知ろう【うつ病】【統合失調症】「薬の適剤適量について」COMHBO]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=50969 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」相次ぐ突然死 患者の心不全16倍 (2011年11月30日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=53137 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」頻発する患者の死(1) 多量の薬剤投与…入院9日後に心肺停止(2012年1月18日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=53356 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」頻発する患者の死(2) 「わがままな子」の治療(2012年1月23日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=53832 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」頻発する患者の死(3) 原因不明、謝罪なし (2012年2月1日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=60182 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」抗不安・睡眠薬依存(1) 患者依存させ金もうけ! (2012年6月13日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=60619 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」抗不安・睡眠薬依存(2) ベンゾジアゼピンの害 (2012年6月22日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=60856 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」抗不安・睡眠薬依存(3) 奇妙奇天烈な主治医の見解 (2012年6月26日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=61181 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」抗不安・睡眠薬依存(4) ドーピングされた心 (2012年7月3日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=61539 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」抗不安・睡眠薬依存(5) 薬ばらまき睡眠キャンペーン?(2012年7月10日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=61814 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」抗不安・睡眠薬依存(6) 睡眠キャンペーン被害者の苦悩 (2012年7月17日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=62107 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」抗不安・睡眠薬依存(7) ボツになった告発本 (2012年7月23日)]
* [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=63497 読売新聞の医療サイトyomiDr. 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」抗不安・睡眠薬依存(8) マニュアル公開記念・アシュトン教授に聞いた(2012年8月20日)]
* [http://www.news-postseven.com/archives/20111020_33300.html 軽い不眠症で薬漬けの妻が死亡 夫は薬物中毒死を訴え続ける SAPIO2011年10月26日号]
* [http://www.news-postseven.com/archives/20111015_33249.html 日本の医療が薬漬けの理由 患者は“金のなる木”と捉えるから SAPIO2011年10月26日号]
* [http://jp.drugfreeworld.org/drugfacts/prescription/depressants.html 処方薬乱用 » 鎮静剤・安定剤 薬物のない世界のための財団]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
*{{cite report |author=WHO Programme on Substance Abuse|title=Rational use of benzodiazepines - Document no.WHO/PSA/96.11 |url=http://whqlibdoc.who.int/hq/1996/WHO_PSA_96.11.pdf |format=pdf |date=1996-11 |publisher=World Health Organization |accessdate=2013-03-10|ollc=67091696|ref=harv}}
* [http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2004dir/n2589dir/n2589_01.htm#00 精神医学の到達点と展望を語る 第100回日本精神神経学会開催] - 「週間医学界新聞」第2589号、2004年6月21日、[[医学書院]]
*[http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo01/bo0103/bn/14/12.html 特集:薬物と自殺関連事象、そしてその予防]『臨床精神薬理』第14巻12号、2011年12月
* 誤診・誤処方を受けた患者とその家族たち・笠陽一郎『精神科セカンドオピニオン ―正しい診断と処方を求めて』シーニュ社.ISBN 978-4990301415
*[http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo01/bo0102/bn/27/01.html 特集:精神科医の多剤併用・大量処方を考えるI]『精神科治療学』第27巻1号、2012年1月
*[http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo01/bo0102/bn/27/02.html 特集 精神科医の多剤併用・大量処方を考える II]『精神科治療学』第27巻2号2012年2月
*{{Cite book|和書|author=風祭元|title=日本近代精神科薬物療法史|chapter=第10章:向精神薬の長期大量多剤併用療法と副作用|publisher=アークメディア|date=2008|isbn=978-4-87583-121-1|pages=121-132|ref=harv}}、同一の内容で、{{Cite journal |和書|author=風祭元|date=2006-12|title=日本近代向精神薬療法史(10)向精神薬の長期大量多剤併用療法と副作用|journal=臨床精神医学|volume=35|issue=12|pages=1683-1689|naid=40015221455}}
*{{cite report |author=厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課|title=病院・診療所における向精神薬取扱いの手引 |url=http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/dl/kouseishinyaku_01.pdf |format=pdf |date=2012-02||accessdate=2013-03-10|ollc=67091696|ref=harv}}
* {{cite press release|author=厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム|title=過量服薬への取組-薬物治療のみに頼らない診療体制の構築に向けて|date=2010-09-09|url=http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T101006I0020.pdf|format=pdf|accessdate=2013-03-15|ref=harv}} 向精神薬等の処方せん確認の徹底等について(薬食総発0910第1号平成22年9月10日)と、向精神薬等の過量服薬を背景とする自殺について(障精発0624第1号平成22年6月24日)を含む
*{{Cite book|和書|author=中川敦夫ら|date=2012-11|title=向精神薬の処方実態に関する国内外の比較研究(平成22年度総括・分担研究報告書厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業)|url=http://www.ncnp.go.jp/tmc/pdf/22_report10.pdf|format=pdf|date=2011-03|pages=|ref=harv}}
**{{Cite book|和書|author=三島和夫、片寄泰子、榎本みのり、北村真吾|title=向精神薬処方の実態調査研究 診療報酬データを用いた向精神薬処方に関する実態調査研究|url=http://www.ncnp.go.jp/tmc/pdf/22_report10.pdf|format=pdf|date=2011-03|pages=15-32|ref=harv}}
*{{cite press release|author=日本うつ病学会、日本臨床精神神経薬理学会、日本生物学的精神医学会、日本総合病院精神医学会|title=「いのちの日」 緊急メッセージ 向精神薬の適正使用と過量服用防止のお願い|publisher= |date=2010-12-01|url=http://www.jsbp.org/link/dayoflife20101129.pdf|format=pdf|accessdate=2013-03-12|ref=harv}}

