「御霊櫃峠」の版間の差分
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2021年5月13日 (木) 22:25時点における版
概要
郡山市逢瀬町と湖南町の境となる場所にある標高876mほど[1]の峠。付近の山からは猪苗代湖や郡山市街が見下ろせる。
平安時代後期、前九年の役では、源義家の家臣、鎌倉権五郎景政が付近を平定して御霊の宮を造営し、鎮護を祈ったが災害が相次いだ為、この地の山中の霊石に神霊をうつして五穀豊穣を祈願した。この石が御霊櫃と呼ばれるようになったから名付けられたと伝えられる[2]。
幕末は戊辰戦争(会津戦争)で会津藩が薩摩藩や長州藩らの官軍の進軍を防ぐ要衝の地となり、峠周辺には現在でも防塁の跡が残る。
また、付近の山の頂上北側には風神社、雨神社という祠があり、古くから水不足の際には雨ごい、嵐の際には災害のないよう神に祈りがささげられたと伝わる。明治時代頃からは、麓の多田野本神社の関係者が毎年6月に参詣する伝統行事が行われている[3]。
現在の御霊櫃峠周辺
峠を林道ごれいびつ線が経由している。また、額取山への登山コースの入口となっている他、郡山市観光協会などでは山つつじの名所として紹介されている[1]。林道脇には自動車10台程度が駐車可能なスペースや公衆トイレなどがある。
脚注
- ^ a b 御霊櫃峠|郡山市観光協会
- ^ 郡山市観光協会 現地案内板より
- ^ ザ・ウィークリー - ニュース 伝統をつなぐ : 2017年6月
関連項目
座標: 北緯37度25分58.5秒 東経140度11分56秒 / 北緯37.432917度 東経140.19889度