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== 文化依存症候群として ==
== 文化依存症候群として ==
日本の[[文化依存症候群]]という<ref>『文化人類学入門 2006年3月10日増補改訂版28版』 pp. 192-193。</ref>。集団に対する協調性が重視される傾向、自己主張より周囲に合わせる傾向、他人の目を気にする意識、によるものとされる<ref>『日本人はどう変わったのか』 p.218。</ref>。
日本の[[文化依存症候群]]という<ref>『文化人類学入門 2006年3月10日増補改訂版28版』 pp. 192-193。</ref>。集団に対する協調性が重視される傾向、自己主張より周囲に合わせる傾向、他人の目を気にする意識、によるものとされる<ref>『日本人はどう変わったのか』 p.218。</ref>。

== 治療 ==
認知療法が用いられることが多い。認知療法とは、認知の再構築により不安や回避行動の軽減を図っていく治療法である。

自己視線恐怖症の場合、「他者は自分の視線を気にしていなく、視線を向けられたこと自体を忘れている場合が多い。ヒト(生物学的に見た人間)である以上、他者に視線を向けるのは普通の事である。」というような認知の構築を図る場合が多い。

他者視線恐怖症の場合、「ヒトは、日常生活において他者を意識的に見る(look at)ことは少なく、他者が漠然と目に入っている(see)ことが多い。また、他者は視線そのものを深く考えておらず、他者からの視線に特に意味はない。」というような認知の構築を図る場合が多い。


== 出典 ==
== 出典 ==

2016年7月11日 (月) 10:00時点における版

視線恐怖症
概要
分類および外部参照情報

視線恐怖症(しせんきょうふしょう)とは、視線に関連して発生する、不安要素、不安要因及び、不安症状のことを指す。

分類

主に、以下の4つにわけることが出来る。

自己視線恐怖症
自分の視線が相手(第三者)に対して、不快感を与えるのではないか、と考える症状である。これは対人恐怖症の範疇である[1]
他者視線恐怖症
人の視線を極度に恐れる症状である。
正視恐怖症
人と距離が近いときに、目を合わせることに恐怖を抱く症状である。
脇見恐怖症
視界に人が入ってくるだけで、その人に対して、何かしらの信号のようなものを送っていると考える症状である。

特定の対象や状況を恐れる場合には特定の恐怖症である。

文化依存症候群として

日本の文化依存症候群という[2]。集団に対する協調性が重視される傾向、自己主張より周囲に合わせる傾向、他人の目を気にする意識、によるものとされる[3]

治療

認知療法が用いられることが多い。認知療法とは、認知の再構築により不安や回避行動の軽減を図っていく治療法である。

自己視線恐怖症の場合、「他者は自分の視線を気にしていなく、視線を向けられたこと自体を忘れている場合が多い。ヒト(生物学的に見た人間)である以上、他者に視線を向けるのは普通の事である。」というような認知の構築を図る場合が多い。

他者視線恐怖症の場合、「ヒトは、日常生活において他者を意識的に見る(look at)ことは少なく、他者が漠然と目に入っている(see)ことが多い。また、他者は視線そのものを深く考えておらず、他者からの視線に特に意味はない。」というような認知の構築を図る場合が多い。

出典

  1. ^ 笠原敏鉾「Social Phobiaは社交恐怖か?」(pdf)『精神神経雑誌』第112巻第7号、2010年、644-649頁、NAID 10028059087 
  2. ^ 『文化人類学入門 2006年3月10日増補改訂版28版』 pp. 192-193。
  3. ^ 『日本人はどう変わったのか』 p.218。

参考文献

  • 『日本人はどう変わったのか 戦後から現代へ』 祖父江孝男 編 日本放送協会 刊 NHKブックス 1987年初版 ISBN 4-14-001535-7
  • 『文化人類学入門 2006年3月10日増補改訂版28版』 祖父江孝男 中央公論新社〈中公新書〉(原著1979年12月)ISBN 4121905601

関連項目