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[[1992年]]3月に芸能界を一旦引退した。その理由は、1歳年下の友人が仕事で数百万の伝票を切っているのを知り、自分も社会人として再出発したいという気持ちが嵩じ、「どうせならやったことのない仕事をやってみよう」という思いが重なったためである。
[[1992年]]3月に芸能界を一旦引退した。その理由は、1歳年下の友人が仕事で数百万の伝票を切っているのを知り、自分も社会人として再出発したいという気持ちが嵩じ、「どうせならやったことのない仕事をやってみよう」という思いが重なったためである。


役者を引退後は建設業界に就職し、そのかたわら30歳を過ぎてから[[東京理科大学]][[工学部]]二部建築学科、[[東京建築専門学校]]建築学科に通学、二級[[建築士]]、1級[[建築施工管理技士]]の資格を取得。35歳で[[松井建設]]に転職、2008年10月から多摩営業所所長を務める<ref name=zakzak>[http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20100427/enn1004271554005-n2.htm 【あの人NOW!】金八先生“加藤優役”でブレーク 直江喜一さん] [[夕刊フジ]]2010年4月27日付記事</ref>。プロの俳優としては引退したものの、演劇活動は趣味として続け、友人達と舞台出演もしていた。2014年4月より3年間にわたって北陸支店営業部長として金沢市に赴任<ref>[http://kensetsunewspickup.blogspot.jp/2014/07/hope.html 【けんちくのチカラ】「松井建設営業部長で俳優」の 直江喜一さんと劇場HOPE][[建設通信新聞]]公式blog 2014年7月25日 2017年4月19日閲覧</ref><ref>[http://ameblo.jp/kiichi-naoe108/entry-12261563393.html かなざわの仲間達!(^^)]直江喜一のブログ「セカンドステージ」 2017年4月1日 2017年4月17日閲覧</ref>。
役者を引退後は建設業界に就職し、そのかたわら30歳を過ぎてから[[東京理科大学]][[工学部]]二部建築学科、[[東京建築専門学校]]建築学科に通学、二級[[建築士]]、1級[[建築施工管理技士]]の資格を取得。35歳で[[松井建設]]に転職、2008年10月から多摩営業所所長を務める<ref name=zakzak>[http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20100427/enn1004271554005-n2.htm 【あの人NOW!】金八先生“加藤優役”でブレーク 直江喜一さん] [[夕刊フジ]]2010年4月27日付記事</ref>。プロの俳優としては引退したものの、演劇活動は趣味として続け、友人達と舞台出演もしていた。2014年4月より3年間にわたって北陸支店営業部長として金沢市に赴任<ref>[http://kensetsunewspickup.blogspot.jp/2014/07/hope.html 【けんちくのチカラ】「松井建設営業部長で俳優」の 直江喜一さんと劇場HOPE][[建設通信新聞]]公式blog 2014年7月25日 2017年4月19日閲覧</ref><ref>[http://ameblo.jp/kiichi-naoe108/entry-12261563393.html かなざわの仲間達!(^^)]直江喜一のブログ「セカンドステージ」 2017年4月1日 2017年4月17日閲覧</ref>。


芸能界引退後は妻や2人の子供が一般人であること、さらには公私混同を避けるため『金八先生』の続編・スペシャルや同番組関連のドキュメンタリー番組以外へのテレビ出演や取材を断っていたが、2007年12月の『[[快感MAP]]』のロケで[[西川史子]]から出演を直接交渉された。直江は難色を示していたが、西川の巧みな交渉術で出演を承諾した。出演はわずかの時間だったが、西川のリクエストに応じていた。また[[2008年]][[11月22日]]には『[[あの人は今!?]]』に、[[2009年]][[3月13日]]には『[[2時っチャオ!]]』内[[波田陽区]]のコーナーに出演し、俳優業も再開(後述)した。ハゲて太った事で波田が驚いている。現在は社業に就く傍ら、社の許可が出た場合に限り取材なども受けている<ref>『[[日刊ゲンダイ]]』2009年11月12日号「あの人は今こうしている ― 直江喜一さん・サラリーマンになりいまや松井建設東京支店多摩営業所所長だ」</ref>。またライブ活動も行っている。
芸能界引退後は妻や2人の子供が一般人であること、さらには公私混同を避けるため『金八先生』の続編・スペシャルや同番組関連のドキュメンタリー番組以外へのテレビ出演や取材を断っていたが、2007年12月の『[[快感MAP]]』のロケで[[西川史子]]から出演を直接交渉された。直江は難色を示していたが、西川の巧みな交渉術で出演を承諾した。出演はわずかの時間だったが、西川のリクエストに応じていた。また[[2008年]][[11月22日]]には『[[あの人は今!?]]』に、[[2009年]][[3月13日]]には『[[2時っチャオ!]]』内[[波田陽区]]のコーナーに出演し、俳優業も再開(後述)した。ハゲて太った事で波田が驚いている。現在は社業に就く傍ら、社の許可が出た場合に限り取材なども受けている<ref>『[[日刊ゲンダイ]]』2009年11月12日号「あの人は今こうしている ― 直江喜一さん・サラリーマンになりいまや松井建設東京支店多摩営業所所長だ」</ref>。またライブ活動も行っている。