===診療ガイドライン===
*{{cite report |author=英国国立医療技術評価機構|title=Anxiety - Clinical guidelines CG113 |url=http://guidance.nice.org.uk/CG113 |date=2011-01 |publisher=National Institute for Health and Clinical Excellence |accessdate=2013-03-10|ref=harv}}
*{{cite report |author=英国国立医療技術評価機構|title=Borderline personality disorder - Clinical guidelines CG78 |url=http://guidance.nice.org.uk/CG78 |year=2009a|month=01 |publisher=National Institute for Health and Clinical Excellence |accessdate=2013-03-10|ref=harv}}
*{{cite report |author=英国国立医療技術評価機構|title=Depression in adults - Clinical guidelines CG90 |url=http://guidance.nice.org.uk/CG90 |date=2009-06 |publisher=National Institute for Health and Clinical Excellence |accessdate=2013-03-10|ref=harv}}
*{{cite report |author=英国国立医療技術評価機構|title=Insomnia - newer hypnotic drugs (TA77) |url=http://www.nice.org.uk/TA077 |date=2004-04 |publisher=National Institute for Health and Clinical Excellence |accessdate=2013-03-10|ref=harv}}
* {{Cite report |author=日本うつ病学会 |coauthors=加藤忠史、神庭重信、寺尾岳、山田和夫ほか |date=2012-03-31 |title=日本うつ病学会治療ガイドライン I.双極性障害 2012 |url=http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/img/120331.pdf |publisher=日本うつ病学会 |format=pdf |edition=第2改訂 |accessdate=2013-01-01|ref=harv}}
*{{Cite report |author=日本うつ病学会 |coauthor=気分障害のガイドライン作成委員会|date=2012-07-26 |title=日本うつ病学会治療ガイドライン II.大うつ病性障害2012 Ver.1 |url=http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/img/120726.pdf |publisher=日本うつ病学会、気分障害のガイドライン作成委員会 |format=pdf |edition=2012 Ver.1 |accessdate=2013-01-01|ref=harv}}

