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「オブジェクト指向」の版間の差分

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== オブジェクト指向の来歴 ==
== オブジェクト指向の来歴 ==
オブジェクト指向(''object-oriented'')という言葉自体は、1972年から80年にかけてプログラミング言語「[[Smalltalk]]」を開した[[パロアルト研究所]]の計算機科学者[[アラン・ケイ]]がその設計を説明する中で初めて作り出されている<ref name="EarlyHistoryOfSmalltalk">{{Cite web|url=http://worrydream.com/EarlyHistoryOfSmalltalk/|title=The Early History Of Smalltalk|accessdate=2019-01|publisher=}}</ref>。本人の述懐によると、大学院時代のケイがプログラミング言語「[[Simula]]」に感化されて日夜プログラミング・アーキテクチャの思索に耽っていた1967年頃、今何をしているのかと尋ねてきた知人に対して「''object-oriented programming''だよ」と咄嗟の造語で答えたのが発端だという。なお、ケイがSmalltalkを開発する中で提唱したオブジェクト指向と、1980年頃からSimulaに結び付けられるようになったタームとしてのオブジェクト指向の性格は全く異なるものであったが、結果的に[[オブジェクト (プログラミング)|オブジェクト]]というプログラム概念が注目を集めた事で、そのルーツである[[クラス (コンピュータ)|クラス]]と[[オブジェクト (プログラミング)|オブジェクト]]の設計を備えたSimulaもオブジェクト指向の草分けと見なされるようになった<ref>[http://kristennygaard.org/FORSKNINGSDOK_MAPPE/F_OO_start.html How Object-Oriented Programming Started]</ref>。データとコードの複合体であるオブジェクト(''object'')という用語を確立したのはSimulaであったが、その設計は[[手続き型プログラミング]]の機能拡張に近いもの<ref>{{Cite web|url=https://www.cs.cmu.edu/~charlie/courses/15-214/2014-fall/slides/25-history-oo.pdf|title=OO History: Simula and Smalltalk|accessdate=2019-02|publisher=}}</ref>。それに対してSmalltalkは[[関数型プログラミング]]の原型と目される「[[LISP]]」の影響の方が強調されていた<ref name="EarlyHistoryOfSmalltalk" />。その後、計算機科学者[[ビャーネ・ストロヴストルップ]]が1983年に公開した「[[C++]]」が契機になってオブジェクト指向に関連する様々な考え方が再定義されている。C++はSimulaの方をモデルにしていた。
オブジェクト指向(''object-oriented'')という言葉自体は、1972年から80年にかけてプログラミング言語「[[Smalltalk]]」を開した[[ゼロックス|ゼロックス社]][[パロアルト研究所]]の計算機科学者[[アラン・ケイ]]がその設計を説明する中で初めて作り出されている<ref name="EarlyHistoryOfSmalltalk">{{Cite web|url=http://worrydream.com/EarlyHistoryOfSmalltalk/|title=The Early History Of Smalltalk|accessdate=2019-01|publisher=}}</ref>。本人の述懐によると、大学院時代のケイがプログラミング言語「[[Simula]]」に感化されて日夜プログラミング・アーキテクチャの思索に耽っていた1967年頃、今何をしているのかと尋ねてきた知人に対して「''object-oriented programming''だよ」と咄嗟の造語で答えたのが発端だという。なお、ケイがSmalltalkを開発する中で提唱したオブジェクト指向と、1980年頃からSimulaに結び付けられるようになったタームとしてのオブジェクト指向の性格は全く異なるものであったが、結果的に[[オブジェクト (プログラミング)|オブジェクト]]というプログラム概念が注目を集めた事で、そのルーツである[[クラス (コンピュータ)|クラス]]と[[オブジェクト (プログラミング)|オブジェクト]]の設計を備えたSimulaもオブジェクト指向の草分けと見なされるようになった<ref>[http://kristennygaard.org/FORSKNINGSDOK_MAPPE/F_OO_start.html How Object-Oriented Programming Started]</ref>。データとコードの複合体であるオブジェクト(''object'')という用語を確立したのはSimulaであったが、その設計は[[手続き型プログラミング]]の機能拡張に近いものあ<ref>{{Cite web|url=https://www.cs.cmu.edu/~charlie/courses/15-214/2014-fall/slides/25-history-oo.pdf|title=OO History: Simula and Smalltalk|accessdate=2019-02|publisher=}}</ref>Smalltalkの方では[[関数型プログラミング]]の原型と目されている「[[LISP]]」の影響の方が強調されていた<ref name="EarlyHistoryOfSmalltalk" />。その後、計算機科学者[[ビャーネ・ストロヴストルップ]]が1983年に公開した「[[C++]]」が契機になってオブジェクト指向に関連する様々な考え方が再定義されている。C++はSimulaの方をモデルにしていた。


