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| ジャンル = [[サッカー]]中継の実況
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| 公式サイト = [http://www.footmedia.jp/member/akihiro_nomura/ フットメディア・野村明弘]
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| 現在の担当番組 = [[Jリーグ中継]]<br />[[Foot!]]他
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2019年10月1日 (火) 15:57時点における版

のむら あきひろ
野村 明弘
プロフィール
出身地 日本の旗 日本
国籍 東京都青梅市
生年月日 (1975-03-09) 1975年3月9日(49歳)
職歴 長崎文化放送アナウンサーフリーフットメディア所属)
ジャンル サッカー中継の実況
公式サイト フットメディア・野村明弘
担当番組・活動
出演中 Jリーグ中継
Foot!

野村 明弘(のむら あきひろ、1975年3月9日 - )は、フリーアナウンサースポーツコメンテーターフットメディア所属。

略歴

東京都青梅市出身[1]法政大学第一高校を経て[1]法政大学社会学部卒業。高校3年次からマスコミ志望で[2]、就職活動時もアナウンス志望を貫き、自主留年の末[3]1998年長崎文化放送 (ncc) に入社[4]

2002年に長期休暇した際にロンドンパリに旅行に行ったのを機に海外留学の意欲が芽生え[5]2003年9月にnccを退社して単身渡英。昼は語学学校に通い、夜はサッカー三昧という生活を送る[6]2004年1月に一時帰国した際に大学の先輩だった石原敬士を介して西岡明彦から連絡を受け、西岡のフットメディア設立にあたってアナウンサーへの現地情報収集などで協力[6]2005年に帰国後はそのままフットメディアに所属し、スコティッシュ・プレミアリーグを皮切りにプレミアリーグリーグ・アンUEFAチャンピオンズリーグといった海外サッカー中継で実況を務める。

かつて放送されていたリーグ・アン(J SPORTS)では、遠藤雅大とコンビを組むことが多かった。2010/11シーズンのリーグ・アン中継再開後は中山淳とのコンビが多い。2011-12シーズンはUEFAヨーロッパリーグの現地実況を担当した。

2006年、J SPORTSでリーグ・アン中継のハーフタイムに放送された日清食品どん兵衛」のCMに遠藤とともに出演。2007年カンヌ国際広告祭・メディア部門で銅賞を受賞した。どん兵衛のCMでは中山淳とのバージョンもある。

エピソード

  • 青梅市の中でも西側の奥多摩町寄りの山間部出身で[1]、高校進学時(当時法政一高は吉祥寺にあった)に周囲との間でかなりのギャップを感じたという[2]。後にロンドン留学した際は、この時ほどではなかったとのこと。
  • ncc入社当初は「記者兼アナウンサー」として、アナウンサーよりもむしろ記者としての業務を多く担当し[注 1]諫早湾干拓問題を担当したほか、長崎県議会の超党派議員団が北朝鮮を訪問した際にもカメラマン兼レポーター兼記者として同行取材した経験を持つ[4]
  • ncc時代の同僚とは親交が深く、2003年の中途退社も上司に背中を押されての円満退社であったという[5]。フリー転向後も全国高等学校野球選手権長崎大会の実況を担当しているのはこの時の縁が続いていることによるものである[5]
  • 留学時に親交を持った人物の一人にケルン体育大学に留学中だった白石通史(現・湘南ベルマーレコーチ)がいる[6]
  • UEFAチャンピオンズリーグ 2004-05 決勝(いわゆる「イスタンブールの奇跡」)を実況を担当した西岡、解説を担当した粕谷秀樹らと共に現地で観戦している。この時のリヴァプールファンの様子を見て「フットボールはこんなにも人の心を掴むんだ」と改めて感じたという[7]
  • プレミアリーグのチェルシーFCのファンであると公言している。UEFAチャンピオンズリーグの決勝はチェルシーに関係なくほぼ毎年現地観戦しているが、チェルシーが決勝に進んだ07/08シーズンと11/12シーズンは現地観戦できなかった(11/12シーズンは日本でフットボールリーグ・チャンピオンシッププレーオフの実況を担当していた)。ちなみにお気に入りの選手はフランク・ランパード[7]

現在の出演番組

脚注

注記

  1. ^ このことは、入社前の時点で周囲から「テレビ朝日系列の“平成新局”に入社したらほぼ記者の仕事だ」と聞かされていたという[4]

出典

参考資料

外部リンク