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交接腕（こうせつわん、hectocotylus, hectocotylized arm）は、頭足類において、雄が交接の際に、雌に精子の入った精包を受け渡すために特殊化した腕である^[1]^[2]。交接腕となる腕は種によって決まっており、特定の1対または1本が成熟とともに変形する^[2]。タコ類（八腕形目）、ツツイカ類、コウイカ類、ミミイカ類、オウムガイ類など系統ごとに位置や構造が大きく異なるため、それぞれで独立に進化したと考えられる^[3]。生殖腕（せいしょくわん）^[2]^[4]や化茎腕（かけいわん）^[2]とも呼ばれる。

性成熟とともに特定の腕が交接腕に変化する現象を化茎現象（かけいげんしょう、hectocotylization）という^[2]。

概要

軟体動物は雌雄同体のものや性転換をするものも多いが、頭足類は雌雄異体で、性転換しない^[5]^[6]。また多くの動物が行う生殖器によって直接行う交尾とは違い、頭足類の生殖行動は腕を使って行われるため交接と呼ばれる^[7]^[6]^[8]。

頭足類の精子は精巣に付随する腺（精包腺および副精包腺）で束ねられて精包（精莢、spermatophore）となって外套腔内にある陰茎（penis）から発射される^[9]。精包は一度外套腔内に放出され^[6]、漏斗から体外に放出される^[4]。交接腕はこの精包の受け渡しに用いられる^[2]^[10]。

タコ類（八腕形目）では第3腕の左右一方が交接腕となるが、イカ類（十腕形上目）では第4腕か第1腕の左右一方または両方が交接腕となるものや、欠くものも見られる^[1]^[10]。コウモリダコは交接腕を欠く^[1]。

タコでは交接の際、精包は交接腕を雌の外套腔に挿入することで、受け渡される^[4]^[11]。コウイカ類では交接腕を使って雌の口球を取り巻く外唇部に精包の先端を押し付けることで、精包の外鞘が破れ、精子塊が雌の体に植えつけられる^[12]。交接腕を持つツツイカ類でも同様であるが、ツメイカ Onychoteuthis borealijaponica のように雌の外套膜を切り裂いて精子を埋め込むものや、テカギイカ科のように雌の外套内壁の輸卵管開口に植えつけるものも知られる^[12]。

構造

交接腕には、特別な吸盤や精包を掴むための構造が発達する^[10]。

八腕類

タコ類（八腕形目）の交接腕の基部は通常腕のように吸盤が並ぶが、先端部は吸盤を欠く^[4]。先端は匙状や箆状となり、舌状片（ぜつじょうへん、ligula）^[4]^[1]^[5]、または交接片（こうせつへん、ligula copulata, genital lobe）と呼ばれる^[13]。舌状片の基部には円錐形の突起があり、円錐体（えんすいたい、calamus）^[4]、または交接基（こうせつき；交接翮、こうせつかく、calamus copulatus）^[13]^[3]、乳頭^[5]などと呼ばれる。

生殖腕の基部には溝が走り、漏斗から出された精包が舌状片まで輸送される^[4]^[2]。この溝を精莢溝（せいきょうこう）^[4]^[14]^[15]または精溝（せいこう、seminal channel）という^[16]^[13]。

多くの交接腕は対腕よりも短いが^[4]^[16]、カイダコ上科の交接腕は雄の外套長よりも著しく大きく、交接時に切離される（#カイダコ上科の交接腕を参照）。

十腕類

ツツイカ類の交接腕

ヨーロッパコウイカ Sepia officinalis Linnaeus, 1758 の通常腕と交接腕 (h.a.)

イカ類（十腕形上目）の交接腕には、腕の先端寄りの吸盤のいくつかが消失して吸盤柄が櫛の歯状に並ぶもの^[2]^[17]、吸盤が乳頭状突起に変形するもの^[1]、特別な膜や突起を生じるものが知られる^[2]。閉眼類では、左第4腕が交接腕化すると半分程度の吸盤がなくなり、吸盤柄が肥大する^[18]。

一部のイカ類では交接腕を欠く^[1]^{[注釈 1]}。交接腕を持たないものでは、雄は漏斗よりも長く伸ばすことのできる細長い陰茎を持ち、それを使って精包を雌に埋め込む^[3]。

オウムガイ類

オウムガイ類の腕は多数あり、吸盤を持たず^[20]、触手と呼ばれる^[21]。オウムガイ類の雄が持つ交接腕は円錐形で、触手幹（スペイディクス、spadix）と呼ばれる^[16]^[22]^[10]。これを用いて雌の薄葉部位（lamellated region）に精包を付着させる^[16]。

多様性

種によって交接腕となる腕や位置、形などは異なり、種ごとに一定である^[2]^[1]。そのため、同定に極めて重要な識別形質となる^[4]。

交接腕の位置

タコ類（八腕形目）は右第3腕または左第3腕が交接腕となる^[1]。マダコ科の多くは右第3腕が交接腕となる^[23]。しかしマダコ科でも、イッカクダコ Scaeurgus patagiatus は左第3腕が交接腕化するため、左手を意味する弓手（ゆんで）から、「ゆんでだこ」という仮称が付けられていた^[24]。

イカ類（十腕形上目）では第4腕または第1腕が交接腕となる^[1]。特に左第4腕が交接腕化することが多い^[10]^[18]。ダンゴイカ科では第1腕が用いられるもの以外に、第2腕が用いられるものも知られる^[10]。種によっては、アカイカ Ommastrephes bartramii やニセアカイカ Sthenoteuthis pteropus のように、右または左第4腕と左右に個体変異があるものも存在する^[25]。

左第1腕: ダンゴイカ Sepiola birostrata^[26]、ミミイカ Euprymna morsei^[27]
両第1腕: ボウズイカ Rossia pacifica^[28]
右第2腕: チチュウカイヒカリダンゴイカ Heteroteuthis dispar^[29]
右第3腕: マダコ Octopus sininsis^[16]、アミダコ科^[1]、ムラサキダコ科^[1]、カンテンダコ科^[30]
左第3腕: アオイガイ科（アオイガイ Argonauta argo など）^[1]、イッカクダコ Scaeurgus patagiatus^[24]
左第4腕: コウイカ科^[31]^[10]、ヤリイカ科^[10]^{[注釈 2]}、ミミイカダマシ Sepiadarium kochi^[35]
右第4腕: スルメイカ Todarodes pacifcus^[17]、トビイカ Sthenoteuthis oualaniensis^[36]、ホタルイカ Watasenia scintillans^[37]
両第4腕: ヒメイカ Idiosepius paradoxus^[38]^{[注釈 3]}、トグロコウイカ Spirula spirula^[31]^[39]