1986年から[[Association for Computing Machinery|ACM]]が[[OOPSLA]](オブジェクト指向会議)を年度開催するようになり、オブジェクト指向は[[コンピュータサイエンス]]の一つのムーブメントになった。[[OOPSLA]]初期のチェアパーソンは、[[Smalltalk]]が生まれた[[ゼロックス|ゼロックス社]][[パロアルト研究所]]のフェローが務めることが多かった。Smalltalkは正確にはプログラミング言語と[[グラフィカルユーザインタフェース|GUI]]運用環境を合わせた[[フレームワーク]]であり、[[Alto|ゼロックスAlto]]機上の[[ミドルウェア]]として開発されていた。Smalltalkは70年代の[[アラン・ケイ]]が構想していた[[ダイナブック]]のための[[グラフィカルユーザインタフェース|GUI]]環境でもあった。[[Alto]]は[[GUI]]を初めて汎用的にサポートしたコンピュータと[[オペレーティングシステム|OS]]であり、かの[[スティーブ・ジョブズ|スティーブ・ジョブス]]を啓発して[[Macintosh]]のモデルになったことはよく知られている。こうした背景からオブジェクト指向は、上述のプログラミング云々よりも、[[グラフィカルユーザインタフェース|GUI]](グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を始めにした当時の先進的な[[ソフトウェア設計|ソフトウェアデザイン]]と[[ソフトウェアアーキテクチャ]]のための開拓的なモデル理論として受け止められる方が好まれた。[[デザインパターン (ソフトウェア)|デザインパターン]]、[[リファクタリング (プログラミング)|リファクタリング]]、[[モデル駆動工学]]、[[ドメインモデル]]、[[ドメイン固有言語]]、[[アジャイルソフトウェア開発]]といった数々のトピックが[[OOPSLA]]から生まれている。具体的に応用された最初の例は[[データベース]]開発と[[NEXTSTEP|NeXTSTEP]]などの[[オペレーティングシステム]]開発であった。
1986年から[[Association for Computing Machinery|ACM]]が[[OOPSLA]](オブジェクト指向会議)を年度開催するようになり、オブジェクト指向は[[コンピュータサイエンス]]の一つのムーブメントになった。[[OOPSLA]]初期のチェアパーソンは、[[Smalltalk]]が生まれた[[ゼロックス|ゼロックス社]][[パロアルト研究所]]のフェローが務めることが多かった。Smalltalkは正確にはプログラミング言語と[[グラフィカルユーザインタフェース|GUI]]運用環境を合わせた[[フレームワーク]]であり、[[Alto|ゼロックスAlto]]機上の[[ミドルウェア]]として開発されていた。Smalltalkは70年代の[[アラン・ケイ]]が構想していた[[ダイナブック]]のための[[グラフィカルユーザインタフェース|GUI]]環境でもあった。[[ダイナブック]]はパーソナルコンピュータの原型に位置付けられているものである。[[Alto]]は[[GUI]]を初めて汎用的にサポートしたコンピュータと[[オペレーティングシステム|OS]]であり、かの[[スティーブ・ジョブズ|スティーブ・ジョブス]]を啓発して[[Macintosh]]のモデルになったことはよく知られている。こうした背景からオブジェクト指向は、上述のプログラミング云々よりも、[[グラフィカルユーザインタフェース|GUI]](グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を始めにした当時の先進的な[[ソフトウェア設計|ソフトウェアデザイン]]と[[ソフトウェアアーキテクチャ]]のための開拓的なモデル理論として受け止められる方が好まれた。[[デザインパターン (ソフトウェア)|デザインパターン]]、[[リファクタリング (プログラミング)|リファクタリング]]、[[モデル駆動工学]]、[[ドメインモデル]]、[[ドメイン固有言語]]、[[アジャイルソフトウェア開発]]といった数々のトピックが[[OOPSLA]]から生まれている。具体的に応用された最初の例は[[データベース]]開発と[[NEXTSTEP|NeXTSTEP]]などの[[オペレーティングシステム]]開発であった。


