コンテンツにスキップ

「オリガ・ニコラエヴナ (ヴュルテンベルク王妃)」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
Cewbot (会話 | 投稿記録)
Cewbot (会話 | 投稿記録)
m Bot作業依頼: ロシア皇帝記事の改名に伴うリンク修正依頼 (アレクサンドル2世 (ロシア皇帝)) - log
28行目: 28行目:
| サイン =
| サイン =
}}
}}
'''オリガ・ニコラエヴナ'''({{翻字併記|ru|Ольга Николаевна|Olga Nikolajewna Romanowa}}, [[1822年]][[9月11日]] - [[1892年]][[10月30日]])は、[[ヴュルテンベルク王国|ヴュルテンベルク王]][[カール1世 (ヴュルテンベルク王)|カール1世]]の妃。[[ロシア大公女・大公妃一覧|ロシア大公女]]。[[ロシア皇帝]][[ニコライ1世 (ロシア皇帝)|ニコライ1世]]と皇后[[アレクサンドラ・フョードロヴナ (ニコライ1世皇后)|アレクサンドラ]]の次女(第3子)、[[アレクサンドル2世]]の妹。 
'''オリガ・ニコラエヴナ'''({{翻字併記|ru|Ольга Николаевна|Olga Nikolajewna Romanowa}}, [[1822年]][[9月11日]] - [[1892年]][[10月30日]])は、[[ヴュルテンベルク王国|ヴュルテンベルク王]][[カール1世 (ヴュルテンベルク王)|カール1世]]の妃。[[ロシア大公女・大公妃一覧|ロシア大公女]]。[[ロシア皇帝]][[ニコライ1世 (ロシア皇帝)|ニコライ1世]]と皇后[[アレクサンドラ・フョードロヴナ (ニコライ1世皇后)|アレクサンドラ]]の次女(第3子)、[[アレクサンドル2世 (ロシア皇帝)|アレクサンドル2世]]の妹。 


[[1846年]][[7月13日]]に、ヴュルテンベルク王国の王太子だった又従弟のカールと結婚した。カールは[[1864年]]に父王[[ヴィルヘルム1世 (ヴュルテンベルク王)|ヴィルヘルム1世]]の死去を受けて王位に就き、オリガは王妃となった。なお、ヴィルヘルム1世の2度目の妃(カールの母は3度目の妃)[[エカテリーナ・パヴロヴナ]]は、ニコライ1世の姉でオリガの伯母にあたる。
[[1846年]][[7月13日]]に、ヴュルテンベルク王国の王太子だった又従弟のカールと結婚した。カールは[[1864年]]に父王[[ヴィルヘルム1世 (ヴュルテンベルク王)|ヴィルヘルム1世]]の死去を受けて王位に就き、オリガは王妃となった。なお、ヴィルヘルム1世の2度目の妃(カールの母は3度目の妃)[[エカテリーナ・パヴロヴナ]]は、ニコライ1世の姉でオリガの伯母にあたる。

2021年6月13日 (日) 08:51時点における版

オリガ・ニコラエヴナ
Olga Nikolajewna
ヴュルテンベルク王妃
在位 1864年6月25日 - 1891年10月6日

出生 1822年9月11日
ロシア帝国の旗 ロシア帝国サンクトペテルブルク
死去 (1892-10-30) 1892年10月30日(70歳没)
ドイツの旗 ドイツ帝国
ヴュルテンベルク王国の旗 ヴュルテンベルク王国フリードリヒスハーフェン
埋葬 ドイツの旗 ドイツ帝国
ヴュルテンベルク王国の旗 ヴュルテンベルク王国シュトゥットガルト
結婚 1846年7月13日 ペテルゴフ宮殿
配偶者 ヴュルテンベルク王カール1世
家名 ロマノフ家
父親 ロシア皇帝ニコライ1世
母親 アレクサンドラ
テンプレートを表示

オリガ・ニコラエヴナロシア語: Ольга Николаевна, ラテン文字転写: Olga Nikolajewna Romanowa, 1822年9月11日 - 1892年10月30日)は、ヴュルテンベルク王カール1世の妃。ロシア大公女ロシア皇帝ニコライ1世と皇后アレクサンドラの次女(第3子)、アレクサンドル2世の妹。 

1846年7月13日に、ヴュルテンベルク王国の王太子だった又従弟のカールと結婚した。カールは1864年に父王ヴィルヘルム1世の死去を受けて王位に就き、オリガは王妃となった。なお、ヴィルヘルム1世の2度目の妃(カールの母は3度目の妃)エカテリーナ・パヴロヴナは、ニコライ1世の姉でオリガの伯母にあたる。

カール1世との間に子はなく、1891年にカール1世が68歳で死去した後は、カールの従兄と姉の息子であるヴィルヘルム2世が王位を継承した。翌1892年にオリガも70歳で死去した。

関連項目

  • カタ・ジュタ - 別名オルガ山(オリガ・ニコラエヴナにちなんで名付けられた)
先代
パウリーネ
ヴュルテンベルク王妃
1864年 - 1891年
次代
シャルロッテ