交接腕の形

タコ類では、交接腕における舌状片の長さが種によって異なっており、交接腕全長に対する舌状片の長さの比（%）を舌状片指数と呼ぶ^[15]^[40]。舌状片指数は、マダコ Octopus sinensis では3.3–5.5、イイダコ Amphioctopus fangsiao では4–6、ワモンダコ 'Octopus' cyanea では1.3、ヒョウモンダコ Hapalochlaena fasciata では8.3、ミズダコ Enteroctopus dofleini では16–25である^[40]。

シマダコ属 Callistoctopus の舌状片は一般に長円錐形である^[41]。テナガダコ Callistoctopus minor は舌状片が匙状（杓子状）となることから、「しゃくしだこ」と呼ばれた^[42]。舌状片は匙状や箆状だけでなく、筒状や紐状のものもある^[5]。ミズダコの舌状片は長く、円筒形をしている^[5]。

クラゲダコ Amphitretus pelagicus の交接腕は先端部が扁平で、その部分の吸盤が小球状となって2列に並び、基部は広くなって三角形の鰭状を呈する^[23]。インドダコ Cistopus indicus の交接腕は先端に交接基や舌状片を欠く^[43]。イッカクダコ属の舌状片は大型で、幅広く、両縁は内側に巻き、交接基も大きい^[23]。

カイダコ上科の交接腕

アオイガイ科（カイダコ科）、ムラサキダコ科、アミダコ科、カンテンダコ科からなるカイダコ上科 Argonautidae に属する浮遊性のタコは顕著な性的二形を示し、その雄は矮雄となる^[44]^[45]^[4]。これらの矮雄の第3腕は、基部から嚢状に伸びた皮膚に覆われた交接腕となって、交接時に膜が破裂して切離し、雌の外套腔内に残される^[16]^[2]^[4]^[46]。なお、カンテンダコの交接腕は右眼の前にある目立たないポケットとして発生するため、あたかも7本足のように見え、英語では 'seven-arm octopus' と呼ばれる^[47]。カイダコ上科の矮雄は発生の途中で第3腕が膜に覆われ、その中にコイル状に長い交接腕が成長し、雄の体長を超える^[46]。切離された交接腕の本体は50–100個の吸盤を具え、先端に精子が詰まった袋（spermatophore reservoir）と尾状（糸状）のペニス（penis）を持つ^[48]^[49]。

カイダコ上科の交接腕

チヂミタコブネ Argonauta bottgeri の切離された交接腕

カンテンダコ Haliphron atlanticus の切離された交接腕

アミダコ Ocythoe tuberculata の切離された交接腕

研究史

キュヴィエが記載したヘクトコチルス *Hectocotylus octopodis* の図版。

古代ギリシアのアリストテレスもその存在を認識していた^[1]。著作『動物誌』第5巻第6章において、「巻腕の一つに陰茎状の部分があり、こういうものは腱状を呈し、巻腕に付着して、全長はその中央部に及んでいるが、これを雌の"鼻"の中に差し込むのである」と記述している^[50]。しかし、その後ヨーロッパでは近世まで忘れ去られた^[1]。

1825年、イタリアの博物学者デッレ・キアイェがアオイガイ（カイダコ） Argonauta argo の雌の外套腔内に残った交接腕の断片を寄生虫（鞭虫）と誤認し、Trichocephalus acetabularis として記載した^[1]^[51]^[52]。

1829年には、同様にフランスの著名な博物学者キュヴィエがアミダコ Ocythoe tuberculata の雌の外套腔内に残った交接腕の断片を Hectocotylus octopodis（ヘクトコチルス・オクトポディス^[8]、タコの百個の吸盤）と名付けた^[1]^[4]^[53]^{[注釈 4]}。Hectocotylus octopodis は自然史博物館の解剖学展示室の管理人ロリヤール (M. Laurillard) が、ニースで漁獲されたタコから発見したものである^[55]。キュヴィエはこのタコはラマルクが Poulpe granuleux と名付けたものであると述べており、チチュウカイマダコ Octopus vulgaris やジャコウダコ Eledone には見つからないため、この種に特有であると述べている^[56]^{[注釈 5]}。属名ヘクトコチルス Hectocotylus は「百個の吸盤（疣）」を意味し^[1]、百疣虫と和訳される^[11]^[4]^[46]。これは現在でも、英語で交接腕を表す用語 hectocotylus（ヘクトコチルス^[59]）に残っている^[2]^[8]^[11]。

1845年–1846年にケリカーが、アオイガイのヘクトコチルス H. argonautae について解剖し、再検討したところ、頭足類特有の色素胞や雌に似た吸盤、そして空所に精子を見つけた^[1]^[46]^[60]^[61]。そのため、ヘクトコチルスはアオイガイの雄個体そのものであるという説を立てた^[45]^[46]。1849年には1本の腕であるはずのヘクトコチルスに消化管（腸）や循環系（心臓）、生殖系を識別し、詳細な解剖図を作成した^[1]^[46]^[62]。

1853年、ハインリッヒ・ミュラーがメッシーナ海峡から得られたプランクトン標本から、タコの姿をしたアオイガイの雄個体を発見し^[46]^[63]、ヘクトコチルスは切り離された雄の交接腕であるということが示された^[1]。

脚注

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注釈

^ 例えば、タコイカ Gonatopsis borealis^[19]。
^ ヤリイカ Heterololigo bleekeri^[32]、アオリイカ Sepioteuthis lessoniana^[33]、ケンサキイカ Uroteuthis edulis^[34] など
^ うち右第4腕には肉襞が見られ、左第4腕の先端には半月形の膜を生じる^[38]。
^ キュヴィエはアオイガイから見つけた交接腕を Hectocotylus octopodis と名付けたともする文献も見られるが^[8]^[11]、これは誤りである。キュヴィエはデッレ・キアイェが記載したアオイガイの交接腕を引用して Hectocotylus argonautae と名付けており^[54]、Hectocotylus octopodis は別の種のタコから捕られたと認識している。
^ この Poulpe granuleux は、ラマルクが "2. Poulpe granuleux Octopus granulatus Octopus corpore tuberculis sparsis granulato, cotyledonibus crebis biserialibus."〔ママ〕「このタコは顆粒状の散在する疣を伴う体からなり、二列に並ぶ数多くの腕の吸盤を持つ」と記載したものである^[57]。これは Amphioctopus burryi の古参異名かもしれないとされるが^[58]、イイダコ属 Amphioctopus は交接腕を切り離さないため、ここで言及される種ではない。