1989年には[[IBM|IBM社]]、[[アップル (企業)|アップル社]]、[[ヒューレット・パッカード|ヒューレットパッカード社]]、[[サンマイクロシステムズ|サンマイクロシステムズ社]]、[[アメリカン航空]]などの11社がコンピュータ産業共同事業団体[[Object Management Group|OMG]](Object Management Group)を設立した。OMGの目的は、企業システムネットワークの基盤になる[[分散コンピューティング]]を構築するための基礎要素になる分散オブジェクト設計の標準化を図ることであった。ここでのオブジェクトもデータとメソッド(=コード)の組み合わせと定義されていたので、この業務用システムないしネットワークの構築を目的にした技術アーキテクチャも人々の共通認識としてオブジェクト指向にそのまま包括された。[[Object Management Group|OMG]]が1997年に策定した[[統一モデリング言語|UML]]は[[オブジェクト指向ソフトウェア工学]]に準拠したものとして発表されている。
1989年には[[IBM|IBM社]]、[[アップル (企業)|アップル社]]、[[ヒューレット・パッカード|ヒューレットパッカード社]]、[[サンマイクロシステムズ|サンマイクロシステムズ社]]、[[アメリカン航空]]などの11社がコンピュータ産業共同事業団体[[Object Management Group|OMG]](Object Management Group)を設立した。OMGの目的は、企業システムネットワークの基盤になる[[分散コンピューティング]]を構築するための基礎要素になる分散オブジェクト設計の標準化を図ることであった。ここでのオブジェクトもデータとメソッド(=コード)の組み合わせと定義されていたので、この業務用システムないしネットワークの構築を目的にした技術アーキテクチャも人々の共通認識としてオブジェクト指向にそのまま包括された。1991年に分散オブジェクトの規格パラダイムとなる[[CORBA]]が公開された。また1997年に[[Object Management Group|OMG]]が策定した[[統一モデリング言語|UML]]は[[オブジェクト指向ソフトウェア工学]]に準拠したものとして発表されている。


==オブジェクト指向の分野==
==オブジェクト指向の分野==
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* [[オブジェクトデータベース]] - 1980年代から
* [[オブジェクトデータベース]] - 1980年代から
* {{仮リンク|オブジェクト指向オペレーティングシステム|en|Object-oriented operating system|label=}} - 1980年代から
* {{仮リンク|オブジェクト指向オペレーティングシステム|en|Object-oriented operating system|label=}} - 1980年代から
* {{仮リンク|オブジェクト指向ユーザーインターフェース|en|Object-oriented user interface|label=}} - 1990年から
* {{仮リンク|オブジェクト指向ユーザーインターフェース|en|Object-oriented user interface|label=}} - 1990年から
* [[Common Object Request Broker Architecture|CORBA]] - 1991年から
* [[オブジェクト関係データベース]] - 1990年代から
* [[オブジェクト関係データベース]] - 1990年代から
* [[オブジェクト指向分析設計]] - 1990年代から ←({{仮リンク|オブジェクト指向デザイン|en|Object-oriented design|label=オブジェクト指向設計}})
* [[オブジェクト指向分析設計]] - 1990年代から ←({{仮リンク|オブジェクト指向デザイン|en|Object-oriented design|label=オブジェクト指向設計}})
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=== コンセプト ===
=== コンセプト ===
1970年代に[[パロアルト研究所]]で誕生し、1981年頃から知名度を得るようになったオブジェクト指向(''object-oriented'')は同時に発案者である[[アラン・ケイ]]の手を離れて[[プログラミングパラダイム]]から[[ソフトウエア工学知識体系|ソフトウェア工学]]分野へと認識拡大し、1986年以降は[[Association for Computing Machinery|ACM]](計算機学会)開催の[[OOPSLA]](オブジェクト指向会議)が中心的な担い手の役割を果たしていた。70年代から80年代前半にかけてのオブジェクト指向は[[Smalltalk]]言語仕様の一環としてそれに当たることで一定の理解を得られたが、80年代後半以降は事情が異なっている。
1970年代に[[パロアルト研究所]]で誕生し、1981年頃から知名度を得るようになったオブジェクト指向(''object-oriented'')は同時に発案者である[[アラン・ケイ]]の手を離れて[[プログラミングパラダイム]]から[[ソフトウエア工学知識体系|ソフトウェア工学]]分野へと認識拡大し、1986年以降は[[Association for Computing Machinery|ACM]](計算機学会)開催の[[OOPSLA]](オブジェクト指向会議)が中心的な担い手の役割を果たしていた。70年代から80年代前半にかけてのオブジェクト指向は[[Smalltalk]]言語仕様の一環としてそれに当たることで一定の理解を得られたが、80年代後半以降は事情が異なっている。

