コンテンツにスキップ

「岩永裕貴」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
Cewbot (会話 | 投稿記録)
m Bot作業依頼:日本維新の会・自由党改名にともなうカテゴリ修正依頼 - log
Cewbot (会話 | 投稿記録)
m Bot作業依頼:日本維新の会・自由党改名にともなうカテゴリ修正依頼 - log: 日本維新の会の国会議員 → 日本維新の会の国会議員 (2012-2014)
67行目: 67行目:
[[Category:日本維新の会の人物 (2016-)]]
[[Category:日本維新の会の人物 (2016-)]]
[[Category:維新の党の国会議員]]
[[Category:維新の党の国会議員]]
[[Category:日本維新の会の国会議員]]
[[Category:日本維新の会の国会議員 (2012-2014)]]
[[Category:滋賀県出身の人物]]
[[Category:滋賀県出身の人物]]
[[Category:1973年生]]
[[Category:1973年生]]

2016年11月13日 (日) 03:39時点における版

岩永 裕貴
いわなが ひろき
生年月日 (1973-09-03) 1973年9月3日(50歳)
出生地 日本の旗 滋賀県甲賀市信楽町多羅尾
出身校 ウィッチタ大学国際政治学専攻
前職 岩永峯一衆議院議員秘書
所属政党日本維新の会→)
維新の党→)
(おおさか維新の会→)
日本維新の会→)
無所属
親族 父・岩永峯一
公式サイト 岩永ひろきホームページ

選挙区 比例近畿ブロック滋賀4区
当選回数 1回
在任期間 2012年 - 2014年

当選回数 1回
在任期間 2016年 - 現職
テンプレートを表示

岩永 裕貴(いわなが ひろき、1973年9月3日 - )は、日本政治家甲賀市市長日本維新の会所属の元衆議院議員(1期)。

農林水産大臣を務めた元衆議院議員の岩永峯一の三男[1]

概要

滋賀県甲賀市信楽町多羅尾生まれ。信楽町立多羅尾小学校、信楽町立信楽中学校、比叡山高等学校卒業。1998年アメリカ合衆国カンサス州のウィッチタ大学(国際政治学専攻)を卒業。広告代理店勤務を経て、2003年10月から父・岩永峯一の秘書を務める。2005年、父の農林水産大臣就任に伴い、大臣秘書官に就任した[2]

2009年第45回衆議院議員総選挙に際しては、引退する父の地盤を引き継ぎ、滋賀4区自由民主党の公認を受けての出馬が予定されていたが、父・峯一が、宗教法人神慈秀明会」から計6千万円の寄付を受けながら、政治資金収支報告書に記載していなかった問題が発覚したため、立候補を辞退した。岩永に代わり、対話でつなごう滋賀の会滋賀県議会会派の政策スタッフを務めていた武藤貴也が自民党から出馬したが、民主党前職の奥村展三に敗れ、落選した。

2012年11月、維新政治塾に入塾[2]。同年12月、第46回衆議院議員総選挙日本維新の会公認で滋賀4区から出馬し、自民党公認の武藤に敗れたが、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活し、初当選した。

2014年の日本維新の会分党に際しては、橋下徹大阪市長による新党結成を目指すグループに参加。分党後の日本維新の会を経て維新の党結党に参加した。同年12月の、第47回衆議院議員総選挙に維新の党公認で滋賀4区から出馬したが、武藤に敗れ、比例復活もならず落選した。

2016年1月、おおさか維新の会の支部にあたる「滋賀維新の会」を設立して代表に就任。しかし2016年10月に行われる甲賀市長選挙へ出馬するため、5月20日におおさか維新の会を離党。そして自民党公明党が推薦を出した現職の中嶋武嗣を破り初当選[3]

政策

  • 選択的夫婦別姓制度導入について、「どちらとも言えない」としている[4]

脚注

外部リンク