出典

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+[[File:Tremoctopus violaceus5.jpg|thumb|300px|大きな交接腕を持つ[[ムラサキダコ]] {{Snamei||Tremoctopus violaceus}} の[[矮雄]]。交接時には切り離される。]]
-'''交接腕'''（こうせつわん）は[[頭足類]]の[[雄]]が[[雌]]に[[精子]]の入った[[精包]]を受け渡すために特殊化した腕。[[陰茎]]の役割を果たしており、精包を乗せるための溝がある。
+'''交接腕'''（こうせつわん、{{En|hectocotylus, hectocotylized arm}}）は、[[頭足類]]において、[[雄]]が[[交接]]の際に、[[雌]]に[[精子]]の入った[[精包]]を受け渡すために特殊化した[[腕 (頭足類)|腕]]である{{Sfn|瀧|1999|p=343}}{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}。交接腕となる腕は種によって決まっており、特定の1対または1本が成熟とともに変形する{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}。[[タコ]]類（八腕形目）、[[ツツイカ類]]、[[コウイカ類]]、[[ミミイカ類]]、[[オウムガイ類]]など系統ごとに位置や構造が大きく異なるため、それぞれで独立に進化したと考えられる{{Sfn|ハンロンほか|2020|p=37}}。'''生殖腕'''（せいしょくわん）{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}や'''化茎腕'''（かけいわん）{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}とも呼ばれる。
+性成熟とともに特定の腕が交接腕に変化する現象を'''化茎現象'''（かけいげんしょう、{{en|hectocotylization}}）という{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}。
-雄の頭足類の腕の1本ないし2本が交接腕であり、[[コウイカ]]、[[ヤリイカ]]、[[ケンサキイカ]]などでは左第4腕、[[スルメイカ]]、[[ホタルイカ]]などでは右第4腕、[[ミミイカ]]、[[ダンゴイカ]]などでは左第1腕、[[ヒメイカ]]では両第4腕とまちまちである。
+== 概要 ==
-[[アミダコ]]や[[カイダコ]]など、雄が雌よりも極端に小さな種でも、交接腕だけが本体よりも長く発達し、交接腕を切り離して雌の[[外套膜]]腔に入れて受精を行う。
+[[軟体動物]]は[[雌雄同体]]のものや[[性転換]]をするものも多いが、頭足類は[[雌雄異体]]で、性転換しない{{Sfn|大久保|1994|p=48}}{{Sfn|瀧|1999|p=328}}。また多くの動物が行う[[生殖器]]によって直接行う[[交尾]]とは違い、頭足類の生殖行動は腕を使って行われるため'''[[交接]]'''と呼ばれる{{Sfn|奥谷|2013|p=15}}{{Sfn|瀧|1999|p=328}}{{Sfn|大久保|1994|p=50}}。
-この切り離された交接腕を見たフランスの[[ジョルジュ・キュヴィエ]]はこれを[[寄生虫]]の一種だとみなして"Hectocotylus"（百疣虫）の属名を付けた。後に真相が究明されても、交接腕の英称としてhectocotylusは残された。
+頭足類の[[精子]]は[[精巣]]に付随する腺（[[精包腺]]および[[副精包腺]]）で束ねられて'''[[精包]]'''（精莢、{{En|spermatophore}}）となって[[外套腔]]内にある[[陰茎]]（{{En|penis}}）から発射される{{Sfn|瀧|1999|p=342}}。精包は一度外套腔内に放出され{{Sfn|瀧|1999|p=328}}、漏斗から体外に放出される{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}。交接腕はこの精包の受け渡しに用いられる{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}{{Sfn|佐々木|2010|p=263}}。
-交接腕の形状は分類に役立ち、多くの種で緻密な構造を持つ。しかしながら[[カンテンダコ]]の雄の交接腕は右目の前にある目立たない嚢状となっており、あたかも7本足のタコであるかの様に見える。
+[[タコ]]類（八腕形目）では第3腕の左右一方が交接腕となるが、[[イカ]]類（十腕形上目）では第4腕か第1腕の左右一方または両方が交接腕となるものや、欠くものも見られる{{Sfn|瀧|1999|p=343}}{{Sfn|佐々木|2010|p=263}}。[[コウモリダコ]]は交接腕を欠く{{Sfn|瀧|1999|p=343}}。
+タコでは交接の際、精包は交接腕を雌の[[外套腔]]に挿入することで、受け渡される{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}{{Sfn|シュヴァイド|2014|p=19}}。[[コウイカ類]]では交接腕を使って雌の[[口球]]を取り巻く外唇部に精包の先端を押し付けることで、精包の外鞘が破れ、精子塊が雌の体に植えつけられる{{Sfn|窪寺|2002|p=58}}。交接腕を持つ[[ツツイカ類]]でも同様であるが、[[ツメイカ]] {{Snamei||Onychoteuthis borealijaponica}} のように雌の外套膜を切り裂いて精子を埋め込むものや、[[テカギイカ科]]のように雌の外套内壁の輸卵管開口に植えつけるものも知られる{{Sfn|窪寺|2002|p=58}}。
+== 構造 ==
+交接腕には、特別な吸盤や精包を掴むための構造が発達する{{Sfn|佐々木|2010|p=263}}。
+=== 八腕類 ===
+[[File:Hectocotylized arm of an octopod.jpg|thumb|300px|タコの交接腕の構造。]]
+[[タコ]]類（八腕形目）の交接腕の基部は[[通常腕]]のように吸盤が並ぶが、先端部は吸盤を欠く{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}。先端は匙状や箆状となり、'''舌状片'''（ぜつじょうへん、{{En|ligula}}）{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}{{Sfn|瀧|1999|p=343}}{{Sfn|大久保|1994|p=48}}、{{Small|または}}交接片（こうせつへん、{{la|ligula copulata}}, {{En|genital lobe}}）と呼ばれる{{Sfn|広島大学生物学会|1971|loc=Plate 80}}。舌状片の基部には円錐形の突起があり、'''円錐体'''（えんすいたい、{{En|calamus}}）{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}、{{Small|または}}'''交接基'''（こうせつき；交接翮、こうせつかく、{{la|calamus copulatus}}）{{Sfn|広島大学生物学会|1971|loc=Plate 80}}{{Sfn|ハンロンほか|2020|p=37}}、乳頭{{Sfn|大久保|1994|p=48}}などと呼ばれる。