==== 1989年頃 ====
1989年に上梓されたUser Interface A Personal Viewという記事の中でアラン・ケイは、Smalltalkのオブジェクト指向性質は大変示唆的であると前置きした上でこう述べている。{{Quotation|object-oriented means that the object knows what it can do.<br/>(オブジェクト指向とは、オブジェクトがなにかをできるのかを知っていることなんだ)|Alan Kay}}この意味について、ケイは抽象的シンボル視点と具体的ユーザーインターフェース視点の双方を対照させる形でこれも示唆的に説明している。前者では我々はまずオブジェクトの名前を示し、次にそのオブジェクトが行なうなにかが分かるメッセージを続かせる。後者では我々はまず対象を選択し、次にその対象が行なうなにかが分かる一覧を示させる。{{Quotation|In both case we have the object first and the desire second. this unifies the concrete with the abstract in highly satisfying way.<br/>(抽象と具象の両方の視点において僕たちはオブジェクト(対象)を第一とし、欲求を第二とする。これは高い満足度で具象と抽象をひとつにする)|Alan Kay}}オブジェクト(対象)の重視と並行して、ケイはあらゆる物事からモード(決められた方法や形態)を取り除くべきだとするモードレス(''modeless'')の考え方も提唱している。オブジェクトとモードレスを融合させたユーザーインターフェースのデザインについて、ケイはテキストエディタの操作を例にした興味深い説明を加えている。テキストエディタの「挿入」「削除」「置換」といった操作は上述のモーダルな操作に当たり、基本的であるがゆえに上述の対象と欲求に分解してのモードレスに再解釈できる余地がないように見える。ケイはこのような解答を示している。{{Quotation|Thus, there could be a zero-width selection, and thus every operation could be a replace.<br/>(「ゼロ幅選択枠」があれば、全ての操作は「置換」にできるだろう)|Alan Kay}}ゼロ幅選択枠という対象をあえて作り出す事で、「挿入」ではまず任意の文字間にあるゼロ幅選択枠を指定して次に置換→任意の文字列という欲求をする。「削除」ではまず任意の選択文字列を指定して次に置換→ゼロ幅選択枠という欲求をする。「置換」は選択文字列→置換→文字列である。始めに対象を選択しても自由に他の操作にも移れることがモードレスと言われる所以である。文字実体のない抽象的なオブジェクトであるゼロ幅選択枠が、具体的なモーダル操作をモードレスに再解釈する役目を果たしてる。これが具象と抽象の一体化であると説明されている。


==== 1993年頃 ====
==== 1993年頃 ====

2020年9月10日 (木) 09:43時点における版

オブジェクト指向(オブジェクトしこう、: object-oriented)は、ソフトウェア開発コンピュータプログラミングのために用いられる考え方である。元々は特定のプログラミングパラダイムを説明するために考案された言葉だった。明確な用語としては1970年代に誕生し、1980年代前半に知名度を得て、考案者の手を離れた自由で曖昧な定義のまま発展を続けた後に、1990年代に入るとソフトウェア工学の様々な分野にも応用されるようになった。ソフトウェア開発における一つの標語のような扱い方もされている。