== 外部リンク ==
* 佐藤記者の「精神医療ルネサンス」 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=50969 相次ぐ突然死 患者の心不全16倍](読売新聞の医療サイトyomiDr.、2011年11月30日)
**連載・頻発する患者の死 1 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=53137 多量の薬剤投与…入院9日後に心肺停止(2012年1月18日)] 2 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=53356 「わがままな子」の治療(2012年1月23日)] 3 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=53832 原因不明、謝罪なし (2012年2月1日)]
**連載・抗不安・睡眠薬依存 1 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=60182 患者依存させ金もうけ! (2012年6月13日)] 2 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=60619 ベンゾジアゼピンの害 (2012年6月22日)] 3 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=60856 奇妙奇天烈な主治医の見解 (2012年6月26日)] 4 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=61181 ドーピングされた心 (2012年7月3日)] 5 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=61539 薬ばらまき睡眠キャンペーン?(2012年7月10日)] 6 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=61814 睡眠キャンペーン被害者の苦悩 (2012年7月17日)] 7 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=62107 ボツになった告発本 (2012年7月23日)] 8 [http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=63497 マニュアル公開記念・アシュトン教授に聞いた(2012年8月20日)]


* [http://www.news-postseven.com/archives/20111015_33249.html 日本の医療が薬漬けの理由 患者は“金のなる木”と捉えるから](SAPIO、2011年10月15日号)
== 出典 ==
* [http://www.news-postseven.com/archives/20111020_33300.html 軽い不眠症で薬漬けの妻が死亡 夫は薬物中毒死を訴え続ける] (SAPIO、2011年10月20日号)
<references/>


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[[Category:向精神薬の副作用]]
[[Category:向精神薬の副作用]]


[[en: Polypill]]
[[en:Polypharmacy]]

2013年3月19日 (火) 07:16時点における版

多剤大量処方(たざいたいりょうしょほう)とは、各種類の薬が複数処方され、処方量が多い処方のことである。多剤併用大量処方(たざいへいようたいりょうしょほう)とも言う。つまるところ、薬漬けである。

精神科の薬の種類は、主に抗精神病薬抗うつ薬気分安定薬覚醒剤抗不安薬睡眠薬(共にベンゾジアゼピン受容体作動薬が多い)であるが、こうした向精神薬の種類ごとに複数処方すれば多剤かつ大量となる。過量服薬を自殺企図の手段とすることへの注意喚起がなされている[1]。また厚生労働省によれば、日本では諸外国より多剤投与が多く、これが過量服薬の背景になっていることが指摘されている[2]。個別の記事や論文では、時に致死的なほどに大量に処方される薬の毒性についての言及がなされる。

背景として日本独自の慣行が存在する。欧米では、向精神薬の登場により精神病院の病床数が減少していったが、日本では増大していった[3]。日本では、入院日数が長くなるほど、薬を使うほどに収入が増える社会保険のシステムにより、多剤化、大量化、高力価化が促されていき、効果が不十分な患者に多量に薬を使うことが常態化していき、減量が簡単ではなく減薬の方略もないので半永久的な投薬の実態があった[4]。おおよそ精神科の薬は、精神疾患と区別しにくい副作用および離脱症状が生じる可能性があり、また複雑な相互の作用増減の関係があり、多剤大量に投与された後に1剤を減らした場合、他の薬剤の作用が増強され副作用が生じたり、また別の薬剤の血中濃度が下がり離脱症状が生じている可能性がある。副作用および離脱症状が再発と誤診され、さらなる投薬がなされる可能性もある。

1971年の向精神薬に関する条約において、濫用されていはならない薬物が指定されており、覚醒剤については付表(スケジュール)II、抗不安薬や睡眠薬に多いバルビツール酸系ベンゾジアゼピン系は付表IIIおよびIVに指定されている[5]。国際条約に批准する日本でこれに該当する法律は、麻薬及び向精神薬取締法であり、条約の付表Iは法律上の麻薬、付表IIが第一種向精神薬、付表IIIは第二種向精神薬、付表IVは第三種向精神薬に該当する。2010年に国際麻薬統制委員会(INCB)は、日本でのベンゾジアゼピン系の消費量の多さの原因に、医師による不適切な処方があると指摘している[6]