+生殖腕の基部には溝が走り、漏斗から出された精包が舌状片まで輸送される{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}。この溝を'''精莢溝'''（せいきょうこう）{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}{{Sfn|奥谷|1991|p=35}}{{Sfn|大久保|1994|p=49}}{{Small|または}}'''精溝'''（せいこう、{{En|seminal channel}}）という{{Sfn|瀧|1999|p=344}}{{Sfn|広島大学生物学会|1971|loc=Plate 80}}。
+多くの交接腕は対腕よりも短いが{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}{{Sfn|瀧|1999|p=344}}、カイダコ上科の交接腕は雄の外套長よりも著しく大きく、交接時に切離される（[[#カイダコ上科の交接腕]]を参照）。
+=== 十腕類 ===
+{{multiple image
+|align=right
+|total_width=500
+|image1 =Hectocotylized arm of a squid.jpg
+|caption1 =[[ツツイカ類]]の交接腕
+|image2 =FMIB 48755 Hetocotylised arm (h,a) of Sepia officinalis L, shown in contrast to one of the ordinary sessile arms.jpeg
+|caption2 =[[ヨーロッパコウイカ]] {{snamei|Sepia officinalis}} {{small|{{AUY|Linnaeus|1758}}}} の通常腕と交接腕 (h.a.)
+}}
+[[イカ]]類（十腕形上目）の交接腕には、腕の先端寄りの吸盤のいくつかが消失して吸盤柄が櫛の歯状に並ぶもの{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}{{Sfn|奥谷|2015|p=189}}、吸盤が乳頭状突起に変形するもの{{Sfn|瀧|1999|p=343}}、特別な膜や突起を生じるものが知られる{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}。[[閉眼類]]では、左第4腕が交接腕化すると半分程度の吸盤がなくなり、吸盤柄が肥大する{{Sfn|奥谷|1989|p=126}}。
+一部のイカ類では交接腕を欠く{{Sfn|瀧|1999|p=343}}{{Efn|例えば、[[タコイカ]] {{snamei||Gonatopsis borealis}}{{Sfn|奥谷|2015|p=161}}。}}。交接腕を持たないものでは、雄は漏斗よりも長く伸ばすことのできる細長い陰茎を持ち、それを使って精包を雌に埋め込む{{Sfn|ハンロンほか|2020|p=37}}。
+=== オウムガイ類 ===
+[[オウムガイ類]]の腕は多数あり、吸盤を持たず{{Sfn|佐々木|2010|pp=190–191}}、触手と呼ばれる{{Sfn|瀧|1999|p=334}}。オウムガイ類の雄が持つ交接腕は円錐形で、'''触手幹'''（スペイディクス、{{En|spadix}}）と呼ばれる{{Sfn|瀧|1999|p=344}}{{Sfn|スターフ|2018|pp=100–102}}{{Sfn|佐々木|2010|p=263}}。これを用いて雌の薄葉部位（{{en|lamellated region}}）に精包を付着させる{{Sfn|瀧|1999|p=344}}。
+== 多様性 ==
+[[種 (分類学)|種]]によって交接腕となる腕や位置、形などは異なり、種ごとに一定である{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}{{Sfn|瀧|1999|p=343}}。そのため、同定に極めて重要な識別形質となる{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}。
+=== 交接腕の位置 ===
+[[File:Abraliopsis morisi hectocotylus-English.jpg|thumb|350px|[[モーリスホタルイカ]] {{Snamei|Abraliopsis atlantica}}。両第4腕が交接腕となる。]]
+[[タコ]]類（八腕形目）は右[[第3腕]]または左第3腕が交接腕となる{{Sfn|瀧|1999|p=343}}。[[マダコ科]]の多くは右第3腕が交接腕となる{{Sfn|瀧|1999|p=377}}。しかしマダコ科でも、[[イッカクダコ]] {{Snamei||Scaeurgus patagiatus}} は左第3腕が交接腕化するため、左手を意味する[[弓手]]（ゆんで）から、「ゆんでだこ」という仮称が付けられていた{{Sfn|奥谷|2002|p=148}}。
+[[イカ]]類（十腕形上目）では[[第4腕]]または[[第1腕]]が交接腕となる{{Sfn|瀧|1999|p=343}}。特に左第4腕が交接腕化することが多い{{Sfn|佐々木|2010|p=263}}{{Sfn|奥谷|1989|p=126}}。[[ダンゴイカ科]]では第1腕が用いられるもの以外に、[[第2腕]]が用いられるものも知られる{{Sfn|佐々木|2010|p=263}}。種によっては、[[アカイカ]] {{snamei||Ommastrephes bartramii}} や[[ニセアカイカ]] {{snamei||Sthenoteuthis pteropus}} のように、右または左第4腕と左右に個体変異があるものも存在する{{Sfn|奥谷|2015|pp=196–198}}。
+;左第1腕
+:[[ダンゴイカ]] {{snamei||Sepiola birostrata}}{{Sfn|奥谷|2015|p=61}}、[[ミミイカ]] {{snamei||Euprymna morsei}}{{Sfn|奥谷|2015|p=62}}
+;両第1腕
+:[[ボウズイカ]] {{snamei||Rossia pacifica}}{{Sfn|奥谷|2015|p=64}}
+;右第2腕
+:[[チチュウカイヒカリダンゴイカ]] {{snamei||Heteroteuthis dispar}}{{Sfn|Hoving ''et al.''|2008|pp=219–230}}
+;右第3腕
+:[[マダコ]] {{snamei||Octopus sininsis}}{{Sfn|瀧|1999|p=344}}、[[アミダコ科]]{{Sfn|瀧|1999|p=343}}、[[ムラサキダコ科]]{{Sfn|瀧|1999|p=343}}、[[カンテンダコ科]]{{Sfn|瀧|1999|p=380}}
+;左第3腕
+:[[アオイガイ科]]（[[アオイガイ]] {{snamei||Argonauta argo}} など）{{Sfn|瀧|1999|p=343}}、[[イッカクダコ]] {{Snamei||Scaeurgus patagiatus}}{{Sfn|奥谷|2002|p=148}}
+;左第4腕
+:[[コウイカ科]]{{Sfn|瀧|1999|p=367}}{{Sfn|佐々木|2010|p=263}}、[[ヤリイカ科]]{{Sfn|佐々木|2010|p=263}}{{Efn|[[ヤリイカ]] {{snamei||Heterololigo bleekeri}}{{Sfn|奥谷|2015|p=95}}、[[アオリイカ]] {{snamei||Sepioteuthis lessoniana}}{{Sfn|奥谷|2015|p=97}}、[[ケンサキイカ]] {{snamei||Uroteuthis edulis}}{{Sfn|奥谷|2015|p=93}} など}}、[[ミミイカダマシ]] {{snamei||Sepiadarium kochi}}{{Sfn|奥谷|2015|p=59}}
+;右第4腕