オブジェクト指向の来歴

オブジェクト指向(object-oriented)という言葉自体は、1972年から80年にかけてプログラミング言語「Smalltalk」を開発したゼロックス社パロアルト研究所の計算機科学者アラン・ケイがその設計を説明する中で初めて作り出されている[1]。本人の述懐によると、大学院時代のケイがプログラミング言語「Simula」に感化されて日夜プログラミング・アーキテクチャの思索に耽っていた1967年頃、今何をしているのかと尋ねてきた知人に対して「object-oriented programmingだよ」と咄嗟の造語で答えたのが発端だという。なお、ケイがSmalltalkを開発する中で提唱したオブジェクト指向と、1980年頃からSimulaに結び付けられるようになったタームとしてのオブジェクト指向の性格は全く異なるものであったが、結果的にオブジェクトというプログラム概念が注目を集めた事で、そのルーツであるクラスオブジェクトの設計を備えたSimulaもオブジェクト指向の草分けと見なされるようになった[2]。データとコードの複合体であるオブジェクト(object)という用語を確立したのはSimulaであったが、その設計は手続き型プログラミングの機能拡張に近いものあり[3]、Smalltalkの方では関数型プログラミングの原型と目されている「LISP」の影響の方が強調されていた[1]。その後、計算機科学者ビャーネ・ストロヴストルップが1983年に公開した「C++」が契機になってオブジェクト指向に関連する様々な考え方が再定義されている。C++はSimulaの方をモデルにしていた。

1986年からACMOOPSLA(オブジェクト指向会議)を年度開催するようになり、オブジェクト指向はコンピュータサイエンスの一つのムーブメントになった。OOPSLA初期のチェアパーソンは、Smalltalkが生まれたゼロックス社パロアルト研究所のフェローが務めることが多かった。Smalltalkは正確にはプログラミング言語とGUI運用環境を合わせたフレームワークであり、ゼロックスAlto機上のミドルウェアとして開発されていた。Smalltalkは70年代のアラン・ケイが構想していたダイナブックのためのGUI環境でもあった。ダイナブックはパーソナルコンピュータの原型に位置付けられているものである。AltoGUIを初めて汎用的にサポートしたコンピュータとOSであり、かのスティーブ・ジョブスを啓発してMacintoshのモデルになったことはよく知られている。こうした背景からオブジェクト指向は、上述のプログラミング云々よりも、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を始めにした当時の先進的なソフトウェアデザインソフトウェアアーキテクチャのための開拓的なモデル理論として受け止められる方が好まれた。デザインパターンリファクタリングモデル駆動工学ドメインモデルドメイン固有言語アジャイルソフトウェア開発といった数々のトピックがOOPSLAから生まれている。具体的に応用された最初の例はデータベース開発とNeXTSTEPなどのオペレーティングシステム開発であった。

1989年にはIBM社アップル社ヒューレットパッカード社サンマイクロシステムズ社アメリカン航空などの11社がコンピュータ産業共同事業団体OMG(Object Management Group)を設立した。OMGの目的は、企業システムネットワークの基盤になる分散コンピューティングを構築するための基礎要素になる分散オブジェクト設計の標準化を図ることであった。ここでのオブジェクトもデータとメソッド(=コード)の組み合わせと定義されていたので、この業務用システムないしネットワークの構築を目的にした技術アーキテクチャも人々の共通認識としてオブジェクト指向にそのまま包括された。1991年に分散オブジェクトの規格パラダイムとなるCORBAが公開された。また1997年にOMGが策定したUMLオブジェクト指向ソフトウェア工学に準拠したものとして発表されている。

オブジェクト指向の分野

オブジェクト指向はプログラミングパラダイムとして誕生した理論である。そのデータ(変数またはプロパティ)とコード(関数またはメソッド)のセットを基本要素にして物事を解析する考え方が1980年代から大きく注目され始めたことで、ソフトウェア開発の様々な局面にobject-orientedを接頭辞にした分野が立ち上げられた。大まかな特徴としては情報資源と処理手順を別々にして分析ないし設計を行っていた従来の標準的な手法に対し、オブジェクト指向と名が付く分野ではこの双方をひとまとめにして物事の解析と組み立てを行う点が共通している。

オブジェクト指向とは

コンセプト

1970年代にパロアルト研究所で誕生し、1981年頃から知名度を得るようになったオブジェクト指向(object-oriented)は同時に発案者であるアラン・ケイの手を離れてプログラミングパラダイムからソフトウェア工学分野へと認識拡大し、1986年以降はACM(計算機学会)開催のOOPSLA(オブジェクト指向会議)が中心的な担い手の役割を果たしていた。70年代から80年代前半にかけてのオブジェクト指向はSmalltalk言語仕様の一環としてそれに当たることで一定の理解を得られたが、80年代後半以降は事情が異なっている。