日本における動向

たび重なる注意喚起

2004年の日本精神神経学会では、抗精神病薬の単剤が望ましいが多剤大量処方が改善されない現状に言及された[7]。2009年10月30日には、日本うつ病学会が、「SSRI/SNRIを中心とした抗うつ薬適正使用に関する提言」において、大量処方を避けるという一般的な注意点を喚起している[8]

2010年1月に、厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチームが発足した[9]。6月24日には、厚生労働省から、各都道府県の精神保健福祉主管部局長および、日本医師会、日本精神科病院協会、日本精神神経科診療所協会、日本自治体病院協議会、日本総合病院精神医学会、精神医学講座担当者会議、国立精神医療施設長協議会、日本精神神経学会の会長あてに、「向精神薬等の過量服薬を背景とする自殺について」という題で、自殺傾向のある患者に対して、向精神薬等の適切な処方に配慮する旨を通達している[10]

この問題は国会でも取り上げられている。

 現在、厚生労働省で、自殺・うつ病対策プロジェクトチームの会合が開かれております。(中略)ここで議論のテーマになったのが、精神科や心療内科で処方される向精神薬の多剤大量服用が自殺を引き起こす要因になっているのではないか、こういう状況をどうするかということに関してだったというふうに聞いております。

 これは不審死の行政解剖を行っている東京都監察医務院の監察医、水上創医師の論文でありますけれども、表を見ていただきたいと思います。衝撃的な数字です。自殺という事例の中、三百十七例ありますけれども、実はこの自殺という事例の中をたどっていただくと、中毒物質という一覧の中で、バルビツレート類というところからその他及び詳細不明の向精神薬、ずらずらっと並んでいる、これは全部、禁止薬物とかではなくて、精神科で処方されている向精神薬を服用してのケースであります。実に三百十七例中二百八十九例までがこうした向精神薬を服用した上で自殺を図られた、こういうケースだとこの水上医師の論文の表は示しているわけであります。また、この論文中では、この向精神薬を多剤併用して、相互作用等の要因が自殺を引き起こした可能性が高いということが指摘をされています。

 ことし六月、厚生労働省で、向精神薬の処方に関する注意喚起をしておられますけれども、精神科医療の現場では、こうした形で複数の向精神薬を医師向け添付文書の適量を超えて大量に処方する、いわゆる多剤大量処方がまかり通ってしまっている現状がある。諸外国では、今や単剤処方が主流で、日本のように、多剤大量処方が精神科において広く行われることは異常とも言われております。 — 柿沢未途 - 衆議院厚生労働委員会. 第175回国会. Vol. 1. 3 August 2010.

2010年9月9日には、厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチームが「過量服薬への取組」を公表し[1]、12月1日には、日本うつ病学会、日本臨床精神神経薬理学会、日本生物学的精神医学会、日本総合病院精神医学会の4学会が合同で、「向精神薬の適正使用と過量服用防止のお願い」を公表し、向精神薬を処方する医師に対して、過量服薬の背景にある不適切な多剤大量処方に注意喚起を促している[11]

2011年3月には、処方実態に関する調査書が作成され[12]、11月に厚生労働省から公表された[13]。この取り組みは日本薬剤師会、日本病院薬剤師会にも共有された[14][15][16]

『臨床精神薬理』誌において、2011年12月号では、精神科治療薬と自殺関連事象に関する特集「薬物と自殺関連事象、そしてその予防」を、『精神科治療学』誌の2012年1月号と2月号では「精神科医の多剤併用・大量処方を考える」という特集を組んだ。(#参考文献に妙録へのリンクあり)