+:[[スルメイカ]] {{snamei||Todarodes pacifcus}}{{Sfn|奥谷|2015|p=189}}、[[トビイカ]] {{snamei||Sthenoteuthis oualaniensis}}{{Sfn|奥谷|2015|p=197}}、[[ホタルイカ]] {{snamei||Watasenia scintillans}}{{Sfn|奥谷|2015|p=128}}
+;両第4腕
+:[[ヒメイカ]] {{snamei||Idiosepius paradoxus}}{{Sfn|奥谷|2015|p=90}}{{Efn|うち右第4腕には肉襞が見られ、左第4腕の先端には半月形の膜を生じる{{Sfn|奥谷|2015|p=90}}。}}、[[トグロコウイカ]] {{snamei||Spirula spirula}}{{Sfn|瀧|1999|p=367}}{{Sfn|奥谷|2015|p=58}}
+=== 交接腕の形 ===
+[[File:Scaeurgus patagiatus hectocotylus-2.jpg|thumb|300px|[[イッカクダコ]] {{Snamei||Scaeurgus patagiatus}} の交接腕]]
+タコ類では、交接腕における舌状片の長さが種によって異なっており、交接腕全長に対する舌状片の長さの比（%）を'''舌状片指数'''と呼ぶ{{Sfn|大久保|1994|p=49}}{{Sfn|奥谷|1994|p=40}}。舌状片指数は、[[マダコ]] {{snamei||Octopus sinensis}} では3.3–5.5、[[イイダコ]] {{snamei||Amphioctopus fangsiao}} では4–6、[[ワモンダコ]] {{snamei||Octopus cyanea|'Octopus' cyanea}} では1.3、[[ヒョウモンダコ]] {{snamei||Hapalochlaena  fasciata}} では8.3、[[ミズダコ]] {{snamei||Enteroctopus dofleini}} では16–25である{{Sfn|奥谷|1994|p=40}}。
+[[シマダコ属]] {{Snamei||Callistoctopus}} の舌状片は一般に長円錐形である{{Sfn|瀧|1999|p=379}}。[[テナガダコ]] {{Snamei||Callistoctopus minor}} は舌状片が匙状（杓子状）となることから、「しゃくしだこ」と呼ばれた{{Sfn|奥谷|2002|p=147}}。舌状片は匙状や箆状だけでなく、筒状や紐状のものもある{{Sfn|大久保|1994|p=48}}。ミズダコの舌状片は長く、円筒形をしている{{Sfn|大久保|1994|p=48}}。
+[[クラゲダコ]] {{Snamei||Amphitretus pelagicus}} の交接腕は先端部が扁平で、その部分の吸盤が小球状となって2列に並び、基部は広くなって三角形の鰭状を呈する{{Sfn|瀧|1999|p=377}}。[[インドダコ]] {{Snamei|Cistopus indicus}} の交接腕は先端に交接基や舌状片を欠く{{Sfn|瀧|1999|p=378}}。[[イッカクダコ属]]の舌状片は大型で、幅広く、両縁は内側に巻き、交接基も大きい{{Sfn|瀧|1999|p=377}}。
+=== カイダコ上科の交接腕 ===
+[[アオイガイ科]]（カイダコ科）、[[ムラサキダコ科]]、[[アミダコ科]]、[[カンテンダコ科]]からなる[[カイダコ上科]] {{sname||Argonautidae}} に属する浮遊性のタコは顕著な[[性的二形]]を示し、その雄は[[矮雄]]となる{{Sfn|Finn|2016|p=225}}{{Sfn|Battaglia ''et al.''|2021|pp=980–986}}{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}。これらの矮雄の[[第3腕]]は、基部から嚢状に伸びた皮膚に覆われた交接腕となって、交接時に膜が破裂して切離し、雌の外套腔内に残される{{Sfn|瀧|1999|p=344}}{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}{{Sfn|奥谷|1994|p=72}}。なお、[[カンテンダコ]]の交接腕は右眼の前にある目立たないポケットとして発生するため、あたかも7本足のように見え、英語では {{En|'seven-arm octopus'}} と呼ばれる{{Sfn|Roura ''et al.''|2024|p=1}}。カイダコ上科の矮雄は発生の途中で第3腕が膜に覆われ、その中にコイル状に長い交接腕が成長し、雄の体長を超える{{Sfn|奥谷|1994|p=72}}。切離された交接腕の本体は50–100個の吸盤を具え、先端に精子が詰まった袋（{{En|spermatophore reservoir}}）と尾状（糸状）のペニス（{{En|penis}}）を持つ{{Sfn|奥谷|1994|p=73}}{{Sfn|Roura ''et al.''|2024|p=6}}。
+{{multiple image
+|header=カイダコ上科の交接腕
+|align=center
+|total_width=700
+|image1=Argonauta bottgeri hectocotylus-2.jpg
+|caption1=[[チヂミタコブネ]] {{snamei|Argonauta bottgeri}} の切離された交接腕
+|image2=Haliphron atlanticus hectocotylus.jpg
+|caption2=[[カンテンダコ]] {{snamei||Haliphron atlanticus}} の切離された交接腕
+|image3=Ocythoe tuberculata hectocotylus.jpg
+|caption3=[[アミダコ]] {{Snamei||Ocythoe tuberculata}} の切離された交接腕
+}}
+== 研究史 ==
+[[File:Hectocotyle1.jpg|thumb|200px|キュヴィエが記載したヘクトコチルス {{Snamei|Hectocotylus octopodis}} の図版。]]
+[[古代ギリシア]]の[[アリストテレス]]もその存在を認識していた{{Sfn|瀧|1999|p=343}}。著作『[[動物誌 (アリストテレス)|動物誌]]』第5巻第6章において、「[[腕 (頭足類)|巻腕]]の一つに[[陰茎]]状の部分があり、こういうものは腱状を呈し、巻腕に付着して、全長はその中央部に及んでいるが、これを雌の"[[漏斗 (頭足類)|鼻]]"の中に差し込むのである」と記述している{{Sfn|シュヴァイド|2014|p=20}}。しかし、その後ヨーロッパでは[[近世]]まで忘れ去られた{{Sfn|瀧|1999|p=343}}。
+[[1825年]]、[[イタリア]]の博物学者[[ステファーノ・デッレ・チアジェ|デッレ・キアイェ]]が[[アオイガイ]]（カイダコ） {{snamei||Argonauta argo}} の雌の外套腔内に残った交接腕の断片を[[寄生虫]]（[[鞭虫]]）と誤認し、{{Snamei|Trichocephalus acetabularis}} として記載した{{Sfn|瀧|1999|p=343}}{{Sfn|奥谷|1994|p=70}}{{Sfn|delle Chiaje|1825|pp=219–245}}。