1989年頃

1989年に上梓されたUser Interface A Personal Viewという記事の中でアラン・ケイは、Smalltalkのオブジェクト指向性質は大変示唆的であると前置きした上でこう述べている。

object-oriented means that the object knows what it can do.
(オブジェクト指向とは、オブジェクトがなにかをできるのかを知っていることなんだ) — Alan Kay

この意味について、ケイは抽象的シンボル視点と具体的ユーザーインターフェース視点の双方を対照させる形でこれも示唆的に説明している。前者では我々はまずオブジェクトの名前を示し、次にそのオブジェクトが行なうなにかが分かるメッセージを続かせる。後者では我々はまず対象を選択し、次にその対象が行なうなにかが分かる一覧を示させる。

In both case we have the object first and the desire second. this unifies the concrete with the abstract in highly satisfying way.
(抽象と具象の両方の視点において僕たちはオブジェクト(対象)を第一とし、欲求を第二とする。これは高い満足度で具象と抽象をひとつにする) — Alan Kay

オブジェクト(対象)の重視と並行して、ケイはあらゆる物事からモード(決められた方法や形態)を取り除くべきだとするモードレス(modeless)の考え方も提唱している。オブジェクトとモードレスを融合させたユーザーインターフェースのデザインについて、ケイはテキストエディタの操作を例にした興味深い説明を加えている。テキストエディタの「挿入」「削除」「置換」といった操作は上述のモーダルな操作に当たり、基本的であるがゆえに上述の対象と欲求に分解してのモードレスに再解釈できる余地がないように見える。ケイはこのような解答を示している。

Thus, there could be a zero-width selection, and thus every operation could be a replace.
(「ゼロ幅選択枠」があれば、全ての操作は「置換」にできるだろう) — Alan Kay

ゼロ幅選択枠という対象をあえて作り出す事で、「挿入」ではまず任意の文字間にあるゼロ幅選択枠を指定して次に置換→任意の文字列という欲求をする。「削除」ではまず任意の選択文字列を指定して次に置換→ゼロ幅選択枠という欲求をする。「置換」は選択文字列→置換→文字列である。始めに対象を選択しても自由に他の操作にも移れることがモードレスと言われる所以である。文字実体のない抽象的なオブジェクトであるゼロ幅選択枠が、具体的なモーダル操作をモードレスに再解釈する役目を果たしてる。これが具象と抽象の一体化であると説明されている。

1993年頃

1992年にACMからプログラミング言語史編纂の一環として執筆を依頼されたアラン・ケイは、翌年のACM刊行記事においてオブジェクト指向の構想を改めて六つの要約にまとめて説明した[1]

1, EverythingIsAnObject.

2, Objects communicate by sending and receiving messages (in terms of objects).

3, Objects have their own memory (in terms of objects).

4, Every object is an instance of a class (which must be an object).

5, The class holds the shared behavior for its instances (in the form of objects in a program list).

6, To eval a program list, control is passed to the first object and the remainder is treated as its message. — Alan Kay

この和訳は以下のようになる。

  1. すべてはオブジェクトである。
  2. オブジェクトはメッセージの送信と受信によってコミュニケーションする。
  3. オブジェクトは自身の記憶を持つ。
  4. すべてのオブジェクトはクラスのインスタンスである。クラスもまたオブジェクトであるべきである。
  5. クラスはそのインスタンスたちのために共有される振る舞いを保持する。振る舞いはプログラムリストのオブジェクトの形態である。
  6. プログラムリストの評価では、制御は最初のオブジェクトに渡され、残りはそのメッセージとして処理される。

メッセージと記憶はオブジェクトの独自用語とされておりその解釈は先送りする。プログラムリストはLISP言語由来の言葉であり、計算シンボル、関数シンボル、変数シンボル、数列、数値をトークン単位で連ねたデータ列である。データ列をそのままコード列として解釈演算するのが評価(eval)である。評価の管理が制御(control)であり、この場合はどのプログラムスコープで管理されるかを意味する。プログラムリストはメッセージとして処理されると示されているので、すなわちメッセージを送られたオブジェクトのスコープでその評価は制御される事になる。スコープはコンテキストとも読み替えられ、同じシンボルでもコンテキストによって意味が変わった。オブジェクトの記憶のhaveに対して、振る舞いのholdの違いにも留意する必要がある。

1998年頃

1998年にAn Introduction To Object-Oriented Programmingを出版したオレゴン大学コンピュータサイエンス教授ティム・バッドによると、この時期のアラン・ケイの構想はこのようになっていた[4]

1, EverythingIsAnObject.