規制

2011年、厚生労働省は「自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム:過量服薬対策ワーキングチーム」の調査を受け、3剤以上の処方についての必要性を適正化する取り組みを始めた[13]

2012年3月、厚生労働省は自立支援医療費支給認定実施要綱の第4項を改正し、地方自治体は自立支援医療行政に関し、以下の管理が求められるようになった[17]

  • 支給認定時に診断書を確認し、同一種類の向精神薬が3種類以上処方されているか確認する。
  • その際に、3種類以上処方されている場合は、指定自立支援医療機関から理由を求める。
  • 支給認定時の確認にて該当した者は、その後の支給期間中も診療録等で治療状況を把握する。

処方率

1979年と1989年の調査では、統合失調症の患者に対して、抗精神病薬1剤が約22%、2~3剤が60%前後、4剤以上というのは10%を下回っている[18]。しかしながら、90年代には1剤が11.1%、2~3剤が63.5%、4剤以上は12.8%と増加傾向にあった[18]。気分障害症例では、抗うつ薬のほかに、76%が複数の睡眠薬、50%が複数の抗不安薬を処方されている[18]

東アジアの共同研究である「抗精神病薬の処方についての国際比較研究」[19]では抗精神病薬の一日投与量の平均値をクロルプロマジン換算で比較している。これによると中国が402.7mg、台湾が472.1mg、韓国が763.4mg、日本は実に1003.8mgと飛びぬけて大量療法になっている。同時にこの研究では多剤併用の最大値が中国5剤、台湾7剤、韓国7剤、日本は15剤と突出している。

日本の30万件の診療データからの解析がある[20]。 2009年時点で、精神科に限定されないが以下である。

実際の多剤大量処方とその原因

抗うつ薬を2種類、抗精神病薬を2種類、抗不安薬2種類に、睡眠薬を2種類、1日に30~40錠、またはそれ以上というような組み合わせが、副作用が深刻になっており、めちゃくちゃな処方であるとして問題視される。多剤で症状が改善するという証拠が存在せず、有効な効果の量や、どの程度の量で効果がどう変わるかといった用量依存性や毒性や副作用といった、薬に関する基本的な知識を考慮せずに、薬を増やせば効果が増すと思い、どんどん薬を増やしていくことに原因があるとされる。[21][22][23]

欧米では精神病院の病床数が減少し患者の脱施設化が進んでいったのは、議論はあるが、一般的に向精神薬の登場によってであると言われている[3][24]

対照的に、日本では1955年に44,250床、1960年には95,667床、1970年には170,000床、2000年には358,153床と増大していった[25]。さらに精神病院にて、入院日数が長く、薬を使うほど、収入が増える社会保険のシステムにより、多剤化、大量化、高力価化が促されていった[4]。効果が不十分な患者に多量に薬を使うことが常態化していき、減量が簡単ではなく減薬の方略もないので半永久的な投薬が行われるようになった[4]。最たるものは、急速大量抗精神病薬飽和療法(Rapid Neuroleptization)という抗精神病薬を大量に投与する治療法であるが、1980年頃には有効性が否定されている[4]

多剤大量で用いられた後に減量が簡単ではないというのは、各薬剤に離脱症状があり、抗精神病薬の離脱症状抗うつ薬の離脱症状、覚醒剤の離脱症状、気分安定薬の離脱症状、抗不安薬の離脱症状睡眠薬の離脱症状、副作用や離脱症状と疾患との区別が困難な症状もある。また各薬剤間で作用を増減させる相互関係があり、減量した薬剤以外の薬剤による、副作用の増強、あるいは離脱症状、もしくは元の疾患の再発が生じる可能性がある。副作用や離脱症状が疾患と誤診される可能性もある。

