「グラム・パーソンズ」の版間の差分
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2016年11月12日 (土) 01:39時点における版
グラム・パーソンズ(Gram Parsons、1946年11月5日 - 1973年9月19日)は、アメリカ合衆国フロリダ州出身のミュージシャン、シンガー、ギタリスト。本名Cecil Ingram Connor.III。バーズのアルバム『ロデオの恋人』に参加し、カントリーロックという新たな流れを生み出したことで知られる[1]。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第86位。
略歴
フロリダ州生まれ、ジョージア州育ち。
1966年にインターナショナル・サブマリン・バンドを結成、1968年にはアルバムを発表。その後バーズに加入し、『ロデオの恋人』に全面参加。グラムによるカントリーからの影響は、バーズに新風を与えた。また、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズとは大変親交が深かった。
しかし、『ロデオの恋人』が発売される1か月前に突然バーズを脱退し、フライング・ブリトー・ブラザーズを結成。1969年に『黄金の城』、1970年に『ブリトー・デラックス』を発表した。キース・リチャーズとはこの頃から親交を深めるようになり、フライング・ブリトー・ブラザーズのクリス・ヒルマンはこの時のグラムの様子に「グラムは僕らとではなく、キースと一緒にいたかったんだよ」と語っている。バンドが南アフリカでツアーを行うことに決まった際、グラムは出発当日に南アフリカ行きをキャンセルし、キースやストーンズのメンバーと共にスタジオを訪れていたという。
こうした経緯から、グラムはストーンズの楽曲「ワイルド・ホース」をカヴァーしている。また、1970年には、ジャニス・ジョプリン、ザ・バンド、グレイトフル・デッド、バディ・ガイと共にカナダを鉄道で回るツアーを行う。その模様は、後に映画『フェスティバル・エクスプレス』として公開された。
その後、グラムはソロに転じ、1973年に初のソロ・アルバム『GP』を発表。ジェームズ・バートン(エルヴィス・プレスリーのバック・ギタリスト)、リック・グレッチ(元ブラインド・フェイス)、エミルー・ハリス等の豪華ゲストを起用した作品である。しかし、商業的に成功を収めることはできなかった。
そしてソロ第2弾『グリーヴァス・エンジェル』を制作するが、発売前の1973年9月19日、カリフォルニア州ヨシュア・トゥリーにあるモーテルJoshua Tree Innの8号室で、麻薬の過剰摂取により死去。26歳没[2]。1974年になって、『グリーヴァス・エンジェル』は彼の遺作として発表された。
ディスコグラフィー
THE BYRDS
- Sweetheart Of The Rodeo(1968年)
THE FLYING BURRITO BROTHERS
ソロ
脚注
- ^ Gram Parsons | AllMusic - Artist Biography by Stephen Thomas Erlewine
- ^ L.A. Weekly - The Cult of Gram Parsons Lives on in Joshua Tree