2, Communication is performed by objects communicating with each other, requesting that objects perform actions. Objects communicate by sending and receiving messages. A message is a request for action, bundled with whatever objects may be necessary to complete the task.

3, Objects have their own memory, which consists of other objects.

4, Every object is an instance of a class. A class simply represents a grouping of similar objects, such as integers or lists.

5, The class is the repository for behavior associated with an object. That is, all objects that are instances of the same class can perform the same actions.

6, Classes are organized into a singly-rooted tree structure, called the inheritance hierarchy. Memory and behavior associated with instances of a class are available to any class associated with a descendent in this tree structure. — Alan Kay

この和訳は以下のようになる。

  1. すべてはオブジェクトである。
  2. コミュニケーションはオブジェクトに動作実効を要求するオブジェクトの相互通信で実効される。オブジェクトはメッセージの送受信でコミュニケーションする。メッセージはタスク遂行に必要なオブジェクトが付帯された動作要求である。
  3. オブジェクトは自身の記憶を持つ。記憶は他のオブジェクトたちで構成されている。
  4. すべてのオブジェクトはクラスのインスタンスである。クラスは数値集合やリスト集合といったように類似オブジェクトのグループ化をシンプルに表現する。
  5. クラスはオブジェクトに関連付けられた振る舞いのリポジトリである。同じクラスのインスタンスである全てのオブジェクトは共通動作を実効できる。
  6. クラスは継承階層と呼ばれる単一ツリー構造で組成される。クラスのインスタンスの記憶と振る舞いは、ツリー構造下の子孫であるクラスからも利用できる。

オブジェクトに動作を求めるメッセージ自体にもオブジェクトが含まれていることや、オブジェクトの記憶もオブジェクトの集合であることが示されており、メッセージと記憶の意味がより明らかにされている。また、プログラムリストを評価するなどの構想が、単一継承を重視する考えに置き換えられている。

2003年頃

2003年にとある知人からオブジェクト指向の意味を尋ねられたアラン・ケイはこのようにメール上で答えている[5]

OOP to me means only messaging, local retention and protection and hiding of state-process, and extreme late-binding of all things.
(僕にとってのオブジェクト指向は、メッセージングと、ステートプロセスの局所保持かつ保護かつ隠蔽と、あらゆるもの同士の徹底的な遅延バインディングだけだ) — Alan Kay

messaging」「state-process」「late-binding」のうち一番目と二番目は、object-orientedと同様にケイの造語なので注意が必要である。一番目はメッセージ・パッシングの派生語である。二番目のステートプロセスは状態処理が適訳と思われるが、元々が造語であるため詳細は漠然としている。

2020年頃

Q&AサイトのQuoraで「66年ないし67年のオブジェクト指向という造語を発したアラン・ケイに誰かが影響を与えていたのか?」という質問に対して本人がこう回答している。なお、rotationとは「一つのコンピュータはどこかのコンピュータができることをできる、相互通信によってあらゆる規模の計算可能性を表現できる」を意味している。

In the 1960s, software composites that were more complex than arrays, were often called “objects”, and all the schemes I had seen involved structures that included attached procedures. A month or so after the “rotation” someone asked me what I was doing, and I foolishly said “object-oriented programming”.
(60年代、配列より複雑なソフトウェア構成体はしばしばオブジェクトと呼ばれていた。手続きを付けた構造体を僕もそう見ていた。rotation構想の後、今何をしているのかと尋ねられた僕は愚かにもこう言った。オブジェクト指向プログラミングと。) — Alan Kay
The foolish part is that “object” is a very bad word for what I had in mind — it is too inert and feels too much like “data”. Simula called its instances “processes” and that is better.“Process-oriented programming” would have been much better, don’t you think?
(僕の考えを表現するのにオブジェクトはとても悪い言葉だった。データを過剰に意識させたからだ。Simulaはプロセスと呼んでいた。これはいい。プロセス指向プログラミングの方がずっと良かったんじゃないか?) — Alan Kay

その解釈

脚注

出典

関連項目

外部リンク