また、おおよそ薬剤の各種類において、自殺の危険性を高めるかどうかについての議論がある。抗不安薬や睡眠薬に用いられるベンゾジアゼピン系の薬剤が自殺の危険性を高めることが報告されており[26][27]、自殺の危険性のある抗うつ薬の賦活症候群や、気分安定薬として用いられる抗てんかん薬のアメリカでの承認試験からは自殺および自殺企図の危険性を増加させることが見出され添付文書に記載されている[28][29]

アメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)のトーマス・インセルは「不運なことに、現在の薬は快方に向かう人があまりに少なく、治る人はほとんどいない[30]」と述べている。このように、薬が症状改善に寄与する利益が少ない。また危険性を考慮する必要がある。英国精神薬理学会(British Association for Psychopharmacology)の指導者は、危険性と利益についての理解に基づき、安全かつ有効に向精神薬を使用するために、過剰投与と多剤投与、不十分なモニタなどに改善の余地があり、これは課題であるという趣旨を述べている[31]。医薬品を認可する臨床試験は多剤で行っているわけではなく、また短期間である。

日本の不審死の検死解剖からは、睡眠薬と抗精神病薬と抗てんかん薬の検出が多く、詳細はべゲタミンに共に含まれるバルビツール酸系フェノバルビタール抗精神病薬クロルプロマジン、次いで、バルビツール酸系のペントバルビタール、非ベンゾジアゼピン系のゾルデヒム、抗てんかん薬のカルパマゼピンや、バルブロ酸ナトリウム[32]

ガイドラインや証拠

英国国立医療技術評価機構(NICE)は、抗うつ薬に関して、2009年のうつ病に対するガイドラインで、危険性/利益の比率が悪いため、軽症以下のうつ病に抗うつ薬を使用してはならないとしている[33]。 日本うつ病学会による、抗うつ薬に関して、2012年のうつ病に対するガイドラインでは、軽症のうつ病に対して安易な薬物療法は避け、また単剤で用いることが推奨されている[34]。 日本では過去に、軽症のうつ病を説明する「心の風邪」というキャッチコピーが抗うつ薬のマーケティングに用いられた[35]

日本うつ病学会による、2012年の双極性障害に対するガイドラインでは、基本的には、気分安定薬非定型抗精神病薬による単剤治療か1剤づつの組み合わせが推奨されている[36]

NICEの境界性人格障害に対する2009年のガイドラインは、自傷行為、情緒不安定、一時的な精神病的症状に薬物療法を用いるべきではなく、処方するとしても1週間以上は推奨できず、乱用の可能性が最小で、過量服薬時に相対的に安全な薬を選択するとしている[37]

NICEの不安障害に対する2011年のガイドラインでは、全般性不安障害(GAD)やパニック障害にはベンゾジアゼピン系の抗不安薬や不安を鎮める目的で抗精神病薬は用いられない。これらの疾患に長期的な有効性の根拠があるのは抗うつ薬のみである。[38]

NICEの不眠症に対する2004年のガイドラインでは、ベンゾジアゼピン系/非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用は、短期間の推奨である[39]

世界保健機関(WHO)は、1996年の「ベンゾジアゼピン系の合理的な利用」という報告書において、ベンゾジアゼピン系の利用を30日までの短期間にすべきとしている[40]。2010年に国際麻薬統制委員会(INCB)は、日本でのベンゾジアゼピン系の消費量の多さの原因に、医師による不適切な処方があると指摘している[6]

アメリカ合衆国では、アメリカ食品医薬品局(FDA)によるベンゾジアゼピン系/非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬の添付文書には、7~10日の短期間の使用に用いる旨が記載されている[41]

各国の処方規制ガイドライン[42]
イギリス 医薬品安全性委員会(en:Committee on Safety of Medicines): ベンゾジアゼピンは、短期間の軽減(2~4週間のみ)に適用される。ベンゾジアゼピンはうつを引き起こしたり悪化させ、また自殺の危険性を高める[43]