+[[1829年]]には、同様に[[フランス]]の著名な博物学者[[ジョルジュ・キュヴィエ|キュヴィエ]]が[[アミダコ]] {{snamei||Ocythoe tuberculata}} の雌の外套腔内に残った交接腕の断片を {{Snamei||Hectocotylus octopodis}}（ヘクトコチルス・オクトポディス{{Sfn|大久保|1994|p=50}}、タコの百個の吸盤）と名付けた{{Sfn|瀧|1999|p=343}}{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}{{Sfn|瀧|1966|p=363–364}}{{Efn|キュヴィエはアオイガイから見つけた交接腕を {{Snamei||Hectocotylus octopodis}} と名付けたともする文献も見られるが{{Sfn|大久保|1994|p=50}}{{Sfn|シュヴァイド|2014|p=19}}、これは誤りである。キュヴィエはデッレ・キアイェが記載したアオイガイの交接腕を引用して {{Snamei|Hectocotylus argonautae}} と名付けており{{Sfn|Cuvier|1829|p=156}}、{{Snamei|Hectocotylus octopodis}} は別の種のタコから捕られたと認識している。}}。{{Snamei|Hectocotylus octopodis}} は自然史博物館の解剖学展示室の管理人ロリヤール (M. Laurillard) が、[[ニース]]で漁獲されたタコから発見したものである{{Sfn|Cuvier|1829|p=149}}。キュヴィエはこのタコは[[ジャン＝バティスト・ラマルク|ラマルク]]が {{Fr|Poulpe granuleux}} と名付けたものであると述べており、[[チチュウカイマダコ]] {{snamei||Octopus vulgaris}} や[[ジャコウダコ]] {{snamei||Eledone}} には見つからないため、この種に特有であると述べている{{Sfn|Cuvier|1829|p=150}}{{Efn|この {{Fr|Poulpe granuleux}} は、ラマルクが "2. {{Fr|Poulpe granuleux}} {{snamei|Octopus granulatus}} {{La|Octopus corpore tuberculis sparsis granulato, cotyledonibus crebis biserialibus.}}"{{sic}}「このタコは顆粒状の散在する疣を伴う体からなり、二列に並ぶ数多くの腕の吸盤を持つ」と記載したものである{{Sfn|Lamarck|1798|p=130}}。これは {{snamei||Amphioctopus burryi}} の[[古参異名]]かもしれないとされるが{{Sfn|Norman ''et al.''|2016|p=70}}、[[イイダコ属]] {{snamei|Amphioctopus}} は交接腕を切り離さないため、ここで言及される種ではない。}}。属名ヘクトコチルス {{Snamei|Hectocotylus}} は「百個の吸盤（疣）」を意味し{{Sfn|瀧|1999|p=343}}、'''百疣虫'''と和訳される{{Sfn|シュヴァイド|2014|p=19}}{{Sfn|奥谷|2013|p=16}}{{Sfn|奥谷|1994|p=72}}。これは現在でも、英語で交接腕を表す用語 {{En|hectocotylus}}（ヘクトコチルス{{Sfn|奥谷|2013|p=17}}）に残っている{{Sfn|巌佐ほか|2013|p=452b}}{{Sfn|大久保|1994|p=50}}{{Sfn|シュヴァイド|2014|p=19}}。
+[[1845年]]–[[1846年]]に[[アルベルト・フォン・ケリカー|ケリカー]]が、アオイガイのヘクトコチルス {{Snamei|H. argonautae}} について解剖し、再検討したところ、頭足類特有の色素胞や雌に似た吸盤、そして空所に精子を見つけた{{Sfn|瀧|1999|p=343}}{{Sfn|奥谷|1994|p=72}}{{Sfn|Kölliker|1845|pp=237–238}}{{Sfn|Kölliker|1846|pp=9–21}}。そのため、ヘクトコチルスはアオイガイの雄個体そのものであるという説を立てた{{Sfn|Battaglia ''et al.''|2021|pp=980–986}}{{Sfn|奥谷|1994|p=72}}。1849年には1本の腕であるはずのヘクトコチルスに[[消化管]]（[[腸]]）や[[循環系]]（[[心臓]]）、[[生殖系]]を識別し、詳細な解剖図を作成した{{Sfn|瀧|1999|p=343}}{{Sfn|奥谷|1994|p=72}}{{Sfn|Kölliker|1849|pp=67–89}}。
+年、[[ハインリッヒ・ミュラー]]が[[メッシーナ海峡]]から得られた[[プランクトン]]標本から、タコの姿をしたアオイガイの雄個体を発見し{{Sfn|奥谷|1994|p=72}}{{Sfn|Müller|1853|pp=1–35}}、ヘクトコチルスは切り離された雄の交接腕であるということが示された{{Sfn|瀧|1999|p=343}}。
+== 脚注 ==
+{{脚注ヘルプ}}
+=== 注釈 ===
+{{notelist}}
+=== 出典 ===
+{{reflist|3}}
+== 参考文献 ==
+* {{Cite journal2 |df=ymd|last1=Battaglia|first1=P. |last2=Stipa|first2=M. G. |last3=Ammendolia|first3=G.|last4=Pedà|first4=C. |last5=Consoli|first5=P. |last6=Andaloro|first6=F. |date= 2021 |title=When nature continues to surprise: observations of the ''hectocotylus'' of ''Argonauta argo'', Linnaeus 1758 |journal=The European Zoological Journal |volume=88|issue=1|pages=980–986 |doi=10.1080/24750263.2021.1970260|ref={{SfnRef|Battaglia ''et al.''|2021}} }}
+* {{Cite journal2 |df=ymd|last=Cuvier|first=L.C.F.D |author-link=ジョルジュ・キュヴィエ |date=1829 |title=Mémoire sur un ver parasite d'un noveau genre (''Hectocotylus octopodis'') |journal=Ann. Sci. Nat. |volume=18|pages=147–156|url=https://www.biodiversitylibrary.org/item/29175#page/151/mode/1up}}
+* {{Cite book2 |df=ymd|last=delle Chiaje |first=S. |author-link=ステファーノ・デッレ・チアジェ |date=1825 |chapter=Nota sul mollusco del l'Argonauta argo, su una nuova specie di epizoo che vi ospita, e sulla Medusa velella |title=Memorie sulla storia e notomia degli animali senza vertebre del regno di Napoli, vol. 2 |pages=219–245|place=Napoli|publisher=Fratelli Fernandes}}
