コンテンツにスキップ

「鴻応山」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
m Botによる: Bot作業依頼 大陸別山カテゴリ (Category:アジアの山) を追加
Cewbot (会話 | 投稿記録)
10行目: 10行目:
|種類 =
|種類 =
|初登頂 =
|初登頂 =
|地図 ={{Embedmap|135.5060|34.9458|300}}鴻応山の位置{{日本の位置情報|34|56|45|135|30|22|鴻応山|34.9458,135.5060|鴻応山}}
|地図 ={{Location map|Japan Mapplot|coordinates={{Coord|34.9458|135.5060}}|caption=|width=300}}鴻応山の位置{{日本の位置情報|34|56|45|135|30|22|鴻応山|34.9458,135.5060|鴻応山}}
}}
}}
'''鴻応山'''(こうのやま・こうおうさん)は[[大阪府]][[豊能郡]][[豊能町]]寺田と[[京都府]][[亀岡市]][[西別院町]]柚原との境にある[[山]]である。山名は昔[[コウノトリ]]が生息していたことに由来するという<ref>[http://www.yamakei-online.com/yamanavi/yama.php?yama_id=18501 鴻応山]([[山と渓谷社|Yamakei Online]])</ref>。
'''鴻応山'''(こうのやま・こうおうさん)は[[大阪府]][[豊能郡]][[豊能町]]寺田と[[京都府]][[亀岡市]][[西別院町]]柚原との境にある[[山]]である。山名は昔[[コウノトリ]]が生息していたことに由来するという<ref>[http://www.yamakei-online.com/yamanavi/yama.php?yama_id=18501 鴻応山]([[山と渓谷社|Yamakei Online]])</ref>。

2021年5月14日 (金) 00:37時点における版

鴻応山
亀岡市内より見た鴻応山
標高 678.9 m
所在地 日本の旗 日本
京都府亀岡市
大阪府豊能郡豊能町
位置 北緯34度56分45秒 東経135度30分22秒 / 北緯34.94583度 東経135.50611度 / 34.94583; 135.50611座標: 北緯34度56分45秒 東経135度30分22秒 / 北緯34.94583度 東経135.50611度 / 34.94583; 135.50611
山系 北摂山地丹波高地
鴻応山の位置(日本内)
鴻応山
鴻応山の位置
プロジェクト 山
テンプレートを表示

鴻応山(こうのやま・こうおうさん)は大阪府豊能郡豊能町寺田と京都府亀岡市西別院町柚原との境にあるである。山名は昔コウノトリが生息していたことに由来するという[1]

概略・あらまし

鴻応山はその山容が、能勢町歌垣山から見ると富士山のようでもあることから豊能富士の異名がついている[2]。一方、亀岡市西別院町柚原の側からは本当にの様な形をして見えるという[3]。はるかに阪神地方が見渡せる山頂付近にはリョウブソヨゴクヌギコナラアセビヒイラギミツバツツジチヂミザサ等が自生する[3][4]。 

この山は、丹波高地北摂山地にある他の山々と同様、準平原化した山脈侵食されて残った残丘が、再隆起して作り上げられたと考えられている。

平安時代の、嘉祥3年、義顕上人が山麓を訪ねた時、この山の頂上に紫雲がたなびく中をコウノトリが2羽、舞い降りたり舞い上がりしているのを不思議に思い、その山頂に来てみれば2寸3分のが居られたという[2]。そこで上人はこの仏を2尺3寸に等倍して薬師如来尊像を彫り、その体内に仏を納めた。その様な事から、山名を「鴻山」と呼ぶようになり、その後「鴻応山」と呼ばれるようになったと言われている[2]

江戸時代には、堂島米相場の状況を知らせる狼煙をあげた場所であるとされている[2]

ところで、この山の麓、豊能町寺田には青峰寺という嘉祥3年開基古刹が存在するが、この山号を「鴻応山」といい、山名と同じ文字が用いられている。そのようなことから、この青峰寺の山号が山名の元となったという説もある[2]

脚註

  1. ^ 鴻応山Yamakei Online
  2. ^ a b c d e 豊能町の山 豊能町観光協会
  3. ^ a b ホーム > くらし > 暮らし・環境 > 自然環境 > 亀岡の自然100選 > 鴻応山 亀岡市ホームページ
  4. ^ 鴻応山整備 豊能町観光協会