国民保健サービス(NHS): 2~4週以上の処方について認可しない。[44]

カナダ 保健省・薬物利用評価助言委員会(DUEAC)の勧告: ベンゾジアゼピンの長期的処方にはリスクが存在する。不安、不眠について適切な使用および薬物依存を避けるために、新規処方は注意深く観察すべきであり、処方期間は限られるべきである(不安には1~4週、不眠には14日まで)。[45]
ニュージーランド 保健省: 最近では依存性のリスクが知られており、4週間を超えた使用は有害である。
デンマーク 国立衛生委員会: ベンゾジアゼピンの処方は、睡眠薬では最大2週間、抗不安薬では最大4週間に制限することを推奨する。
保健省の依存性薬物の処方ガイドライン: 全般性不安障害、パニック障害、不安障害の第一選択肢は抗うつ薬である。依存性があるため、ベンゾジアゼピンの処方は非薬物療法など、それ以外の方法全てで治療できない場合のみに限定されなければならない。処方期間は4週間を目処にしなければならない。長期間の治療は避けなければならない。[46]
アイルランド ベンゾジアゼピン委員会の報告書: ベンゾジアゼピンの処方は通常1ヶ月を超えるべきではない。
ノルウェー 国立衛生委員会: ベンゾジアゼピンの日常投与は4週間を超えてはならない。
スウェーデン 医薬品局: 薬物依存を引きこすため、不安の薬物療法にベンゾジアゼピンは避けるべきである。薬物中毒の可能性があるためベンゾジアゼピンは数週間以上の治療には推奨されない。[47]

現在、精神症状における多剤大量処方によって、脳に萎縮が起こるとされる研究論文がイギリスから発表された[要出典]