+* {{Cite book2|df=ymd|last=Finn |first=J. K.  |date=2016|chapter=Argonautoid octopods |pages=225–243|editor=Jereb, P.; Roper, C.F.E.; Norman, M.D.; Finn, J.K.|title=Cephalopods of the world. An annotated and illustrated catalogue of cephalopod species known to date. Volume 3. Octopods and Vampire Squids|series=FAO Species Catalogue for Fishery Purposes. No. 4, Vol. 3 |place=[[ローマ|Rome]]|publisher=[[国際連合食糧農業機関|Food and Agriculture Organization of the United Nations]] |isbn=978-92-5-107989-8}}
+* {{Cite journal2 |df=ymd|last1=Hoving|first1=H. J. T. |last2=Laptikhovsky|first2= V. |last3=Piatkowski|first3=U. |last4=Önsoy|first4=B. |date=2008|title=Reproduction in ''Heteroteuthis dispar'' (Rüppell, 1844)(Mollusca: Cephalopoda): a sepiolid reproductive adaptation to an oceanic lifestyle|journal=Mar. Biol.|pages=219–230|doi=10.1007/s00227-008-0916-0|ref={{SfnRef|Hoving ''et al.''|2008}} }}
+* {{Cite journal2 |df=ymd|last=Kölliker |first=A.|author-link=アルベルト・フォン・ケリカー |date=1845 |title=I. Some Observations upon the Structure of two new Species of ''Hectocotyle'', parasitic upon ''Tremoctopus violaceus'', delle Chiaje, and ''Argonauta Argo'', Linn. |journal=Transactions of the Linnean Society of London |volume=1|issue=|pages=237–238}}
+* {{Cite journal2 |df=ymd|last=Kölliker |first=A.|author-link=アルベルト・フォン・ケリカー |date=1846 |title=II. Some Observations upon the Structure of two new Species of ''Hectocotyle'', parasitic upon ''Tremoctopus violaceus'', D.Ch., and ''Argonauta Argo'', Linn.; with an Exposition of the Hypothesis that these Hectocotylæ are the Males of the Cephalopoda upon which they are found |journal=Transactions of the Linnean Society of London |volume=20|issue=1|pages=9–21}}
+* {{Cite journal2 |df=ymd|last=Kölliker |first=A.|author-link=アルベルト・フォン・ケリカー |date=1849 |title=''Hectocotylus argonautae'' D. Ch. und ''Hectocotylus tremoctopodis'' Köll., die Männchen von ''Argonauta argo'' und ''Tremoctopus violaceus'' D. Ch. |journal=Berichte von der Koniglichen Zootomischen Anstalt zu Würzburg |volume=2 |pages=67–89}}
+* {{Cite journal2 |df=ymd|last=Lamarck |first=J.B.|author-link=ジャン＝バティスト・ラマルク |date=1798|title=Extrait d'un Mémoire sur le genre de la Sèche, du Calmar et du Poulpe, vulgairement nommés, Polypes de Mer|journal=Bulletin des Sciences, par la Societe Philomatique de Paris |volume=1|issue=17|pages=129–131|url=https://www.biodiversitylibrary.org/page/30968856#page/316/mode/1up}}
+* {{Cite journal2 |df=ymd|last=Müller |first=H. |date=1853|title=Ueber das Mannchen von Argonauta Argo und die Hectocotylen |journal=Zeitschrift fur wissenschaftliche Zoologie |volume=4|pages=1–35|url=https://www.zobodat.at/pdf/Zeitschrift-fuer-wiss-Zoologie_4_0001-0035.pdf}}
+* {{Cite book2|df=ymd|last1=Norman |first1=M.D. |last2=Finn |first2=J. K. |last3=Hochberg |first3=F.G. |date=2016|chapter=Family Octopodidae |pages=36–215|editor=Jereb, P.; Roper, C.F.E.; Norman, M.D.; Finn, J.K.|title=Cephalopods of the world. An annotated and illustrated catalogue of cephalopod species known to date. Volume 3. Octopods and Vampire Squids|series=FAO Species Catalogue for Fishery Purposes. No. 4, Vol. 3 |place=[[ローマ|Rome]]|publisher=[[国際連合食糧農業機関|Food and Agriculture Organization of the United Nations]] |isbn=978-92-5-107989-8|ref={{SfnRef|Norman ''et al.''|2016}} }}
+* {{Cite journal2 |df=ymd|last1=Roura|first1=A. |last2=Bañón|first2=R. |last3=de Carlos|first3=A. |last4=Valeiras|first4=J. |last5=Abad|first5=E. |last6=Serrano|first6=A. |last7=Guerra|first7=A. |date=2024|title=Dwarf males of the seven-arm octopus, ''Haliphron atlanticus'': morphology and adaptations|journal=Journal of Molluscan Studies |volume=90 |issue=3|pages=eyae025|doi=10.1093/mollus/eyae025|ref={{SfnRef|Roura ''et al.''|2024}} }}