松井建設本社土木事業本部次長でもある。


[[2017年]]現在、4人の孫がいる。
[[2017年]]現在、4人の孫がいる。

2019年5月22日 (水) 23:45時点における版

なおえ きいち
直江 喜一
生年月日 (1963-01-08) 1963年1月8日(61歳)
出生地 日本の旗 日本, 東京都
民族 日本人
身長 164cm
血液型 O
職業 俳優、会社員
活動期間 1979年 - 1992年
2008年 -
配偶者
著名な家族 子供2人
主な作品
テレビドラマ
3年B組金八先生』加藤優 役
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直江 喜一(なおえ きいち、1963年1月8日 - )は、日本俳優

東京都出身。俳優としてはステージUPスタジオに所属。身長164cm。体重71kg。

来歴・人物

1979年、『3年B組金八先生』の楓中学校・不良生徒役で柳沢慎吾とともに俳優デビュー。

1980年、『3年B組金八先生2』で加藤優役として出演し、「腐ったミカンの方程式」の回でブレイク。後に他のドラマやバラエティ番組に出演し、特に『金八』シリーズを見た若者の人気を得る。

1981年9月25日、シングル『悲しきティーン・エイジャー』、アルバム『オレはオレンジなんかじゃない』をリリース。

1992年3月に芸能界を一旦引退した。その理由は、1歳年下の友人が仕事で数百万の伝票を切っているのを知り、自分も社会人として再出発したいという気持ちが嵩じ、「どうせならやったことのない仕事をやってみよう」という思いが重なったためである。

役者を引退後は建設業界に就職し、そのかたわら30歳を過ぎてから東京理科大学工学部二部建築学科、東京建築専門学校建築学科に通学、二級建築士、1級建築施工管理技士の資格を取得。35歳で松井建設に転職、2008年10月から多摩営業所所長を務める[1]。プロの俳優としては引退したものの、演劇活動は趣味として続け、友人達と舞台出演もしていた。2014年4月より3年間にわたって北陸支店営業部長として金沢市に赴任[2][3]

芸能界引退後は妻や2人の子供が一般人であること、さらには公私混同を避けるため『金八先生』の続編・スペシャルや同番組関連のドキュメンタリー番組以外へのテレビ出演や取材を断っていたが、2007年12月の『快感MAP』のロケで西川史子から出演を直接交渉された。直江は難色を示していたが、西川の巧みな交渉術で出演を承諾した。出演はわずかの時間だったが、西川のリクエストに応じていた。また2008年11月22日には『あの人は今!?』に、2009年3月13日には『2時っチャオ!』内波田陽区のコーナーに出演し、俳優業も再開(後述)した。ハゲて太った事で波田が驚いている。現在は社業に就く傍ら、社の許可が出た場合に限り取材なども受けている[4]。またライブ活動も行っている。

松井建設本社土木事業本部次長でもある。

2017年現在、4人の孫がいる。

エピソード

  • 森田順平を尊敬しており、『金八先生』終了後も交友がある。
  • 『金八先生』第2シリーズの収録終了時に、武田鉄矢は卒業記念として男子生徒役の役者全員に自身のコレクションであるビニ本をプレゼントしていたが、自身と沖田浩之は当時既に18歳だったため、「お前ら二人は自分で買え」と言われビニ本コレクションは貰えなかった。また、武田は直江については沖田とともに期待していた役者であったため、特に厳しくしていたという[5]
  • 『金八先生4』に加藤優役で出演したが、実は本人の知らないところでスタッフの一人が勝手に「直江が出ると言っている」ということにし、台本まで作成されていた。既に一般人になっていたこともあり出演は断ったが、今度は「最初は受けたのに嫌だと言い出した」という話になっていた。さすがに怒った直江だが、「金八で始まった俳優を金八で終わらせるのもいい」と考え直して、妻や会社に頭を下げて回って出演した[6]
  • 週刊新潮2008年12月4日号の連載記事「私の週間食卓日記」では川上麻衣子と同じ事務所に所属している記述があった。

ディスコグラフィ

シングル

  • 悲しきティーン・エイジャー/けんか帰り(1981年、フィリップスレコード
  • 南から/酒でも飲もうや(2012年)

アルバム

  • 俺はオレンジなんかじゃない(1981年、フィリップスレコード)

出演歴

テレビドラマ

映画

舞台

  • 天翔る羊たち
  • ドリスとジョージ
  • 最後のOBASAN(2011年)
  • SARU〜天下を盗んだ兄弟〜(2012年)
  • でんすけ(2012年)

バラエティ

脚注

  1. ^ 【あの人NOW!】金八先生“加藤優役”でブレーク 直江喜一さん 夕刊フジ2010年4月27日付記事
  2. ^ 【けんちくのチカラ】「松井建設営業部長で俳優」の 直江喜一さんと劇場HOPE建設通信新聞公式blog 2014年7月25日 2017年4月19日閲覧
  3. ^ かなざわの仲間達!(^^)直江喜一のブログ「セカンドステージ」 2017年4月1日 2017年4月17日閲覧
  4. ^ 日刊ゲンダイ』2009年11月12日号「あの人は今こうしている ― 直江喜一さん・サラリーマンになりいまや松井建設東京支店多摩営業所所長だ」
  5. ^ フォーカス』1995年12月12日号(新潮社)による。
  6. ^ 光文社『FLASHEXCITING』2008年3月30日増刊号

外部リンク