関連項目

脚注

  1. ^ a b 厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム 2010.
  2. ^ 厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム 2010, p. 2.
  3. ^ a b デイヴィッド・ヒーリー 著、田島治、江口重幸監訳、冬樹純子訳 訳『ヒーリー精神科治療薬ガイド』(第5版)みすず書房、2009年7月、437-438頁。ISBN 978-4-622-07474-8 、Psychiatric drugs explained: 5th Edition
  4. ^ a b c d 風祭元 2008, pp. 121–132.
  5. ^ 向精神薬に関する条約
  6. ^ a b Special Report: Availability of Internationally Controlled Drugs: Ensuring Adequate Access for Medical and Scientific Purposes (PDF) (Report). 国際麻薬統制委員会. 2010. p. 40.
  7. ^ “精神医学の到達点と展望を語る 第100回日本精神神経学会開催”. 週刊医学界新聞. (2004年6月21日). http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2004dir/n2589dir/n2589_01.htm 2013年3月15日閲覧。  第2589号、医学書院
  8. ^ 日本うつ病学会、抗うつ薬の適正使用に関する委員会 (30 October 2009). "SSRI/SNRIを中心とした抗うつ薬適正使用に関する提言" (pdf) (Press release). 2013年3月15日閲覧
  9. ^ 厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム 2010, p. 1.
  10. ^ "向精神薬等の過量服薬を背景とする自殺について 障精発0624第1号/2号" (Press release). 厚生労働省. 24 June 2010. 2013年3月15日閲覧
  11. ^ 日本うつ病学会、日本臨床精神神経薬理学会、日本生物学的精神医学会、日本総合病院精神医学会 2010.
  12. ^ 中川敦夫ら 2011.
  13. ^ a b 厚生労働省 (1 November 2011). "向精神薬の処方実態に関する報告及び今後の対応について" (pdf) (Press release). 厚生労働省. 2013年3月15日閲覧
  14. ^ 日本病院薬剤師会 (2 November 2011). "抗不安薬又は睡眠薬を服用している患者等への対応について" (pdf) (Press release). 2013年3月15日閲覧
  15. ^ 日本薬剤師会 (14 November 2011). "過量服薬対策等に関する資料の送付について 日薬業発第349号" (pdf) (Press release). 2013年3月15日閲覧
  16. ^ "向精神薬の処方実態に関する報告及び今後の対応の件/過量服薬対策等に関する資料の送付の件" (Press release). 日本薬剤師会. 24 November 2011. 2013年3月15日閲覧
  17. ^ 厚生労働省 社会援護局障害保健福祉部長「自立支援医療費の支給認定について」の一部改正について(障発0322第1号)」 2012年3月22日
  18. ^ a b c 川上富美郎、中嶋照夫、小山司ほか「精神科薬物治療における多剤併用の実態調査‐精神分裂病治療の併用投与を中心として」『精神科治療学』第12巻第7号、1997年7月、795-803頁。 
  19. ^ 藤井千太、前田潔、新福尚隆:抗精神病薬の処方についての国際比較研究、臨床精神医学、32(6):629-646、2003.
  20. ^ 三島和夫、片寄泰子、榎本みのり、北村真吾 2011, p. 29.
  21. ^ NHK取材班『うつ病治療常識が変わる』2~40頁。
  22. ^ 冨高辰一郎『うつ病の常識は本当か』2011年、170~180頁。
  23. ^ 春日武彦『精神科医は腹の底で何を考えているのか』15~20頁。
  24. ^ エリオット・S・ヴァレンスタイン 著、功刀浩監訳、中塚公子訳 訳『精神疾患は脳の病気か?』みすず書房、2008年2月、222-225頁。ISBN 978-4-622-07361-1 、Blaming the Brain, 1998
  25. ^ 風祭元 2008, pp. 20, 27.
  26. ^ WHO Programme on Substance Abuse 1996, p. 17.
  27. ^ Mallon, Lena; Broman, Jan-Erik; Hetta, Jerker (March 2009). “Is usage of hypnotics associated with mortality?”. Sleep Medicine 10 (3): 279–286. doi:10.1016/j.sleep.2008.12.004. PMID 19269892. 
  28. ^ Information for Healthcare Professionals: Suicidal Behavior and Ideation and Antiepileptic Drugs”. U.S. Food and Drug Administration (FDA) (2008年1月31日). 2013年1月15日閲覧。
  29. ^ Suicidal Behavior and Ideation and Antiepileptic Drugs”. U.S. Food and Drug Administration (FDA) (2009年5月5日). 2013年1月15日閲覧。
  30. ^ Insel TR (April 2009). “Disruptive insights in psychiatry: transforming a clinical discipline”. J. Clin. Invest. 119 (4): 700–5. doi:10.1172/JCI38832. PMC 2662575. PMID 19339761. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2662575/. 
  31. ^ Nutt, D. J.; Harrison, P. J.; Baldwin, D. S.; Barnes, T. R. E.; Burns, T.; Ebmeier, K. P.; Ferrier, I. N. (October 2011). “No psychiatry without psychopharmacology”. The British Journal of Psychiatry 199 (4): 263–265. doi:10.1192/bjp.bp.111.094334. PMID 22187725. http://bjp.rcpsych.org/content/199/4/263.full. 
  32. ^ 福永龍繁「監察医務院から見えてくる多剤併用」『精神科治療学』第27巻第1号、2012年1月。  妙録
  33. ^ 英国国立医療技術評価機構 2009, p. 1.4.4.
  34. ^ 日本うつ病学会 2012, pp. 20–26.
  35. ^ Kathryn Schulz (2004年8月22日). “Did Antidepressants Depress Japan?”. The New York Times. http://www.nytimes.com/2004/08/22/magazine/did-antidepressants-depress-japan.html?pagewanted=4 2013年1月10日閲覧。 
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  41. ^ fda.govの添付文書の検索
  42. ^ Guidelines governing the prescription of benzodiazepines around the world benzo.org.uk
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参考文献

診療ガイドライン

外部リンク