+* {{Cite book ja|author1=巌佐庸|author2=倉谷滋|author3=斎藤成也|authorlink3=斎藤成也|author4=塚谷裕一|authorlink4=塚谷裕一|title=岩波生物学辞典 第5版|publisher=[[岩波書店]]|date=2013-2-26|pages=|isbn=9784000803144|ref={{SfnRef|巌佐ほか|2013}} }}
+* {{Cite book ja|author=大久保修三|chapter=第3章 タコの一生|pages=47–61|title=タコは、なぜ元気なのか―タコの生態と民俗|date=1994-02-25|editor=奥谷喬司|editor2=神崎宣武|publisher=草思社|isbn=978-4794205438|ref={{SfnRef|大久保|1994}} }}
+* {{Cite book ja|author=奥谷喬司|author-link=奥谷喬司|date=1989-09-20|title=イカはしゃべるし、空も飛ぶ 面白いイカ学入門|publisher=[[講談社]]|series=ブルーバックス|isbn=4-06-132791-7|ref={{SfnRef|奥谷|1989}} }}
+* {{Cite book ja|author=奥谷喬司|author-link=奥谷喬司|title=泳ぐ貝、タコの愛―軟体動物の不思議な生態|publisher=株式会社晶文社|date=1991-09-10|isbn=4-7949-6069-7|ref={{SfnRef|奥谷|1991}} }}
+* {{Cite book ja|author=奥谷喬司|author-link=奥谷喬司|chapter=第2章 世界のタコ 日本のタコ / 第4章 タコの変人列伝|pages=31–43, 65–80|title=タコは、なぜ元気なのか―タコの生態と民俗|date=1994-02-25|editor=奥谷喬司|editor2=神崎宣武|publisher=草思社|isbn=978-4794205438|ref={{SfnRef|奥谷|1994}} }}
+* {{Cite book ja|author=奥谷喬司|author-link=奥谷喬司|chapter=5章 イカの方言行脚―和名、地方名、市場名の混迷|pages=129–148|title=虫の名、貝の名、魚の名 ―和名にまつわる話題|publisher=東海大学出版会|date=2002-11-20|isbn=4486015924|ref={{SfnRef|奥谷|2002}} }}
+* {{Cite book ja|author=奥谷喬司|author-link=奥谷喬司 |chapter=第1章 タコという動物 ―タコQ&A|pages=1–28 |title=日本のタコ学 |editor=奥谷喬司|editor-link=奥谷喬司|publisher=[[東海大学出版部|東海大学出版会]] |date=2013-06-05 |isbn=978-4486019411 |ref={{SfnRef|奥谷|2013}} }}
+* {{Cite book ja|author=奥谷喬司|authorlink=奥谷喬司|title=新編 世界イカ類図鑑 |publisher=東海大学出版部 |date=2015-01-20|pages=|isbn=9784486037347|url=https://www.zen-ika.com/zukan/ |ref={{SfnRef|奥谷|2015}} }}
+* {{Cite book ja|author=窪寺恒己|author-link=窪寺恒己|title=イカ ―その生態から消費まで―|edition=三訂|editor1=奈須敬二|editor2=奥谷喬司|editor3=小倉通男|publisher=成山堂書店|date=2002-08-28|isbn=4425822633|ref={{SfnRef|窪寺|2002}} }}
+* {{Cite book ja|author=佐々木猛智 |author-link=佐々木猛智 |date=2010-08-10 |title=貝類学 |publisher=東京大学出版会 |isbn=978-4-13-060190-0 |ref={{SfnRef|佐々木|2010}} }}
+* {{Cite book ja|author=リチャード・シュヴァイド|title=タコの教科書 |translator=土屋晶子 |publisher=[[エクスナレッジ (出版社)|エクスナレッジ]] |year=2014 |isbn=978-4-7678-1824-5 |ref={{SfnRef|シュヴァイド|2014}} }}
+* {{Cite book ja|author=ダナ・スターフ |author-link=:en:Danna Staaf |others=和仁良二 監修 |title=イカ4億年の生存戦略 (Squid Empire: The Rise and Fall of the Cephalopods) |translator=日向やよい|date=2018-07-05 |publisher=[[エクスナレッジ]] |isbn=978-4-7678-2499-4 |oclc=1043342704|ref={{SfnRef|スターフ|2018}} }}
+* {{Cite journal2 |df=ymd|date=1966|author=瀧巌|author-link=瀧巌|title=[書評] ヴォルセエ・クヌードセン・リース (1962) ステーンストルップの頭足類論文集|journal=Venus |volume=24|issue=4|pages=363–364|doi=10.18941/venusjjm.24.4_363|ref={{SfnRef|瀧|1966}} }}
+* {{Cite book ja|author=瀧巌|author-link=瀧巌|chapter=第8綱 頭足類|pages=327–391|title=動物系統分類学 第5巻上 軟体動物(I)|others=内山亨・山田真弓 監修|publisher=中山書店|date=1999-01-30|isbn=4521072313|ref={{SfnRef|瀧|1999}} }}
+* {{Cite book ja|author1=ロジャー・ハンロン|author2=マイク・ベッキオーネ|author3=ルイーズ・オールコック|translator=池田譲（監訳）・水野裕紀子|date=2020-11-22|title=世界一わかりやすい イカとタコの図鑑 (Octopus, Squid & Cuttlefish)|origdate=2018|publisher=株式会社化学同人|isbn=978-4759820522|ref={{SfnRef|ハンロンほか|2020}} }}
+* {{Cite book ja|editor=広島大学生物学会|title=日本動物解剖図説|others=池田嘉平・稲葉明彦 監修|publisher=森北出版株式会社|date=1971-09-22|ref={{SfnRef|広島大学生物学会|1971}} }}
 == 関連項目 ==
-* [[生殖]]
+* [[頭足類の体]]
-** [[交尾]]
+** [[腕 (頭足類)]]
+** [[触腕]]
 {{DEFAULTSORT:こうせつわん}}
-[[Category:生殖器]]
 [[Category:頭足類の体]]
 [[Category:動物の雄の生殖系]]