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「デルタ航空1141便墜落事故」の版間の差分

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事故当時、パイロットは[[フラップ]]と[[高揚力装置|スラット]]を展開し忘れていた。本来はこのような離陸設定が施されていない状態でエンジン推力を上げると、警報が鳴るようになっているが、事故機の警報装置は故障していて鳴らなかった。
事故当時、パイロットは[[フラップ]]と[[高揚力装置|スラット]]を展開し忘れていた。本来はこのような離陸設定が施されていない状態でエンジン推力を上げると、警報が鳴るようになっているが、事故機の警報装置は故障していて鳴らなかった。
1141便のパイロットは設定ミスに気付かず滑走を開始、[[離陸決心速度|機首引き起こし速度]]を超えたので機首を引き起こしたが、揚力が足りず、少ししか上昇できなかった。機長は機首を上げようとして操縦桿を引き続けたため、翼の上で気流が乱れ、胴体後方のエンジンへの空気の流れが不安定になった。その結果、コンプレッサーストールが発生した。その後、機体の速度がさらに落ち始め、十分に上昇できないまま[[計器着陸装置|ILSローカライザーアンテナ]]に激突した。
1141便のパイロットは設定ミスに気付かず滑走を開始、[[V速度#V1の定義|機首引き起こし速度]]を超えたので機首を引き起こしたが、揚力が足りず、少ししか上昇できなかった。機長は機首を上げようとして操縦桿を引き続けたため、翼の上で気流が乱れ、胴体後方のエンジンへの空気の流れが不安定になった。その結果、コンプレッサーストールが発生した。その後、機体の速度がさらに落ち始め、十分に上昇できないまま[[計器着陸装置|ILSローカライザーアンテナ]]に激突した。
しかし、NTSBは、コンプレッサーのサージがエンジンの推力を大幅に減少させることはないと判断し、飛行機が速度を上げることができなかったのは、エンジン推力の損失よりもむしろ高い迎え角に起因する航空機の空力抵抗によるものであると結論付けた。<ref name="AAR-89-04 Final Report"/>{{rp|70}}
しかし、NTSBは、コンプレッサーのサージがエンジンの推力を大幅に減少させることはないと判断し、飛行機が速度を上げることができなかったのは、エンジン推力の損失よりもむしろ高い迎え角に起因する航空機の空力抵抗によるものであると結論付けた。<ref name="AAR-89-04 Final Report"/>{{rp|70}}



2020年1月21日 (火) 11:45時点における版

デルタ航空1141便
事故機の残骸
出来事の概要
日付 1988年8月31日
概要 フラップの出し忘れ、及び警報装置の故障による離陸失敗[1]:v
現場 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ダラス・フォートワース国際空港
北緯32度52分13秒 西経097度03分04秒 / 北緯32.87028度 西経97.05111度 / 32.87028; -97.05111座標: 北緯32度52分13秒 西経097度03分04秒 / 北緯32.87028度 西経97.05111度 / 32.87028; -97.05111
乗客数 101
乗員数 7
負傷者数 76
死者数 14
生存者数 94
機種 ボーイング727-232Adv
運用者 アメリカ合衆国の旗 デルタ航空
機体記号 N473DA
出発地 アメリカ合衆国の旗 ジャクソン・エヴァース国際空港
経由地 アメリカ合衆国の旗 ダラス・フォートワース国際空港
目的地 アメリカ合衆国の旗 ソルトレイクシティ国際空港
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デルタ航空1141便墜落事故とは、1988年ダラス・フォートワース国際空港で発生したデルタ航空ボーイング727による離陸失敗事故である。

事故の概略

航空機と乗務員

同型機のボーイング727-232Adv

事故発生

1141便は午前8時30分にDFWのゲートを出発し、地上管制官は滑走路18Lへのタキシングを許可した。午前8時59分17秒に離陸承認され、滑走路18Lを滑走し始めた。VR(機首引き起こし速度)を超え、機首を引き起こすまでは正常だった。しかし尾翼が滑走路と接触し、上昇したものの機体は大きく左右に揺れ始めた。その後、右に大きく傾き[1]:2、約650フィート (200 m)ほど飛んだ後、右翼の端が滑走路に接触[1]:14。その後エンジンがサージングを起こしたため、十分な高度が得られず、また安定した飛行もできなかった[1]:70。1141便は、滑走路を約900フィート (270 m)ほど超えた後、ILSローカライザーアンテナに激突し右翼が炎上[1]:14–16,84。1141便は衝突後も約400フィート (120 m)ほど飛行し続けた後、地面に激突。尾翼部の残骸を残して約800フィート (240 m)ほど横滑りし[1]:14、最終的に滑走路から3,200フィート (980 m)離れた地点で停止した。これにより機体は機首がへし折れ、右翼の火災が機体後部にまで及んだ[1]:30。また離陸してから地面に激突するまでおよそ22秒間飛行した[1]:55[2][3]

この事故でパイロット3名は生還したが、乗員・乗客108名のうち客室乗務員2名、乗客12名の合計14名が死亡し、26名が重傷、50名が軽傷を負った。

1141便の座席表。クリックし拡大すると凡例を見ることができる。

事故原因

1989年9月26日NTSB (国家安全運輸委員会)は、事故報告書を公表した。

事故当時、パイロットはフラップスラットを展開し忘れていた。本来はこのような離陸設定が施されていない状態でエンジン推力を上げると、警報が鳴るようになっているが、事故機の警報装置は故障していて鳴らなかった。 1141便のパイロットは設定ミスに気付かず滑走を開始、機首引き起こし速度を超えたので機首を引き起こしたが、揚力が足りず、少ししか上昇できなかった。機長は機首を上げようとして操縦桿を引き続けたため、翼の上で気流が乱れ、胴体後方のエンジンへの空気の流れが不安定になった。その結果、コンプレッサーストールが発生した。その後、機体の速度がさらに落ち始め、十分に上昇できないままILSローカライザーアンテナに激突した。 しかし、NTSBは、コンプレッサーのサージがエンジンの推力を大幅に減少させることはないと判断し、飛行機が速度を上げることができなかったのは、エンジン推力の損失よりもむしろ高い迎え角に起因する航空機の空力抵抗によるものであると結論付けた。[1]:70

またCVRにはパイロットが客室乗務員との会話に夢中になっている様子が残されており、「会話に夢中になるあまり注意散漫になりチェックリストを見落とした」と考えられている。また、この事故のおよそ1年前の1987年8月16日ノースウエスト航空255便ダグラス DC-9-82)が、全くと言っていいほど同じ原因で墜落(離陸時にフラップを展開し忘れたため墜落)していたこともあり、FAAはステライルコックピット(航空機が高度約3000メートル以下を飛行する間、客室乗務員からコックピットへの連絡を原則として禁止すること)を厳守するように警告した。

関連項目

映像化

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i "Aircraft Accident Report: Delta Air Lines, Inc.; Boeing 727-232, N473DA; Dallas-Fort Worth International Airport, Texas; August 31, 1988" (Document). National Transportation Safety Board. 26 September 1989. AAR-89/04。 {{cite document}}: 不明な引数|accessdate=は無視されます。 (説明); 不明な引数|url=は無視されます。 (説明)
  2. ^ ASN Accident Description”. Aviation-safety.net. 2013年6月10日閲覧。
  3. ^ Special Reports: Delta Air Lines Flight 1141”. Airdisaster.com. 2013年6月10日閲覧。

外部リンク