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「百々ヶ峰」の版間の差分

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2021年5月13日 (木) 23:18時点における版

百々ヶ峰
南側の金華山から望む百々ヶ峰
標高 417.85[1] m
所在地 岐阜県岐阜市
位置 北緯35度27分47秒 東経136度48分00秒 / 北緯35.46306度 東経136.80000度 / 35.46306; 136.80000座標: 北緯35度27分47秒 東経136度48分00秒 / 北緯35.46306度 東経136.80000度 / 35.46306; 136.80000[2]
百々ヶ峰の位置(日本内)
百々ヶ峰
プロジェクト 山
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百々ヶ峰(どどがみね)は、岐阜県岐阜市最高峰標高417.9mである。長良川の北側にあり、その対岸の金華山と対峙している。北側の山腹を東海自然歩道が通り[3]、北西の三田洞には「四季の森センター」の公園が整備され、周辺には遊歩道が整備されている[4]

地形図での山名表記の経緯

地形図」に最初に山名が記された1923年大正12年)発行の「陸地測量部編纂の二万五千分の一地形図『岐阜』」において、本来の位置より約1,000m西の、標高341.5mの、それこそ“なんでもない三角点”に誤って「百々ヶ峰」の名が記され、東西南北のどこからも仰ぎ見られた417.9mの岐阜市最高峰は「無名」にされてしまった。翌1924年(大正13年)に五万分の一の地形図『岐阜』が発行されたが、百々ヶ峰の位置の誤りは追認され、戦後の国土地理院発行の地形図になっても正されないままであったため、登山者たちは無名になっていた岐阜市の最高峰を(東峰)、地形図で「百々ヶ峰」とされた三角点を(西峰)と呼んで区別をしていた。百々ヶ峰の位置の誤りが、あまりに長かったために、角川書店平凡社の「地名辞典」でも最高峰を無視し、341.5m峰を「百々ヶ峰」としている。

しかし2003年に市民から「岐阜市の最高峰こそ百々ヶ峰」との声が上がり、江戸時代の古地図や「新撰美濃志」「濃陽志略」などの古文書の中に書かれた“江戸期の百々ヶ峰”が幾つも市に寄せられるに及んで、2007年3月に岐阜市もやっと国土地理院に「地名等の訂正申請」を行い、同年3月30日に標高417.9mの岐阜市最高峰に「百々ヶ峰」の名が戻った。陸地測量部によって名前が剥奪されてから84年ぶりのことであった。それと同時に、それまでの地形図の「百々」には「とど」とフリガナが打たれていたが、これも「どど」に訂正され、同年4月7日に国土地理院からインターネット上に配信されている『電子国土基幹情報』の地形図において公示され[2]、次回の「紙地形図」の発行で、正しい位置の図版が出されることとなった。この山は岐阜市を流れる長良川の北に位置し、岐阜県山岳連盟(編)『続ぎふ百山』岐阜新聞社(1987年7月)や、2000年(平成12年)2月号の「山と渓谷」で紹介されている。もちろん地形図では無名にされていた時代であるが、417.9mの無名にされていた最高峰を「百々ヶ峰」として記述していた。

登山道

南山麓の登山口付近にある松尾池

山頂には木製の展望台が設置してあり、南側に長良川、金華山、濃尾平野を望むことができる。

  • 三田洞弘法ルート 生活環境保全林の三田洞の「ながら川ふれあいの森」の『四季の森センター』脇からの登山道は、舗装された「管理道」の他、1970年代に整備された東海自然歩道の「岩井権現山」を経て「百々ヶ峰山頂」に至る道や、更にそれ以前からの旧来の登山道など、複数ある。
  • 松尾池ルート 松尾池から萩の滝と東海自然歩道の「白山展望地」を経て頂上に至る道と、松尾池の西を回って「百々ヶ峰南稜」の岩場を経て頂上に至る道と、これも複数ある。
  • 松籟団地ルート 団地の奥の「岡口谷」を登り詰め、ロッククライミングの「不動岩」の下を回って尾根に至る道の他、三の谷から反射板の「真福寺山」とその北の「真福寺山三角点」との鞍部に出る道がある。
  • 西山4号墳ルート 真福禅寺西の「六本松墓地」の北東の隅から“真福寺山”の南面を登る登山道。標高270m付近で2001年の山火事のために、植生が消失したり、岩が風化したりでやや登り辛いが、平野部の眺望は、どの登山道よりも優れている。
  • 西山団地(岐阜県立岐山高等学校裏)ルート 西山団地の西、コンクリートの水路の西の縁を登り、反射板の建つ「真福寺山」の西の尾根を登り、「真福寺山」から「真福寺山三角点」を経て、尾根筋を約1km東に進む道。
  • 諏訪神社ルート 岩﨑の諏訪神社の鳥居をくぐり、本殿に至る石段を八割ほど登った途中から右手の斜面に出て、真福寺山の“西尾根”をたどっていくルート。途中、「西山団地ルート」に合流して「真福寺山」に至る(以後は上記の「西山団地ルート」に同じ。但し、真福寺山の西尾根の標高300m付近で「Yの字」の左手の道を取ると、「反射板脇」を経ないで「双耳峰の真福寺山」の鞍部に至る。

施設

  • 白山展望台
  • 長良川展望台
  • マイクロ波の中継施設(六本松反射板、中部電力(岐阜・関間)、西峰)

その他

2001年(平成13年)4月23日、松籟団地上部付近から出火、「百々ヶ峰」西方1.1kmの「真福寺山」の南側斜面約8haを焼いた。この山火事の後、桜の植林が行なわれた。

校歌に歌われている学校

周辺の山

上空から望む百々ヶ峰(上)と長良川を挟んで南側にある金華山(下)

脚注

  1. ^ 基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2011年5月20日閲覧。
  2. ^ a b 地図閲覧サービス(百々ヶ峰)”. 国土地理院. 2011年10月31日閲覧。
  3. ^ 東海自然歩道”. 岐阜市. 2011年5月20日閲覧。
  4. ^ 自然観察コース 百々ヶ峰(どどがみね)(古津から三田洞)”. 岐阜市. 2011年5月20日閲覧。

関連図書

  • 岐阜県山岳連盟『ぎふ百山(続)』岐阜新聞社、1993年2月。ISBN 4905958059 
  • 『こんなに楽しい岐阜の山旅100コース 美濃〈上〉』風媒社、2005年3月、pp.144-147頁。ISBN 4833101149 
  • 『改訂版 岐阜県の山』山と溪谷社、2009年12月、pp.112-113頁。ISBN 978-4-635-02370-2 

関連項目

外部リンク